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26.解き放たれた災い



 時間が正午だった。お昼時の大地震により火災が発生し、街のあちこちで火の手が上がっていた。


 それを皮切りに、異常事態が起こっていた。



「それはおれのものだぁ」

「ふざけんなぁ!! ぶっ殺すぞぉ!!」

「おい、今すぐ裸になれ、さもないと、刺、ぶふぉ!!」


「いきなり何なのよ」


 書庫の外が地獄みたいになっていた。

 元々酷かったけど、まるで、悪意に火が付いたみたいに神官や僧侶が暴れている。

 追いかけまわされたり、襲われているのは身なりからしてここの僧侶や巫女だろう。派手か地味かで一目瞭然だ。


「なんということでしょう! 地震で皆パニックに?」

「違うでしょ」


 神殿の空気が変わっている。

 淀んだ空気に紛れて、何かが暴れている者たちに纏わりついている。


 その黒い瘴気のようなものが巫女ちゃんにも纏わりついた。でも、その瞬間掻き消えた。


「今のは?」

「え?」


 本人はそのことに気づいていないようね。

 信仰心の無い人だけ罹る病気?


「巫女ちゃん、ちょっと祈ってみて。治せるかも」

「は、はい」


 巫女ちゃんが祈り始めると、見事に黒いモヤモヤが薄くなっていく。


 他の人たちも続いて祈り始めると、暴れていた人たちがだんだん動かなくなっていった。


 でもこれも一時しのぎね。

 祈る人の数が少ないし、原因を元から絶たないと。


「みんな固まって動かないでね。いざとなったら書庫に逃げるんだよ」

「え、ルカ様!?」


 私は瘴気の濃い方へと向かった。





 それは神殿の大広間から流れ込んでいた。


 元凶がいた。


 最高位が座る椅子の足元がひび割れ、そこから瘴気が漏れ出している。瘴気は見覚えのある形を形成している。


 私に気が付いたのか、瘴気が一斉に私に襲いかかった。


「うっとうしい。無駄だからやめなさい」

《……マジかぁー!! なんで、ここにいんだよぉ?》

「お前こそなぜこの世界にいるのかしら?」


 知り合い、ではない。でも、知っている。


 


 コイツは悪魔だ。この世のものではない。


《そりゃ、おれ様が呼ばれんのは人が悲劇を求めているからっしょ! 救いの前に悲劇が無いと盛り上がらないからっしょ!! つーか、仕事してやったのに、ここの奴らに監禁されて、785年と4か月と11日だぞ!! だから今はちょっとその仕返し的な?》



 世界構築の際に生まれる不都合。バグのようなもの。

 それが偶発的に生まれることもあれば、あえて隠し味のように組み入れられることもある。人は二項対立を好む。成否、不可、善悪、そして、天使と悪魔。悪魔という悪意の象徴を生み出すことで、正当化を簡略化する。


 でも、それはこの世界ではない。この世界では魔王と魔族がいる。それが人間の悪の象徴として機能している。


 ならなぜこいつが? こいつは誰かに呼ばれてきたのか。でも封印されさっきの地震でそれが解けた?

 違うな、祈りで封じていた悪魔が出てきた衝撃がさっきの地震だ。


「とりあえず、出られたなら地獄に戻ったら?」

《あぁ、そうですね。じゃあボチボチ荷造りして―――って、戻るかーい!! 戻るわけないやろがーい!!!》

「えぇー。帰れよ。カ・エ・レ!! カ・エ・レ!!」

《帰れコールはヤメテ。マジ、傷つくわー。ちょっと羽目を外すぐらいイイじゃん》

「他所でやれ」

《……おやぁ? なんで言葉責めオンリー? つーか、死神さん、それ人間じゃね? 憑依してんの? あえて実体化してんの? オモシロそーなことしてんじゃん!!》


 コイツ、まさか!


 悪魔の瘴気がバラバラに倒れている者に宿った。

 眷属を造った。


 タナカ、アシモ、他二名。


「ふひゅ」

「うぅ」

「はぁ゛……」

「……」


《まぁ、神殿だし、相性良さそうなのはこれぐらいかー。おれ本体の器も探しに行こうっと!!》

「待て!!」

《はは、死神、お前マジで生身じゃん。ってことはおれのこと止められないってことだろー!! その身体も欲しいけど、あっちにもっといい感じの気配があるんだ。ごめんな》

「ふざけ―――」


 タナカが邪魔してきた。

 お前、あんなどうしようもないことしてるから憑りつかれるんだよ!


 その隙に、悪魔と他の眷属に逃げられた。四方に飛んで行った。

 とりあえずはこっちが優先か。

 

「力が、漲る。今度こそ、お前をおれの女にしてやる」


 タナカが気持ち悪いことを言いながら近寄ってくる。


「『斬空刃』!!」


 前より早い。

 悪魔の力で極限まで高められたか。悪魔は悪意を糧に悪意を増やす。こいつは格好の依り代だったわけね。


 これで、肉体の能力は五分。

 でもあっちはスキルとステータス補正がある。

 これは不利かもね。


「ヒュー、ヒュー」


 いや、もう息が上がっている。


 生身の身体を鍛えていないからすぐにエネルギーを失うわけね。でもコッチも持久戦をするわけにはいかない。

 それなら……!


「『斬空刃』!! 『斬空刃』!! 『斬空刃』!!」


 回避、回避、回避。


 接近して、剣を躱す。


 踏み込んで、剣を弾き落とし、肘を脳天へ。


「ぐばばばぁああああ!!」

「フン、フン、もういっちょ!! そんでーラスト!!」


 膝蹴り、膝蹴り、膝蹴り、もう一発脳天に回し蹴り。


「ぐああああはははは、まるで痛みを感じない。その程度か!!」

「痛みを感じなくても、身体は動かないでしょ」


 頭を揺らした。脳震盪でしばらくは動けない。

 タナカの脚を掴み、走る。


「何のつもりだ!! 放せ!!」

「いいよ、はい」


 ポイっと放り投げる。

 その先は神殿で唯一瘴気が入り込んで来なかった書庫だ。巫女ちゃんや僧侶たちがいた。さっき入ってた時より空気が清浄な気がする。


「きゃああ、何ですか!!」

「いいから祈ってて」


 言われた通り書庫に籠城していた巫女ちゃんたちの力で、タナカの瘴気を浄化。


「ぐわぁぁぁあああ……」


 瘴気を失った途端。タナカは崩れるように倒れた。


 全身ボロボロだけど、まぁ、生きてるからオッケーでしょ。


「何が起きているのですか?」

「封印されていた悪魔が蘇った。誰か封印の方法知らない?」


 色よい返事は返ってこない。

 やっかいね。


 悪魔は実体が無い。前の私と同じで多分、この世の人には見えない。

 私にも攻撃する手段がないし。

 瘴気に触れて悪意に支配されるとまた眷属を造られてしまう。


「どうすれば……?」

「私に聞かれても」


 両手に巫女ちゃん持って、アイツに聞こえるように祈ってもらおうかな。

 

「だめだ、もう街で暴動になっている!」


 僧侶の一人が外の様子を告げた。見ると、眼下の街のあちこちで火の手が上がり、その悲鳴の中に怒号が混じっている。

 わぉ。こりゃ……


 加えて私の眼には、黒い瘴気が街中に蔓延していくのが分かる。 


「きゃあ、何をするのですか!」


 今使える武器は彼女たちの祈りだ。


「特攻するよ」

「ええええ!!」


 私は両手で巫女ちゃんたちを抱えて、街に下りた。


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