25.三者三様
「やぁ、今まで迎えに行けなくてごめんよ」
「……」
「怒らないでよ。ぼくだって寂しかったよ。しょうがないだろ」
「……」
「よしよし、じゃあ、今から仕事だから。協力してくれるよね?」
「……」
「ありがとう。今は君だけが頼りなんだ。エミリー」
ギルドマスター、ロラスにはぼくのウソが通じず、色々聞かれた。
街に入る際、問題にならないようにゾンビらしくしていたことを話した。まぁ、実際ゾンビなんだけども。
すると、役人に没収されたエミリーが戻って来た。
「腰を治してくれたお礼だよ。エミリーっていうのかい?」
「はい。エミリーを助けてくれたお礼にごちそうします」
「君は料理もできるのかい? すごいねぇ」
なんて呑気なことをしていたら、リベンジに燃える冒険者たちが集まってきてしまった。
一日経って噂が広がっていたらしい。
ぼくはゾンビのフリをして街に不法侵入したため、ギルドで無償奉仕させられている、ゾンビっぽい人間と認識されているようだ。
でも黒鉄級以下を相手にしても、気を使うだけだから、見つからないようにロラスに匿ってもらった。
今は訓練場のプライベートスペースに隠れてやり過ごしている。
「あの、ありがとうございます。ぼくみたいな得体のしれないゾンビに良くしていただいて」
「その方が、こっちにメリットがあるからね。それにエルフは森のモンスターとも折り合いをつけて来た種族でね。特に君には心があると感じたし」
心か。
そういう風に人を判断したことなかったな。 能天気そうなとぼけた顔をしているけど、よく見ているんだなぁ。
「あと、君とケンカしても勝てないからね」
「ロラスは黒鉄より強いんじゃないの?」
「うん、冒険者の時は黄金級だったんだよ、エッヘン!」
ロラスは控えめな胸を張って自慢気だ。
「黄金級でも、ぼくは倒せないのか」
「なんで残念そうなんだい? 強すぎて張り合いがないとかかい?」
「今終活中で」
「……自分を倒せる相手を探すのはただの自殺願望だけどね」
もう死んでるから自滅願望かな。
最近はそれもルカのおかげで薄れてきたけど。
「それにしても君のご主人様はマズイ状況かもよー?」
「ルカが? なんで?」
「神殿を仕切っているタナカって貴族が『手が早い』って有名でー、特にいいスキルを持った美人は見つけ次第攫うような奴だから」
「ロラスは無事みたいだけどなんで?」
「え?……そりゃ、私を美人だって褒めてくれてるのかい?」
「ああ……」
スキルの方だったんだけど、まぁ、美人で間違ってはいない。まろやかでぽわぽわした顔だから可愛らしいという方が正しいかな。
お花畑で蝶々と戯れてそう。
「なーんてねぇ。私はエルフはエルフでもハイエルフだからねー。人間の大人でも子供に見えちゃうよね、私ときたら」
「そんなの向こうは気にしないんじゃないかな」
「ハイエルフに手を出したら、私のお国が黙っていないんだな、これが。勇者の末裔と言ったってこれまでに何人勇者がいて、その内何人が世界を救ったかっていうと、ハッキリさせちゃ勇者が大したことないみたいになるくらい、少ないのね。そんな家柄じゃ、この王国で通用しても外国では通用しないの」
そっか。
ならルカからしたらもっとどうでもいいだろうな。
勇者ってもっとすごいイメージだったけど、本当にすごい人は少ないのか。
ちなみにルカの心配はしてない。
「ぼくのご主人様は平気だと思うよ。だからここで待たせてもらうね。はい、野菜炒め、肉抜き」
「わーい!」
「ああ、マスターだけ狡いぞ!!」
「職権乱用だ!! 狡いぞ!! 狡い!!」
「ズ・ル・イ!! ズ・ル・イ!!」
においに釣られたのか、冒険者が集まって来た。動物か!!
「これは、毒味だよ。みんなの健康に影響しないかチェックするのだ」
ロラスは遠慮なく群がってくる冒険者たちから逃げつつ、野菜炒めをぱくつき始めた。
「行儀悪い人には作ってあげない」
スゥーっと争いが引けてみんな大人しくなった。素直か!
◇
街の審査で私は魔族として檻に入れられたままとある施設に運び込まれた。
着いた時は神殿かと思ったが、どうやらここは闇市場のようだ。
手枷足枷を付けられた者が檻に入れられている。
随分と下卑た場所まで来たものだと思っていた。
でも、最初に言われたのは、思っていたのと違うことだった。
「急病人がいるんだ。スキルで治せるんなら頼む。神殿が頼れないんだ」
奴隷商人は案外、奴隷にされた人たちを大切に扱っていた。少なくとも食事や衣服、寝床はキチンとしている。でも衛生面はダメね。こんな狭い場所に何人も暮らせば、病気が蔓延する。
「これまでは神官様が祈りに来てくださって、空気は浄化されてたんだ。だが、聖域で揉めごとがあってな」
「もめ事?」
「最高位の姫巫女様が亡くなられたそうで、それに乗じて他派閥が乗っ取りを」
「ジアが死んだ?」
その後、言われた通り治癒を施した。
逃げることもできたが、使命と職務の間に板挟みになった。
「助かったよ、シスター」
「私は奴隷です。断る権利が無いだけです」
「条件があるなら言ってくれ。良い買い手を探す」
「はぁ、それなら、情報を下さい」
何が起きているのか。私は地下に居ながら全て知った。
「コルベット・ライソンは冒険者ギルド。ルカは神殿。姫巫女ジアは死亡。はぁ、全く最悪ですね。これでは魔王様が恐れていた通りになる」
この世に広がる悪循環。
この世は滅びに向かっている。それを止められたかもしれない人がジアだったのに。
私たち魔族が動いても、事態は好転しない。
「仕方ない。あの2人を巻き込むのは不本意ですが、今は頼るほかありませんね」
「よぉ、お前の仲間、男の方だが」
「まさか、もう動きましたか?」
「ああ、ギルドじゃ騒ぎになってる」
「彼には裏で動くという考えはないのか?」
これで動き辛くなった。冒険者と神官に目を付けられたら街を出ても追われることになる。
「ほら」
奴隷商人の男が、串焼きをこちらに寄越した。
「……なにこれ?」
「サキュバスでも、食べるだろ?」
香ばしく、食欲をそそる匂い。思わずよだれが出そうになる。
「ええ、いただき―――えっ、まさか……」
「うまいぞ。もう大行列でな」
はぁ、のんきなことに、我が主は屋台を始めたようね。
でも、それなら……
◇
神殿の所有する禁書庫の前で右往左往していた人たちを、お仕事から解放してあげた後、中に入った。
「どうして入れるのですか?」
「あなたが巫女で、キチンと祈ってたからでしょ」
「あなたのことです」
「私はとびきり神聖よ。神に祈ったことは無いけど」
確かに書庫の中は清浄な空気に包まれている。
でもまぁ、入れたのは何か力が弱まっているからでしょう。姫巫女ジアが死んだから?
「きっと、皆が祈りの時間に祈らないせいです。こんなことはこの聖域の歴史上無かったことです」
不安気な巫女ちゃんは私にピッタリとついて来る。
「ここはあの似非神官たちには入れなかったんでしょう。安全だよ?」
「ここには世に出ると災いをもたらす情報が眠っているのです。恐ろしいとは思わないのですか?」
「私が探しているのはスキルについて、それか、ゾンビについてね」
「スキルについてだなんてそんな……」
巫女ちゃんと広大な本の海から、関連がありそうなものを探す。
でも内容が私には理解できないものがほとんどだし、スキルを授ける魔本だったら私が開くことはできない。
どこかに索引が無いかと探し回った。
きっとそこだけ本棚に跡があるはず。
「『勇者召喚の危険性』? どうやらジアは勇者を呼び寄せることには反対だったようね」
「ここにはジア様も滅多に入られませんでした。閲覧されたのはジア様の亡きご先祖様でしょう」
「ふぅん……これはコル君を呼んだ方が早いわね。コル君がここに入れるのかは微妙だけど」
そんなことを考えながら半日が過ぎた時だった。
聖域を大地震が襲った。
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