20・5 姫巫女の受難
コルベットとルカがアンジェリスと出会った頃、バズとランスは山を下っていた。迷宮からスライムを探しに下流に向かったルカを追うためだ。
だがバズは追跡の成果が得られないことに焦りを感じていた。
「もう三日間手掛かりなし、一旦戻った方がいいかもしれない」
「思うに、その二人を探すには後を追うのでは不十分です。専門家が必要かもしれませんね」
「賞金稼ぎや暗殺者、諜報部員に伝手があるならぜひお願いします」
「そろそろ私の仲間がレクサスに付いたはず。彼女らは諜報が専門分野です。状況次第ではこちらに合流するかもしれません」
ランスの勘はまたもや当たっていた。
調査官たちはレクサスに到着し、状況を確認し、方向転換。
バズたちを追うこととなった。
◇
それは彼女たち第二王女の王室調査官にとって予想打にしない事態だった。
レクサスの街で憲兵や現地神殿関係者が確保した禁書を、領主の手に渡る前に対処し、領主の蛮行と王家のつながりを証明することが彼女たちの使命だった。
ところが、街には混乱も緊張感も感じられなかった。
「しまった。手遅れだった……」
「隊長、どういうことです? まだ何も起きていないようですが」
「領主の私設軍隊はデマ。この街はすでに修正済みだ」
隊長と呼ばれた少女は、職務に当たる憲兵、門で審査を行う神殿関係者を遠巻きに観察し、しぐさや顔立ち、身に着けた物から、彼らが街に来て間もない新参者であることを見抜いた。
重責を担う者たちが入れ替わっている。
戦いが起きることなく、すでに決着は着いていた。
「秘密裏に大規模な粛清を? そんなことができる私設部隊など」
「おそらく、領主のではなく、王家の精鋭。軍を警戒していた他の仲間たちもすでに消さているでしょう……」
足止めのために第二王女が派遣した工作部隊があった。しかし、偽情報を流したのはその動きを呼んでいたからに他ならない。王宮の派閥争いで第二王女の戦力を削る。事態は完全に敵の思うツボだった。
「まさか、関わった者を全員暗殺したというのですか? それならもう禁書の確保は絶望的ですし、証言も得られません。どうするのですか?」
「ランスをあちらに行かせて成功だったな」
王家の誰かと、レクサスを治める領主が禁書を用い、陰謀を企んでいる。だがその手掛かりは消えた。証人も、証拠もない。
「まだ、バズさんと彼が追っている不確定要素が残っている」
不確定要素=コルベットこそ生き証人だ。
裁判でウソ偽りのない証言を得られれば例え王家と言えど調査のメスが入る。
「あ、隊長。禁書を封印しようとロムルスの姫巫女がこちらに向かっていたはずですが……」
彼女こそ、唯一世俗の権力争いと無縁の神殿第三派閥、穏健派の一人。今回中立的な立場から事態の収拾に取り掛かった人物だ。
「情報収集をした我々よりもずっと早く街に着いたはず。残念ですが、巻き込まれたでしょうね」
「そんな……こんなの間違ってる。この国はどこに向かっているというのですか」
「希望はまだある。我らが王女殿下と、バズ・ア・シェンディム。それと禁書の力を得たという少年。彼らにも刺客が放たれるはず。追いましょう」
調査官の二人は東の迷宮を目指し動いた。
◇
真夜中の森。
バズとランスは迷宮に戻ろうと歩を進めていた。
「動きっぱなしだ。一度休まなければ。それにこの闇の中モンスターに囲まれたら……」
「バズ殿、申し訳ないが遅れの分は体力で賄わなければ。それにこの辺りのモンスターは低級ばかりですぞ。闇夜の行軍は経験された方がよろしい。必要に迫られた時いきなりは出来ないですからな」
ほとんど視界の無い中、バズは道なき道を徒歩で進んでいた。前衛職でアタッカーのバズにとって斥候染みた動きは縁が無かった。一度は勇者のパーティに選ばれたが、人を追って森をさまよい歩き、何の収穫も無いまま。視界を奪う暗黒を彷徨ううちに、バズは不安と恐怖に苛まれていった。
(おれは、これで合ってるのか?)
自問自答を繰り返す。
「……あ、ランス殿?」
気が付くとランスの気配が無かった。
「どういうつもりですか? 近くにいるのでしょう!!」
その声に引き寄せられるように現れたのは牙を剥いた獣の頭だった。
巨大な口で食われかけながらも腰の短剣で応戦し、怯んだすきに背中の大剣で切り伏せる。
「グランドタイガーか」
虎が魔力で巨大化したモンスター。
黒鉄冒険者、すなわち熟練冒険者でないと討伐ができないとされる。しかし、バズは白銀。
難なく討伐できる。
ただし、それは一頭相手ならばの話だ。
「一匹倒しても油断なさるな。頼りにならない眼に依存せず五感を研ぎ澄ましなさい」
「ランス殿……くそ!!」
闇夜に光る眼は木々の奥、岩場の影にまだまだ潜んでいた。
口ぶりから援護を期待できないと悟り、バズは不利な状況下一人で戦うこととなった。
「型通りの戦い方ではその先には行けません。追い込まれたとき足掻いて出したそれがあなたなりのベストな答え。その答えを常に次の答えへとつなげていくのです」
バズは襲い来るグランドタイガーを気配だけを頼りに切り伏せていった。短剣と大剣の二刀を振るい、夢中でモンスターを斬り続けた。その中にはグランドタイガー以外のモンスターも居たがもはや一匹ずつ確認する余裕もない。
(何体要るんだ? モンスターが……溢れている)
夜が明けたとき、バズはモンスターの死体の山の中に一か所、何もない空間があるのに気が付き、ヨタヨタと近づいた。
ランスと女性がいた。
「バズ様、モンスターを倒していただき助かりました。もう三日もここから動けなかったものですから」
「……? あの、ランス殿、これは一体」
「申し訳ない、バズ殿。私は彼女を守るので手一杯でしたので。ですがあなたなら一人で十分だと確信しておりましたぞ」
(彼女に気が付いて守護を? さすが騎士だ)
女性は意気消沈した様子ながらも微笑みながら、座り込んでいる。大人びた顔立ちではあるが大きな瞳は幼く見えた。目立った装飾品は無く、着ている重苦しそうなローブは泥で汚れていたが神官のものに似ていた。
「わずかですが祈らせて下さい」
女性はそう言うと祈りを捧げた。するとバズの疲労感が軽減し、生傷がいくらか治癒した。
「これは神聖術……」
祈りの言葉で魔を遠ざけ、傷を癒す神聖術は限られたものにしか扱うことができない。
改めて彼女の周囲を見ると円形内側だけもモンスターに踏み荒らされた様子が無く、わずかながら草木が成長していた。
(この中は聖域か。三日間も聖域を維持するとは……)
「あなたは?」
「これは申し遅れました。私はロムルスで巫女をしている、ジアと申します」
バズは彼女が何者かすぐに察しがついた。
レクサスの街の神官たちが、派閥を超えて助けを求めた穏健派。禁書の封印を依頼され、レクサスに向かっているはずの神殿関係者。
だが禁書はおろか、何も持っていない。
「姫巫女様ともあろうお方が、お付きの騎士たちはどこに?」
「二人は私を守ろうとし命を落としました。他の者たちは逃げようとしてモンスターの餌食に」
「「その勇敢な騎士たちに、安らかな眠りを」」
バズとランスは二人の神殿騎士の冥福を祈った。
「ありがとうございます」
「それに引き換え逃げるとは愚かな。姫巫女様と一緒に居れば聖域で守られたものを……」
「いえ、亡くなった二人はモンスターと戦ったのではありません。どうやら私が禁書を封印するのを良く思わない方々が、刺客を放ったようです」
レクサス同様、すでに王宮の何者かの手の者によって、姫巫女も暗殺のターゲットとなっていた。
「このモンスターの大量発生もあの者の仕業でしょう」
ランスが指さすと、木のうろの中に男がいた。虫の息だがまだ生きている。
「え? まさか、あなたは自分を襲いに来た男を護っていたのですか?」
「見殺しにはできませんでしたので」
「なんと慈悲深い……ん?」
バズはジアの話に違和感を持った。
(護衛は死に、他の者はモンスターに。なら、誰がこの男を? 神殿騎士を二人殺したほどの男を……)
「あなたが倒したんですか?」
「……私たちは戒律で暴力を禁じられて居ります」
バカな質問をしたと思った。
ジアは細身でどう考えても戦えるタイプではない。
では誰が、という話になってくる。
「森を進む無謀な道のりでモンスターに足止めされた後、あっと言う間にあの男が護衛を手にかけました。他の者は逃げ、モンスターの餌食となり、私にはもう祈ることしかできませんでした。しかしその時、天使が現れたのです」
「天使?」
「はい……天使は言いました。『スライムはいる?』と。私は『ここにはいません。川沿いの岩場にいるでしょう』と。すると、天使は男をはたいて、空に消えました。その隙に私は聖域を築き、難を逃れたのです」
ジアは話し終わると祈り、そのまま倒れこんだ。
「スライム、この力、それに空へ、か。間違いないようだ」
「ええ、それに、この男には色々と聞けるのでラッキーですな」
失神している男とジアの回復のため急いで迷宮へ引き返した。




