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20.夕暮れの夢現


 川に入って魚を取っていたら、ルカがやって来た。


「コル君、きれいな川だね」

「ルカ、もう酔いは醒めたの?」

「うん」


 ルカが服を脱いで下着姿で川に入って来た。


「冷たくて気持ちいいね」

 

 夕焼けに染まった川は茜色に煌めいて、ルカの屈託のない笑顔と裸体が合わさって絵になっていた。ぼくに絵心があったらこの光景を一生形に残すだろう。


 

「ルカ、まだ酔ってるの?」

「なんで? あ、ひょっとして照れてるの?」

「照れてなんかないよ。ただ、ルカは恥ずかしくないの?」

「コル君になら平気♡」


 濡れた髪をかき上げ、今度は蠱惑的な表情を浮かべる。

 きっとぼくがゾンビじゃなかったらイチコロで堕とされていたことだろう。


 なにせ、ゾンビのぼくがこんなにも魅力を感じるのだから。


「でも、後ろ。見張り役の人が鼻血吹いて三人倒れたんだけど」

「ぎゃああぁす!!!」


 あと二人、木から落ちた。

 平然としてるあの人は女性だから。


「なんだよ、気づいてなかったの? あと、まだ見られてるよ」

「あはは、失敗したなぁ。せっかく2人きりだと思って。まぁ、一回見られたらもういいか」

「いやだめでしょ」

「あら、やっぱり照れてる〜」

「ぼくが恥ずかしんだよ。もう!」


 何がおかしいのか、ぼくが布を渡そうとすると、ルカが泳いで逃げる。近づく、逃げる、近づく。


「あはは、捕まえてごらん」

「もう、逃げるなよ!!」


 遊ばれることに腹が立つかと思いきや、なんだこれ、楽しっ!

 

 ぼくは魚を獲るのを忘れて、ルカを獲るのに翻弄され夢中になった。


 子どもの頃に戻ったみたいだ。


 もし仮に、ぼくがあそこで死なずに生きる未来があったとしても、こんな美しい場所でルカのような人と無邪気に遊ぶことなんて永遠に無かったと思う。

 下働きを続けて、結局『スキル強奪』なんてスキルを持ってるとは一生気付かずに、能無しと言われてただ生きていたのかな。


 だとしたら、今に感謝しよう。

 神様、ルカとめぐり合わせてくれてありがとう。


「そろそろ帰ろうか、日が暮れちゃうよ」

「そうだね」

「寒い。コル君温めて」

「はいはい」


 ルカが抱き着いて来た。『体温調節』で温めてやる。



 この時、ぼくはまだ知らなかった。



 この二人だけの時間が終わりを迎えることになるだなんて。





「ほう、魚介スープかい」

「ええ、白身魚と野菜を煮込んで、ハーブと塩で味を整えました」


 勝負の勝敗は村人たちの判定だ。

 でも正直勝っても負けても良かった。

 おばさんの料理は何品もあったし、ぼくなんかよりもずっと手が込んだものばかり。あの難癖をつけて来たおじさんと違ってちゃんと料理をしてきた人の手際だ。

 負けたとしても勉強になったから大丈夫だ。


 村人がぼくら料理を食べ比べ、判定が出た。


「どちらも美味かったが僅差でボスの勝ちです」


 シュン……負けた。


「なんだとー! 身びいきだぁ!!」

「まぁまぁ、初めて作ったんだし、ぼくは味見ができないんだから大味になっちゃったんだよ」

「でもすごくおいしいのに!!」

「ハッハッハ、驚いたよ。アタイが何年料理作ってると思ってるんだい? それをこんなに若い子に追い抜かされそうになるなんてね。あんた、ずいぶん努力したんだね!」


 おばさんはスキルではなく、ぼくの下積みを褒めてくれた。スキルを使いこなせているのは努力したからだろうと言ってくれた。

 ずっと仕込みを手伝わされてたなんだけど。日銭を稼ぐためにただがむしゃらに働いていた。あれも無駄ではなかったんだな。

 


「さぁ、盛り上がったところで残念賞をやろう!!」

「残念賞?」

「料理の対価といってもいい。さぁ受け取りな」


 うわぁ、なんだろ?

 おっきい檻が出てきた。賞品という割には黒い暗幕で覆われていて怪しい雰囲気が漂っている。

 

「あれ、なんでみんな逃げるの?」


 檻を運んでいた男たちを女たちが抱えてその場をダッシュで逃げる。


「一つ忠告しておくとそいつの眼は見るんじゃないよ。アンタも、その子が新しい御主人になるんだから不能にするんじゃないよ」


 眼? ご主人? 不能? 何の話だ?


 檻が開いた。

 中から誰か出てくる。

 残念賞ってまさか……


「コル君、紹介するね。この娘は残念賞のアンジェリスちゃん」



 ルカが紹介すると、彼女は品の良いお辞儀をした。貴族の使用人みたいな恰好をしている、女の子だった。ただし耳がとがっている。エルフではない。眼が紅い。

 あ、目を見ちゃった。




「残念賞とは心外ですが、初めましてコルベット様。アンジェリスです。以後お見知りおきを」

「あ、はいこちらこそです」


 ハキハキと話す彼女に釣られて普通に挨拶してしまった。いや、この人をどうしろと?

 

「……コル君、こうなんかムラムラしない?」

「……しない」


 見た目で言うなら確かに、艶やかな褐色の肌と銀色の巻き髪が色っぽく、ルカ以上の豊満な肉付きをしているのが服の上からでもわかる。

 でも切れ長の紅い眼がずっとぼくを睨んでるのでそんな気分ではない。なんだか値踏みされているような、いや、蔑まれている気がしておりますが。


「ダメかぁー。アンジェリスちゃん、君はクビだよ」

「な、なぜ私の『魅了』が効かないのですか? あなたも、コルベット様も。いえ、スキル『魅了』が利かなくても、魅惑はされるはずなのに」


 なんのことだ? ぼくに何かしていたのか?


「ルカ、何企んだの?」

「わ、私じゃないよ! 全部あのおばさんだよ!!」





 場所を移し三人で話すことにした。

 おばさんは元々、このアンジェリスをぼくたちに厄介払いして押し付けようとしていたらしい。


 人攫い集団が村を通りかかった時、懲らしめて追い出し、捕らえられていた人達を解放した。その中にアンジェリスがいた。村人たちがその眼を見て彼女の身体を求めるようになりすぐに隔離。試しに一人手配中の安い賞金首を同じ檻に入れたところ、男はしわしわのミイラになってしまった。



 アンジェリスは触れた者の生気を吸い取るサキュバスだったのだ。



 わかったところで開放するわけにもいかず、どう処理するか迷っていたところにぼくたちが来た。


 ルカは淫夢で引き寄せられたが、『魅了』にかからなかった。ルカはアンジェリスを引き取ることを承諾した。

 サキュバスの種族特性である魅惑の効果で、ぼくがルカに欲情することを期待したらしい。


「そういうことか。やけにルカが煽情的に見えたのは」


 ルカにはスキルは効かなかったけど、種族特性は効いた。でも、ぼくには両方効かなかった。ゾンビだからだ。

 ただ、魅惑の効果でいつもより開放的で積極的になったルカには、良くも悪くも心動かされた。


「前言撤回、アンジェリスちゃん採用!」

「ありがとうございます」

「そんな勝手に……」

「コル君、欲情するというのは大事なことなの。脳のホルモンがキチンと分泌されるようになれば身体が変化するだけじゃなく、成長も見込める」


 まさか、そうだったのか!

 それならぜひとも欲しいけど……


「でも、サキュバスって、モンスターでしょ?」

「お言葉ですが、それは誤った解釈です。私たちは人間、エルフ、ドワーフと同じサキュバスという種族です」


 強引じゃないか? それを言ったらアンデッドもただの種族ってことじゃないか。どっちにしろ、サキュバスを連れて歩くことはできない。魔族は人間とは敵対関係にある。一緒にいるだけで眼を付けられてしまう。


「あのさ、ぼくたちは街に行きたいんだ。だからその、君がいると街に入れないだろ」

「お言葉ですが、お二方ともどう街に入るおつもりでしょうか? 事情は聞き及んでおりますがアンデッドも街に入れません」


 なんだよ、ルカ。勝手に話したの?


「ぼくらは見た目が人間だから大丈夫」

「いえ、ステータスを確認されますから無理です」

「え? そうなの?」


 街に入る時って、ステータス見られちゃうの?

 衝撃過ぎて思考が止まった。ただの屍と化してしまった。


「ルカ、知ってた?」

「フフ、コル君。アンジェリスがいたほうがいいだろう?」


 首を傾げるアンジェリス。

 何がって、ぼくとルカは知識が偏っていて、特に一般常識はぼくが知らなかったらアウトだ。街に入るのも、これで白紙じゃないか!


「どうしよう?」

「どうしようと申されましても。ここの山賊たちに助言を乞えばよいのでは?」

「「はい、聞いてきます」」


 ぼくたちは自分たちの計画が現実的か、意見を聞ける相手を一人旅の共に迎えることとなった。

 ルカとの二人旅は唐突に終わりを迎えた。




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