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18.山賊の村


 迷宮を出発してぼくらは山の崖沿いを歩いていた。

 木々で隠れていた景色が露になって、眼下に森の風景が広がっている。



「うわぁ、コル君、見て見て、山!!」

「山だね。どこもかしこも山だね」

「空気がおいしいね。やっぱり都会の薄汚れた空気より澄んでるよ。この豊かさを忘れて快適さばかりを追い求め、種の存続を優先し生態系に悪影響を及ぼしてもなお消費することに何の疑問も持たないなんて人間は愚かだよね」

「意味不明だけど、人間滅ぼすとか言わないでね」


 迷宮を出てずっと、ルカのテンションが高い。

 ここから山を道なりに進み、河に出る。大きな橋がありそこを渡ると街が見える。

 今日はその前の村に泊まる予定だ。


 のんびりと……エミリーを引きながら、旅をする。

 こんなにゆったりと過ごすのはいつ以来だろう?

 

 空が青い。ぼくはエミリーの荷台の上に寝そべった。雲が近いなぁ~。

 

「ルカ、代ろうか?」

「大丈夫」


 エミリーを引いているのは彼女だ。ガタガタとすごい振動だけどぼくはゾンビだから乗り物酔いもしない。

 すれ違う人に驚かれる。いっその事もっと脅かしてやろう。

 ぼくは死体のフリをした。ルカに見惚れたおじさんたちが恐怖に顔を引きつらせて走り去っていく。この表情の変化が面白い。


 山で死体を乗せた台車を引く美女。

 そのうち噂になるかもね。


 

「うわっ!」

 

 急に荷車が止まった。あれ? ふざけてたのがバレちゃったかな。怒ってるの?


 ルカが空気を振るわせるほどの怒気を振りまきながら飛び掛かり、押さえつけた。

 

 

「ぐぁぁぁ!!」

「悪人を殺さずに更生させる手荒な方法が何通りあるか知ってるかい? 今から君に試してあげようか?」

「ルカ、やめなよ」


 ルカが馬乗りになって押さえつけているのはぼくたちを追い出そうとした向かいの屋台の店主だった。


「ひぃぃぃ!! 悪かった!! 許してくれ!!」

「でもさぁ〜。自分が私たちを貶めておいて、それがバレて追放されたのに、今度は待ち伏せだよ? 逆恨みだよ? ねじ曲がってる人に優しくしてもまた誰かが同じような目に遭うかもよ?」

「いや、見なよ。その人、すでにボロボロだ」


 殴られたり、斬り付けられたりしたようで、あちこち出血している。


「あれ、ホントだ?」

「お、おれはただ、命令されて、お前らを見つけて連れて来いって……」

「誰に?」

「ボスだ……『紅の女郎』」


 ぼくはルカと顔を見合わせた。


「知らないのか!? この辺りを牛耳ってる山賊だ!」


 そんな山賊界隈の有名人まで知らないよ!!


「一般人がこの道を通るには本来通行税が必要だ。だが大人しくついてくればそれをタダにしてもいい!!」


 なんだそれ。元々払う必要なんてないし、行く理由もない。


「た、頼む、連れて行かないとおれが殺される!」

「それは知らないよ。おじさんはぼくたちの敵だから、助けることはできない」

「なんで? さっきは……」

「ルカが人を殺すのは止めたかっただけ。あなたはほっといても死にそうだしね」


 なぜ意外そうな顔をするのだろう? 山賊をボスと呼ぶなら、この人は山賊の仲間だったということだ。自分が人に助けてもらえる価値があるなんてどうして思えるのか、全くこの素っ頓狂な顔にイラっとくる。


「それじゃ、ご愁傷さまでした」

「お悔やみを」

「ま、待ってくれぇ―!!!」


 ヨタヨタと追いすがってくる男を尻目に、ぼくたちは耳障りな声が聞こえなくなるまで荷車を走らせ続けた。


「もう、気分が台無しだね!」

「でも、少し走ったら日暮れ前に村に着いたよ。野宿じゃなくてよかったじゃないか」




 村に入った。

 村というには結構な広さだ。見渡す限り畑が広がっていて豊かさが良くわかる。


「きれいな村だね。それにお花のいいにおい」

「上流のキレイな水で作物を育ててるのか。結構広いけどモンスター対策はどうしてるんだ?」


 その答えは村に入ってしばらくしたら分かった。



「ちょっと休憩しよう。たまには普通の食堂でご飯を食べるのも悪くない」

「そうだね。お金はたんまりあるし」


 洒落たレンガ造りの広い食堂に入り、注文をした。


「いらっしゃい! 好きなとこに座んな!!」


 快活なおばさんからメニューを受け取る。

 隣でルカがそのメニューをのぞき込む。


「……なんで隣に座るのさ」

「いいじゃんよ〜。あ、私お酒飲みたい!」

「まだお昼だよ」


「ハッハッハ、別に飲みたいときに飲めばいいさ。村の地酒は料理にもよく合うよ!」


 おばさんに言われるがまま、あれこれ注文し、テーブルには豪勢な食事が運ばれた。


「あれ、ちょっと注文より多くないですか? あれ?」

「よっこいせ!」


 おばさんがそのまま席に座った。

 ぼくたちの対面に座ったおばさんは、酒を一気飲みし、普通に食べ始めた。


 あれ、これはこの村の風習なのか? 前に泊まった村でもみんなで食べたし、こういうもんなのかな。


「コル君、ここって食堂だよね?」

「だと思うけど」

「じゃあなんでお水のお店みたいなの?」


 ぼくたちが疑問に思っているのを悟ったのか、おばさんが口を開いた。


「やけに早かったね。アンタらだろ? 迷宮でうちのもんと揉めたのは」

「「え!?」」



 この人は何を言ってるんだ?

 ぼくらが迷宮で揉めたのは一人だけだ。



「ああ、そう警戒しないどくれ。本当はあいつが連れて来た後に、アンタらの前で助かったと勘違いしたアイツの首を落とすつもりだったんだけどね」


 警戒するでしょ。首を落とすとかひどいよ。人のすることじゃない。


「まぁいいや、うちのもんが迷惑かけたみたいですまなかったね。アタイが『紅の女郎』の頭目だ」


 そう言って深々と頭を下げるおばさん。

 どう見ても普通のおばさんだ。特別強そうでもないし、派手な格好でもない。ぼくは説明されても全く話に付いて行けない。


「あなたが山賊で、あの男のボスなのね」


 あの元お向かいのおじさんの仲間?


「謝罪は受け取るけど、やけに素直に謝るわね」

「そりゃ、アンタらが誠実に商売してるのを邪魔したんだからね。謝る以外にないさ。それにちょっと感謝もしてるよ」


 おばさんはおしゃべりな人で、長々と経緯を話し始めた。おかげで何となくわかった。要するにあのおじさんは山賊内でも厄介者で、それを懲らしめてくれてありがとう、ということらしい。


「でも、どうして山賊が食堂をやってるんです?」

「山賊がやってるというか、まぁ、村人が山賊ってことだね」


 ん~? 待って、難しい。どういうこと?


「あそこで調理してるマルコス、通りで話してるリタ、シェル、そんで村の村長も、アンタらがここの店に入るまですれ違った人みんな山賊だ」



 再出発して半日で、怖いところに来てしまった。

 この美しい村を経営しているのが山賊だって? 信じられない。



「なぁ、見せてくれないかい、アンタらの料理を。アタイらとどっちが美味いもんを作れるか勝負といこうじゃないか!!」

「うわぁ、料理勝負!? いいね、いいよね、コ〜ル〜君! うぇっへっへ〜」


 ルカがはしゃいでおられる。もう酔ったの? 肩をゆさゆさしないでくれ。


「その勝負を受けてなんのメリットが?」

「料理人が出会ったら、互いに食事を出して味比べするのが、古からの習わしだよ!」


 そうだったのか!

 知らなかった。そういう内輪のルールとか、これからしっかり学んでいかないと。


「っていうのは嘘で」

「ええ!?」


 信じちゃったじゃないか!!


「メリットか。アタイらに勝ったら最近手に入ったお宝をやろう」


 お宝!?


「もちろん負けたからって何もしないさ。金も盗らない。どうせ出発は明日だろう? それまでの余興さ!!」


 ぼくは勝負を受けることにした。

 べ、別にお宝という言葉に惹かれたわけじゃないぞ。

 

「なぜ、コル君はときめいているのかね?」

「やだなぁ、気のせいだよ」


 酔ったルカに絡まれてしまった。


 だってしょうがないだろ。勝負を挑まれるなんて、ワクワクするんだから。


 


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