2.人生の幕引き
ショックだった。
予想外だったから、じゃない。
もしかしたらと怖くて仕方のなかったことが現実になったから、「ああ、やっぱりか」って……
どれぐらい歩いただろう。
坂を上り、街の反対側に下りようとして、振り返った。
夜明け前だったのですぐ気が付いた。
「店が……!!」
赤々と燃えていた。
「うわぁぁぁぁ!!!」
坂道を駆け、朝日が昇ると同時に店に着いた。すでに野次馬ができている。
「おやっさん!! どこだ!! おやっさん!!」
どこにもいない。
まさか……
「あああっ!!」
「よせ!!」
入ろうとしたぼくを誰かが止めた。
「『火耐性』が無いなら止めとけ! 死ぬぞ!!」
「いいじゃない、バズ。自殺志願者止めることないわよ」
ぼくは男の手が緩んだ隙に店に飛び込んだ。
煙と火の粉の中、記憶を頼りに中を探し回る。
おやっさんは床に横たわっていた。
「お゛やっあ゛ぁッん!!!」
喉が焼けて上手くしゃべれない。
「んぁ……ょせ」
おやっさんは火傷は負っていないが、脚が折れ、顔が腫れて、口から血を吐いた。
「お゛ぉあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!」
おやっさんを担ぎ、出口を目指す。
「う゛ぅ、はぁ、ゲホッ、ゴホッ!!」
あと少しだ。スキル無くてもこれぐらいでできるだろ!
「コルベット……す、まぁ……ん」
背中のおやっさんががくりと重くなった。
「出てきたぞ!! おい、大丈夫か!!?」
崩れた柱を避けながら、何とか外に出た。
おやっさん……
「こっちはだめだ。もう亡くなってる。こっちの坊主はまだ生きてるぞ!」
「こりゃ酷い……全身焼け爛れてる」
「うわぁ、助けに入った意味ないわねぇ」
「何言ってるんだ。神殿に運ぶぞ! 絶対この勇敢な少年は死なせない!!」
助けられなかった……
薄れゆく意識の中、ぼくはただただ、無力さを痛感していた。
この、能無しめ……
◇
「地方に出向いた時、古い神殿の宝物庫にあれを見つけてね。禁書ってことで処分することになったんだが、領主が待ったをかけたのだ。密かに修繕して陛下に献上したいとね……私も清貧を誓った者だけど、大神官がうんと言っちゃってさぁ。そりゃ断れない。そこで修繕を頼んだのだ」
全身の痛みで目が覚めると神官がいた。
鉄格子の向こうに。
神官はぼくを治療する気はないらしく、今回の経緯を説明し始めた。
「でもね、あれは神殿の信用を貶める、あってはならないものだからさ。初めから事故で消えてもらう手筈だったのだよ。関係者全員にね」
なにを言ってるんだ、コイツ、この野郎はぁ!!!
怒りに身を任せている間、激痛は和らいだ。その代わり、またもや何もできない無力感に襲われた。
「はぁ、犠牲者は一人のはずだった。すまない。幸い、君はスキルの無い神に見放された存在。処刑の許可はすぐ下りたよ」
まるで、救いの言葉のようにぼくは処刑を言い渡された。
「ああ、肝心なことを伝え忘れていた。あの本が何かってことだけど……死にゆく君にだけだよ、こんなことまで教えるのは」
神官は薄ら笑いを浮かべながら、牢の前にしゃがんで小声で言った。
「あれはね、スキルを授ける本なんだ」
なんだって!?
「君のステータスには、ぷっ、スキルが表示されていなかった、というか、くふっ、十七歳でレベル1って……」
こいつ、言い返させないからって。
何笑ってやがる!!
それでも神の代理人か!!
「おっと失礼。まぁ、本物かどうかは眉唾だけど、君、何か知らないかい?」
そういえば、あの光……もしかして!
「君は正直だね。もう十分だ。発動要件が謎だけど、君を処刑すれば、後は献上するだけだからどうでもいい。君を殺せば、スキルはあの本に戻る仕組みらしい」
……え、コイツ、本の効果を確認するためにぼくの反応を見たのか!
人をコケにしやがって!!!
牢から乱暴に引きずり出された。
抵抗はしなかった。できなかった。
断頭台に上げられ、公開処刑が始まった。
◇
唯一出来ることは、唸り声を上げることだけ。
「能無しの公開処刑だ!!」
「人殺し! 恩人を殺すなんて、お前はクズだ!!」
「処刑人! 楽に殺すなぁ!!」
ナニコレ?
皆、処刑を楽しんでいるみたいだ。広場の周りには屋台までできている。
しかも、ぼくはおやっさんを殺した罪で裁かれるのか。
「さぁ〜て、嫌われ者君。リクエストはフルタイム、残虐コースみたいだね〜。玄人向けだけど、今日は特別だよ。腕が鳴るなぁ!」
処刑人の男は斧の刃を岩で削り始めた。刃を潰している。
それを見て野次馬が歓声を上げる。
「すんなり殺すなよ! そいつはスキルが無い悪魔だ!!」
うんざりだ。
スキルが無いことが悪いことなのか?
街のみんなは、そんなにぼくが憎いのか?
「ちょっと待ってくれ!!」
え?
あの人は、店で見た……
「おれは納得できない。彼は古書店の店主を助けに、燃え盛る店内に入っていったんだ!! 彼が犯人だとは思えない!!」
ああ、ぼくの味方をしてくれるんだね。
「ちょっと、バズ、マジ空気読めないわね。そんなこと知ってるわよ」
「お前は何も感じないのか!? 無実の少年が殺されるんだぞ! しかも、裁判も無く、弁明の機会も与えられないまま!!」
「だから、あいつがいたから、あのおじいさんは死んだんでしょ?」
何言ってるの、あの女。
「何言ってるんだ?」
「スキルを授からないような呪われた奴とずっといたから、あんな不幸に見舞われたんじゃない。このまま野放しにしてたら次は誰が犠牲になることやら」
…………あの女、死んだら呪おう。
「お前……」
「バズ! 私たちには関係ないでしょ? ていうか、リーダーの私に一々逆らわないでよね。レベルは私の方がずっと上なんだから。ああ、ごめんなさい、皆さん! どうぞ続けて!!」
「……」
ああ、お兄さん、そんな絶望的な顔しないで下さい。
ありがとうを伝えられなくて残念だけど、ぼくは一人でも庇ってくれる人がいただけでうれしい。
「おや〜、泣くのはまだ早いぞ〜!! 激しいのはこれからだからね!! よい、しょっ!!」
「ぎゃ!!!……あぎぃぃ……?」
衝撃と共に、首に斧がめり込んだ。
でも、まだ、木が裂けるみたいにめきめきと筋肉が切れる音がする。
ごつごつと斧の刃が首の骨にぶつかっている。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「「「「「「あはははは!!」」」」」」
大歓声。
「いいぞ、コルベット! お前のこと、無能呼ばわりして悪かった! お前は最高に愉快な奴だよ!!」
「スキル『道化師』発現してるんじゃなーい!? 良かったなぁ! 皆の役に立ってるぞ!!」
「ぱぁって目が覚めたでしょ!! 最初にコレやるとね〜、意識を失わずに―――」
多分、こんな感じで、二、三回繰り返し、斧が突き立てられ後。
ぼくは死んだ。
この期に及んで、スキルが発現しないかどうかを気にしながら、結局、ぼくの人生において一度たりともスキルを得ることなく、十七年の人生に幕が下ろされた。
全く最低な人生だったよ。
《死亡確定、不可避―――――発動要件を満たしました》
え?
声が聞こえる。
もう死んだのに?
誰の声?
《スキル『リベンジャー』発動 敵対者を抹殺します》