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14.早めの店じまい


 五日目の昼時のことだった。

 盛況なぼくらの屋台に男がやって来て、こう言った。


「ここの料理を作ってる奴をみんな見たことあるか!? ほとんど骨と皮だけのミイラみたいな奴だぞ! 今も姿を隠して出てこねぇ! きっと病持ちに違いない!」


 違うというなら表に出て姿を見せろ、というのだ。


 お向かいさんだ。


「朝に仕込みをしているとき、裏にいる奴が見えたんだ! みんな気を付けろ! あんな奴の作ったものを喰ったら感染するぞ!!」

「か、感染!? うわぁ、冗談じゃねぇ!!」

「おい、金返せ!!」

「うわぁ、おれ、ずっと通ってるんだぞ!!」

「なんだか、気分が悪くなってきた……」


 それからはあっという間だった。つい先ほどまで活気に満ちていた屋台は罵詈雑言で埋め尽くされた。

 客の間で一気に噂は広がり、ぼくたちは責められた。

 その様子を向かいの店主は、笑みを浮かべて眺めていた。


 ああ、こうやって、邪魔なライバルを排除していたのか。ひょっとして元々この場所でやっていた人も、こうだったのだろうか。

 

「君たち、病を持っているのに飲食店をやっていたのか! 即刻、ここから出ていけ!!」

「待って、全部言いがかりよ!」

「そういうなら、健康状態を確認させてもらおう!」

「それは……」


 姿を晒すことのできない以上、反論する術も無く。ぼくたちの屋台の出店許可は取り消された。



「やっぱり病持ちだぞ!!」


「金返せ!!」


 ルカが賠償を迫る客たち相手に、必死に反論している中、ぼくには何もできなかった。

 できることはその場から逃げることだけだった。


「あ、待って、コル君!!」

「おい、逃げんじゃねー!!」


 

 その場にいることができなかった。

 

 ああ、思い出した。ぼくはゾンビなんだ。人と相容れない存在だ。それが人の喜ぶ顔を見て、楽しくて、つい夢を見てしまった。これから先も楽しいことは待っているだと期待してしまった。でも、そんなものはまやかしだった。

 こんな姿じゃ、結局日の元を歩くことはできない。

 もう嫌だ、死にたい。

 でも死ねない。

 悔しさと情けなさで狂いそうになる。

 

 あいつのせいだ。

 ぼくはレシピを売ったのに、自分の能力不足を棚に上げ、こんな卑怯なやり方で他人を貶めようとするなんて……

 怨めしい。ぼくのこの苦しみの一端でもあいつにぶつけられたらいいのに。


 怒りが込み上げてきた。あの男が後悔するように叩きのめしたい。ぼくから些細な幸せと希望までも奪うというなら、あいつから全てを奪い、破壊尽くした後で……

 

 だめだ。ぼくは心までモンスターにはなりたくない。


 多くの人を殺したが、それはスキルによる結果だ。その時はぼくも死んでいた。でも、自分の意志で殺してしまえば、もう正真正銘ただのモンスターだ。


 誰もいない所へ行かなければ。


 何をしでかすかわからない。


 迷宮に行こう。

 

 


 最後の部屋には、またあのオーガ・ファイターがいた。


「うわぁぁぁぁぁ!!!」

 

 ぼくは全力で突進した。溜まった怒りを込めて。


 オーガ・ファイターは『直感』『見切り』で避けようとしたようだが、『直感』『見切り』はぼくも持っている。そして、ぼくの方が何倍も速く動ける。避ける方を見切って正面からぶつかった。

 

 オーガ・ファイターはバラバラにはじけ飛んだ。


「……」


 呼吸も乱れていない。

 ぼくは完全に化け物だ。どうすれば死ねる?

 ここで、ずっと座っていればいつか朽ちるのだろうか? それとも、優秀な冒険者が来て、ぼくを滅ぼしてくれないだろうか。


 また自分がモンスターであることを忘れて、希望を持ってしまわないように。




「コル君、探したよ」

「ルカ、ごめんよ」


 すぐにルカが追って来た。

 ひどい目に合わせて、逃げてしまった。それでも彼女はぼくに微笑んだ。


「コル君、私の方こそごめん。いえ、ごめんなさい。あなたが苦しんでいるのは私のせいなの」

 

 深刻そうな顔をするルカ。


「ぼくがゾンビになった原因を知っているんでしょう。分かってるよ」

「コル君……」


 ルカが驚いた顔をした。

 ぼくだってバカじゃない。彼女のような人が、突然現れてぼくのためにアレコレしてくれるのはただの同情とかじゃない。責任感だ。彼女が現れたのはぼくが蘇った時。このゾンビ化の理由が彼女と関係しているかもしれないとは思っていた。でも、ルカはぼくがこの世で唯一信じている人。ぼくをわざと貶めようとしたんじゃないことぐらいわかる。


「悲しいけど涙がでない。悔しいけどやり返したくない。ぼくはただ、そっとしておいて欲しいだけなんだ」

「わかった。じゃあ、また来るからね。待ってて、私が何とかするから」


 ルカは部屋から出て行った。


 骨と皮だけになっても、問題なく動く身体が不気味に思えて仕方ない。骨になった後、動く自分を想像した。拳を握り込み、思いっきり頭を殴った。広い空間に鈍い音が広がる。

 ぼくはただただ、それを繰り返した。



読んでくださった方々に感謝!!

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