10.聖者の金策
ゾンビ生活五日目。
ぼくとルカはスキルを探すために街に行くことを第一目標に設定した。
できれば大きい街でスキルを探す。それが叶わないようなら、神殿で神聖術を試すか、勇者を探す。いずれにしても街に入ることがぼくの終活の第一歩なのだ。
でも問題が一つある。
「お金はどうしよう」
街に入るのにタダということは無いよね。
でも当然ぼくは無一文だ。
「ルカ、お金持ってる?」
「フフン、お金の単位も知らないよ!」
「自慢するなよ。そんなの世間知らずのお嬢様か、バカだけだから、ルカはバカってことだぞ」
「バカじゃないよ。常識に疎いだけ。だって女神だし」
「その設定まだ引きずってるの? もう無理だよ」
「なんでよ〜……あ、お腹空いたよぉ、コル君、お昼にしようぜ!」
「そういうとこだよ」
ぼくは相変わらずお腹は減らない。試しに肉をかじったがすぐ吐き出してしまった。ルカ曰く、ぼくの身体は動いているが内臓は働いていない。だから食べ物を消化、吸収することができない。食べても体の中で腐るだけ。まぁ、腐っても『治療・大』で回復できるけど、それもいつまで持つか分からない。明らかにぼくの身体は五日前より痩せている。ぼくはエネルギーの供給源が無いままいくつものスキルを使い、身体を魔力で動かしている。その分、身体の内部を分解してエネルギーにしているらしい。
まぁ、別に疲れないしいいんだけど。
『索敵』で適当に動物を見つけ、狩る。適当に生えてる香草とキノコを使いルカにありあわせの食事を作ってやる。味覚がないから味見もしてないがまぁ、上手くできたはず。
「うわ、おいしそう!」
「ぼくも、またご飯を食べられるようになるのかな……?」
「いただき――――私もダイエットしようかな」
「いや、いいから食べなよ」
ルカは頼りになる。ぼくの知らないことをたくさん知っている。空腹で倒れられたら困る。
「うまぁぁい!! この先に迷宮があるんでしょう? コル君、これ屋台やればお金になるんじゃない!」
「ああ、ナイスアイディアだよ!!」
元手なく作ったけど『調理・中』と食堂で働いてた時の知識で結構何でも作れる。
迷宮周辺には冒険者たちがいるだろうし、屋台でもやれば稼げるかも!
◇
「屋台を開くには諸馬代が必要だ。一か月で200ソロス」
迷宮まで駆け抜け、半日。到着した迷宮は森の中の洞窟だった。森を一部切り開き、すでに結構な規模の出店が立ち並んでいた。それで仕切りの人に屋台を出す許可をもらおうとしたら、お金が必要らしい。
「おお? なんじゃ我ェェ!! うちらから金盗る言うんかい??」
「急にどうしたの、ルカ?」
「いや、これが、こういう時のお約束の会話なんだよ」
「いや、そんなお約束はねぇけども」
ルカに詰め寄られたおじさんは顔を紅くしている。怒っていいんですよ?
「金とあと、うまいもんが出せるか、だな。誰彼構わず際限なく飛び入りで場所を取られても困るし、マズいもん出されて誰か具合が悪くなったら他の屋台も出店禁止になるかもしれねぇ。場所代と保証金を使って、周囲の警戒を定期的に冒険者ギルドに依頼してんだ。だから、無一文の奴には場所は貸せねぇな」
ぼくたちの皮算用はただの夢物語で終わった。
「元手がいるのかぁ~。バイトでもする?」
「それもそうだね。どっかの店で下働きから地道に始めるようか」
でも屋台は人手が無いと開かない。開いている店はちゃんと回転している。
働き先が見つからず途方に暮れてしまった。
「姉ちゃんいくらだ?」
突然声を掛けられた。
冒険者らしき大男はぼくには目もくれず、ルカに近づいて来た。
気が付くと日が暮れ始めていた。
ぼくの代わりにルカの浮世離れした格好が目立ってしまっている。ぼくの火傷を隠すため、彼女のローブをぼくが使ってしまっているせいでもある。仕立ての良い黒いシャツとグレーの上着とスカートは品が良く、よく似合っている。女性としては高い身長をさらにすらりと見せるかかとの高い靴。まるで貴族が晩さん会で履くような上等なものだ。
要するに場違いな美人が夕刻に冒険者たちの中でウロウロしている。そりゃ声も掛けられる。
しかし当のルカは何事か理解していない模様。
「どういう意味?」
「とぼけんなよ。買ってやるってんだ。一晩200ソロスでどうだ?」
「彼女は身売りはしません」
「ガキは黙ってな」
大男はぼくに手を伸ばした。追い払おうとしたのだろう。簡単に避けられるその手の間になぜか高速でルカが割り込み、ぼくを巻き込む形で倒れこんだ。ぼくとしては突進してきたルカの方が怖い。
「だ、誰かぁー! 助けてぇー!」
ルカが叫んで助けを求めた。
ちょっとちょっと突然彼女はどうしてしまったのか?
相手の男なんてワンパンで倒せるだろ!
「お、おい、騒ぐんじゃねぇ―!!」
「ちょっとちょっと、何してるの?」
そこに他の冒険者が通りかかった。
◇
「この度は当ギルドの者が無礼を働き申し訳ない」
あれ? ぼくたちはなぜここにいるのだろう?
出店街の中にある簡易出張所のような建物に招かれた。そこで冒険者ギルドの職員と対面して座るよう促された。
「あの者にはしばらく無償奉仕をさせることになりました。あなたのような女性を金で買おうなどと失礼を働いた罰です。またこれはギルドからの謝罪の気持ちです。どうぞお納めください」
どうしてルカはギルドからお金をもらっているのだろう。
「結構ですわ。私たちは乞食ではありません。清貧を誓い、彼と2人悟りを得るべく旅しているのです。争いや愚かな行為をお金で解決することは、あなたの魂を貶めるでしょう」
誰だ、この人は?
隣に座っている女性がぼくの相棒じゃない。顔立ちとか声とか全然違うぞ。
「い、いえ、どうかこれは、我々の筋の通し方で、本当に謝罪と責任の代償をお支払いするだけで、他意はございません」
「そうですか。分かりました。あなたを困らせることは不本意です。こちらは謝罪と共に謹んでお受けいたします。あなたに神のご加護が在らんことを」
「ありがとうございます」
外を出てもしばらくルカは背筋を正し、凛とした表情で聖職者然として歩いていた。
「フフフ、ちょろかったね!」
「ああああ!!」
詐欺だ!!!
「私は一度断ったし、ウソは言ってないよ?」
とっても素敵な笑顔だ。罪悪感は無いのね。
謎多きぼくの相棒、自称女神はぼくの知り得ないことをたくさん知っていて、女神ではないと分かっていてもほんの少し信じてしまうようなところがあった。でも今、完全にぼくは「この人は女神ではない」と確信した。
女神が人を騙して得た金の袋に頬ずりするだろうか。うん、いい笑顔だ。
「これで店が出せるね」
袋には500ソロス入っていた。10ソロス硬貨50枚。
2、3ソロスで一回の食費をまかなえる。市民の最低限の一か月の収入が800ソロスだから結構な大金だ。
「う〜ん、どうかなぁ。これじゃ足りない。みなよ、他の出店は結構ちゃんと屋台を出してる」
ただ看板を出してるだけではなく、ちゃんとした屋台を建てている。
「コル君なら作れるんじゃない?」
「まぁ、木を切ったり、削ったりはよくやってたけど、道具が必要だよ」
諸馬代と屋台をつくる材料や道具代。この格好じゃ客は来ないし、服も必要だ。このお金も全額は使えない。念のため200ソロスぐらいは残したとして300ソロス。諸馬代200ソロス。屋台代・道具代を節約したとして300ソロス。服に100ソロスは要る。
「あと雑費に100ソロス」
「雑費?」
「石鹸とか塩はどうしても買わないとダメだ。ここで調達すると結構高くつくけどしょうがない」
「そっか。じゃあこの500ソロスを元手にそこの賭け屋に行く?」
選択肢として考えてもいなかったよ!
なぜ彼女はこうも行き当たりばったりだろう? 賭け屋なんて素人がやったら身ぐるみ全部剥がされて詰むぞ!
「いやぼくにもっといい案がある」
だってここは迷宮だ。
迷宮で稼げばいい。
お金は1ソロス=100円ぐらいと大雑把に思ってください。




