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1.スキルカースト

新作です。よろしくお願いします。


「すまんな、コルベット。クビだ」

「突然なんでですか!? もうここ、3年も働いて遅刻も欠勤もしたことないのに!」


「3年も居て、お前が成長しないからだ。悪く思うな。悪いのはお前だ」


 困った。

 荷下ろしの仕事は早朝の大事な稼ぎだったのに。

 でも仕方ない。今日はちょっと早いけど昼の職場に向かおう。


「すまんな、コルベット。クビだ」

「また? いや、あの……料理長、理由は?」


「甥っ子が店で働きたいと言ってな。あの子の方が無能なお前より見込みがある」


 無能……何か引っかかる。

 この食堂で4年も働いたのに。まかないで食費を浮かせないのはきついぞ。

 でも仕方ない。大丈夫さ、まだぼくには仕事が残ってる。


「悪いけど、もう来ないで、コルベット」

「婦長、どうして!? 治療院の介護人は人手不足でしょう?」


「神殿に連なる治療院に、神に愛されない者がいると噂されては困るのよ」


 やっぱりか。


 誰かがぼくの噂を広めている。ぼくの秘密を。



 全く、なんて日だ。

 原因は分かっている。誰がぼくの噂をばら撒いているかは見当が付く。

 

「よぉ、コルベットじゃないか。まだ日も高いのに、無能なお前が優雅にお散歩か?」

「余裕だな、能無し野郎」

「ハハ、やぁ、こんにちは」


 同じ孤児院で育った二人。どこにでもいる悪ガキ。


「17歳にもなってスキル無し(能無し)のままとは」

「前世は相当な悪人だったんだろうな」


「それは禁句だぞ! スキルが発現しないのは発動要件を満たしてないからだ!!」


 思わず、言葉が出た。


「……フン、あれだけ働いて何一つスキルが発現しないなんてありえないさ」

「そうそう、おれなんて5歳で発現したぜ」


 やっぱりか。

 このスキルが持っていて当たり前の世界で、ぼくが未だに何のスキルも持たないこと。

 それをバラして回っているんだ。


 神殿曰く―――神はスキルを地上の生き物に与えた―――

 

 ―――神の力を身に宿し行使することで、その精神と肉体は洗練される―――


 つまりスキルを使うとレベルが上がり、ステータスが向上する。

 スキルが無ければ、ステータスは一切上がらない。


「人のスキルに関することを言い触らすのは良くないことだろ。やめてくれないか? 仕事を3つクビになった。これじゃ暮らしていけない」

「はぁ? 雇い主を騙して働くのはいいのか?」


 大抵の人は荷下ろしをすれば『筋力向上・小』を、料理の下ごしらえをすれば『料理・初』のスキルが発現する。

 人によって個人差はあるから発現しなくても特に追及されはしない。でも、何年も変化が無いことに気づかれてしまうとクビにされる。

 だから、ぼくがスキルを発現したことが無いことは黙ってきた。


「無能なお前はレベル1のまま。つまり、神の恩恵であるステータス補正も無い。つまり、お前を育てても、ずっと人並み以下だ。詐欺じゃん」

「おれらは現実、教えてんのね? お前、なんでスキルが発現しないか分かる? ん?」


 それが判れば、君たちに嘲笑われたりしてない。

 無職でプラプラして、スキルを使って恐喝する奴らなんかに。ちくしょーめ。


「きっと発動要件が特殊なんだ」

「ち・が・う・ね!! 才能がないんだよ!!」

「ああ、かわいそうだろー!! そんなハッキリ本当のことを〜!!」


「だから、発動要件を満たしてないだけだよ」


 そうでないなら、ぼくに頑張って生きる理由はない。


「なら、街を出てけよ」


「え?」

「この街で、無能な奴がウロウロしてると目障りだ」

「お前に本当にスキルがあるなら、この街では発現しないのかもしれないだろ?」

「それは……アドバイスとして受け取っておくよ」


 レベル1のぼくが、安全な街を出るのは自殺行為だ。外にはモンスターがいる。分かってるくせに。

 



===ステータス===

■コルベット・ライソン(17)

・種族:人族

・職業:市民

・Lv.1

・体力:F 魔力:F 精神力:F パワー:F スピード:F 運気:F 器用度:F


 

 神殿でステータスを見る度、変わっているのは年齢だけ。

  

 スキルが無いというだけで、信用も何もかも奪われる。

 しかも、その行為を神の名の下に正当化する奴らがいる。

 ぼくの目の前とか。


「よし、お前が街を出られるように、おれたちが鍛えてやろう」

「おお、いい考えだ。サンドバックになればスキルが発現するかもな」

「スキル『サンドバック』―――殴られても文句を言わない―――ってか?」


「わかった。黙っていてくれる気はないってことだろ? 相手になるよ!!」





『ジェイローの古書店』という看板を掲げた、陽の届かない裏通りのお店に入る。


「ただいま、おやっさん」

「……今日は早いな。フン、またクビになったか能無しめ」

「う、うん」


 ぼくはこの古書店に住み込みで働かせてもらっている。


「おまけにケンカか。ひでぇ面だな。どうせ、一発も殴り返せずやられたんだろう」

「ハハ、ご名答……」


 あの2人は『拳打・初』、『蹴り・初』とか、明らかに武術系スキルを持っていた。それにレベルもステータスも違う。勝てるはずがない。でも、ぼくは逃げなかった。それが唯一出来る抵抗だった。

 お金は全部取られたけど。


「おい、小僧。今、大きな仕事が入った。古文書の修繕だ……手伝え」

「え、いいの、おやっさん?」


 古い本を直してコレクションする蒐集家は金を惜しまない。貴重な古文書となるとさらにおいしい仕事だ。

 

「てめぇ、もしやおいらの教えたことをもう忘れたなんて抜かさねぇだろうな?」

「覚えてるよ! やります!! やらせてください!!」


 悪いことばかりの後はいいことが待っているんだな。

 おやっさんは口と目つきは悪いけど、この5年で唯一ずっとぼくを雇ってくれている。

 ぼくがスキル無しだと知っているのに。

 古本屋は儲かる商売じゃない。人を雇う余裕なんて無いはずだ。なのに、タダ同然でぼくに住む場所を与えてくれて、仕事のノウハウまで教えてくれた。

 

 おまけに古文書の修繕なんて大きい仕事を経験させてもらえるなんて……


「納期は2か月後だ。修繕に使う羊皮紙やインクは客が用意したものを使う。おいらが分解したページをお前は洗浄しろ。やり方は分かるな?」

「はい!!」


 おやっさんはステータス補正の器用度が高く、おまけに『革加工・中』、『金属細工・中』、『調合・初』の3つのスキルを持っている。


 ぼくとは手際が全然違う。

 でも、ぼくは指示されたことを全力で集中して作業した。この世界はスキルが全てじゃない。スキルがあってもそれを使いこなすノウハウを知らなければ、役に立たない。

 そのノウハウをおやっさんは惜しげもなくぼくに伝授してくれた。





 2か月を待たず、作業は完璧に完了した。


「よーし、よくやった小僧。まぁ、手際は悪いが、忘れるな、修繕に必要なのは焦らず、手を抜かず、細部と全体を見ることだ。半端なスキル持ちほど、スキル頼みで単調な結果になる―――」


 おやっさんは上機嫌で、酒を飲みながら技術論を語り、そのまま寝てしまった。

 ぼくは経験したことのない充足感で、疲れているのに興奮して眠れない。

 完成した本をもう一度見ることにした。


「ぼくも、できることはあるよな……」


 まぁ、結局、スキルは発現しなかったけど……


 おやっさんと2人で、汚れを落とし、かすれた文字を書き直し、破れたところをつなぎ、製本し直した。薬剤を適切に調合したり、読めない文字を浮かび上がらせたりするのは根気と集中力がいる。苦にはならなかった。

 

 向いてるんじゃないか?


 ボロボロだった本は、多分当時の姿をほぼ完ぺきに取り戻した。

 ぼくは1ページずつ達成感に酔いしれながら、自分の作業したところを確認していた。


「……これ、何の本だ?」


 作業中は考えなかったが今さらながら、この本は店の本とは全然違った。文字が特殊で、図表も何を表しているのかさっぱりわからない。


 ぼーっとページをめくり、最後のページを閉じた。


 これに大金をかける人がいるんだなぁ……とか、能天気なことを考えていた時だった。

 



 突然、本が怪しく光った。




「うわぁぁぁ!!」


 光は一瞬で収まり、ぼくは茫然とした。


「小僧……?」

「あ、おやっさん、見た? 今、この本光ったよ。魔導具なのかな……でも、魔石なんて入って無かったよね?」


 おやっさんは眼を見開き、突然駆け寄って来た。


「どけぇ!!!」

「うわぁ!!」


 おやっさんの凄い剣幕にぼくは尻もちをついた。そのまま一瞥もくれずに一心不乱に本をめくり続けた。時々、「くそ」とか「ちくしょう」とつぶやく。

 最後のページをめくり終え、本を閉じた後、おやっさんはこちらを睨みつけた。


「出ていけ!!」

「え? なんで……」

「てめぇが不用意に触ったせいで、劣化しただろうが!!」

「そんな、手袋したよ! ほら!!」


 ぼくは両手を見せた。おやっさんに言われた通り、洗浄後の本には手の油を付けないように手袋を欠かさない。


「ふん、どうせ、この本を完成させたらお前は用済みだった!」

「……え?」

「せっかくおいらのノウハウを教えても、何のスキルも発現しやがらねぇ!! その歳で発現しないのはよっぽどレアなスキルを持ってるかもと思ったが、やっぱりお前は能無しだ!!」

「ごめん、おやっさん、何か気に障ったなら謝るよ! でも、ここを追い出されたら、ぼく、行くところなんて無いよ!!」


 ぼくは必死に頼み込んだ。他の職場とはわけが違う。

 


 おやっさんに追い出されたら……全てを失う。



「……この本の作業はおいらがやったことだ。能無しに手伝わせたとバレたら商売にならねぇ。今回働いた分の金は払う。だから、コルベット…………もう、二度と、この店に来るな」


 夜が明ける前に、ぼくはジェイロー古書店を後にした。

 

 脚は自然と街の外へと向かっていた。










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