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第九話 グライダーを引っ張ってみよう!

 テーブルの上には何枚もの紙が散乱していた。その全てが幸樹の努力の痕跡だ。窓から見える太陽がすっかり高い位置に来る頃、ようやく彼は自分が必要としているものをシエルに伝えることに成功した。


「つまりはグライダーを加速させる必要がある、と。それも生半可な速度じゃダメ……だから押す、じゃなくて、引っ張る」

 手元の紙を軽く叩きながら、魔法使いはしみじみと呟いた。

「そうだ。で、いきなりで悪いんだけど、何か心当たりはあるかな?」

「ううん、そうだなぁ……」


 顎をポンポンと叩きながら、シエルは黒目を上に動かす。やがて大きく息を吸い込むと、悩まし気に鼻から勢いよく吐き出した。


「とりあえず、人力、というのはどう?」

 ぐっと彼女は身を乗り出した。

「……無理だ」

「何よその反応! 物は試しっていうでしょ。そもそも実際どれくらい重たいのか、あたしよく知らないしね。対策の立てようがない」

 シエルは勢いよく立ち上がると、扉の方に近づいていった。

「ほら、コーキ。はやく、はやくっ!」



 朝とは違って、市中はかなり賑わっていた。広場に足を踏み入れた瞬間に、幸樹は人々の活気をひしひしと感じ取った。


「まずは紐を用意しないと。アドリーヌの店に行こう――って、覚えてるかしら、アドリーヌ?」

「礼拝の時間にあった、あの道具屋のおばさんだろ?」

「うんうん。記憶力がいい人は嫌いじゃないわ」

「……褒めてるのか、それ?」

「逆に貶してると思うの?」


 すかさず言葉を返されて、幸樹は唇を尖らせるしかなかった。


 シエルは迷いない足取りで広場の中を進んでいく。立ち並んでいる建物は、どれも店だった。この広場は市場も兼ねている、宮廷魔法使いはそう話す。


「道に入っていくと住宅街。朝通ったメインストリートは違うけど。ちなみに東西南北、十字の形にメインストリートが走っているのよ?」

「ああ。それは上空からちらっと見えた」

「えぇーっ! いいなぁ、コーキ、ずるい!」

「ず、ずるいって……」

「そういえば今朝ちらりと見たんだけど、あれ、座席が二つ付いてなかった?」


 朝は結局、操縦席内部については見学しなかった。ただ機体の周りを一周したのみに留まった。そして、外部構造について幸樹が話した。それなのによく見ているものだ、と幸樹は少し感心していた。その目ざとさが魔法使いに必要なことなのかもしれない。


「ああ。あれは二人乗りだから」

「じゃああたしも一緒に乗れる、ってこと?」

「理論的にはそうだけど、教官以外――素人を乗っけたことはないなぁ」

「そうなの。じゃああたしが初めてに――」

「それはちょっと、考えさせてもらう必要があるな」

「なんでよっ!」


 それは幸樹がアマチュアパイロットであるからなのだが、黙っておいた。余計な不安を与えるだけだと判断した。


 やがて二人は果物屋の前を差し掛かった。店員と思しき老婆は奥のカウンターに座って、退屈そうに頬杖を突いていた。

 店先に並ぶのは、ブドウやレモン、リンゴと元の世界でも見たもの。昨夜の食事もそうだが、この世界の食物事情は元の世界とあまり変わらないようだった。


 ――ひょい。


 その時、何を思ったか、シエルはリンゴの山に手を伸ばした。そして手ごろな位置にあった一つをつかみ取る。そのままかじりついた。

 

「こらっ、シエル! あんた、またかい!」

 たちまち老婆が凄い勢いで奥から飛び出してきた。

「えへへ、ごめんなさい~。美味しそうでつい……」

「理由が何であれ、それは立派な泥棒行為だよ!」

「はいはい。お金を払えばいいんでしょ? ――今手持ち無いから、お城にツケといて」

「なぁ~に、言ってるんだい! 国王様から、そんなことはさせるなと強く言われてるんだよ、こっちは」

「ぐぬぬ、あの堅物オヤジめ……」

 盗人猛々しいとはまさにこのこと。泥棒娘は悔しそうに唇を噛んでいる。


「全く……おや、あんた見ない顔だね。新しい兵隊さんかい」

 今度は店主の目が幸樹の方に向いた。

「い、いえ、自分は」

「アタシの助手。田舎から出てきたばかり。――ねっ、この人に免じて今日のところは勘弁してよぉ」

「全く意味が分からないんだがね!」

 ふんす、と老婆は強く鼻から息を吐いた。


「とりあえずこのことはクロヴァス様に報告しておくからの」

「えー、ケチ!」

「ケチで結構! ――そうだ、あんた。これ、持ってきな」

 すると店主はリンゴを一つ幸樹に向かって放った。


「こんなバカな子の助手になってしまった、せめてもの慰めだよ」

「どういう意味かなっ!」

「お黙りなさい、泥棒娘!」 

 

 二人は追われるようにして、果物屋を後にするのだった。



「お前、いつもあんなことしてんのか?」

 店からだいぶ離れたところで、彼はシエルに問いかけた。

「いつも、とは何ですか。あたしがそんなオオドロボー、に見える?」

「見える、見える」

「……た、たまにだから」

「声が震えてるぞ」

「うるさいっ!」

 プイっと、シエルはそっぽを向いてしまった。


 もしかしたらこの娘はとんでもない人物なのかもしれない。そそもも魔法使い、というのは本当なのだろうか。思い返してみれば、姫巫女様の魔法は目にしたが、この娘のはまだ見たことがない。

 そんな霞のような疑いが彼の胸に芽生え始めた頃――


「アドリーヌ、こんにちは」


 ようやく目当ての場所に辿り着いた。店先にちょうど店主が立っていた。


「あら、シエル。いらっしゃい、でいいかしら?」

「うん。ロープが欲しい」

「長さは?」

 シエルはくるりと幸樹の方を振り返った。

「実際に欲しいのは1キロくらい、かな」


 少なくとも、普段のトレーニングで使っている鉄索はそれくらいの長さがあった。それをウインチで巻き取るわけである。


「いち……キロ?」

 しかし、シエルもアドリーヌも不思議そうに首を傾げた。

「それって、どこの単位だい?」

「ごめんね、アドリーヌ。この人、田舎者だから。――ちょっと待ってね」


 そう言うと、シエルはコーキの服を引っ張って物陰まで連れて行った。


「さあ、尺度について共通理解を図ろうじゃないの」


 この世界の長さの単位はクーというらしい。話を聞いた結果、1クーは100cmないくらい。グライダーの格納のお陰でおおよその長さを把握することには慣れていたのが、幸いした。


「ええっ、1000クーのロープだって!? そんなのあるわけないじゃないか」

「そうだよねぇ……」

 二人は深くため息をついた。


「とりあえず、あれを引張れるか試してみるだけなら、10クーくらいでいいと思う」

「あいよ。太さは?」

「それなりに丈夫なものを」

「じゃあ20ローね」

「城に請求しといて」

「……シエル、あんたまたそれかい?」

「心配しないで、アドリーヌ。今回は正当な用件だから大丈夫!」

「ほんとかいな……」


 渋々といった様子で、店主は店の奥に引っ込んだ。その一連のやり取りで、シエルの日頃の行いの悪さが幸樹にもよくわかった。


 紆余曲折はあったものの、ロープを手に入れた二人は再びグライダーのところに向かうのだった。





        *





「どう、開いてるの、わかるか?」


 幸樹は操縦席内のあるレバーを引きながら大声で尋ねた。身体はしっかりと操縦席の中に突っ込んでいる。


「うん」

「一回閉じるから、指、気を付けろよ」

「はーい」


 彼女がしっかりと身体を起こしたのを見て、彼はレバーから手を離した。


 幸樹とシエルは操縦席の周辺にいた。さらにもう一人、見張り番をしていたバンジャマンに声をかけて、翼をしっかりと持ち上げてもらっている。しっかりと左右のバランスを取りながら。意外にも彼は嫌な顔一つせずに手伝っている。


 ところで、グライダーにはレリーズという機構がある。機体を引っ張るためのロープを結び付ける場所だ。リング状になっていて、レバーを引くとそのリングが引っ込む。その隙に、ロープの端のリングをそこに当てる。そしてレバーを戻すとしっかりとリング同士が結びつくわけだ。キーホルダーのカラビナをイメージしてもらうと話が早い。

 ロープを買ってきた二人は、早速機体を引っ張ってみることにしたわけである。太陽は一日の中で最も高い位置に。強い日差しが容赦なく上から降り注いでいる。


「できそうか?」

「もちろん!」

 シエルは自信満々に胸を張った。


 再び彼女はしゃがみ込んだ。そして機体の下を覗き込む。


「レリーズ、オープン!」

「オープン!」

 幸樹はレバーを引いた。

「ええと、ここをこうしてっと……」

 耳に届いた呟きに、彼は少しだけ不安を覚えた。

「オッケー」

「……クローズか?」

「そうそう、クローズ!」


 幸樹は手を離した。そして身体を起こして、今度は機体の下を覗き込んだ。少しだけ、シエルがその場から離れた。

 リング同士がしっかりと繋がっている。機体側のリングがロープを噛んでいるわけでもない。シエルの仕事は完璧と評して差し支えなかった。


「どう?」

「上出来だ」

「ふっふっふ、どんなもんだい!」


 またしても得意げになる軍師殿を無視して、彼は機体の前方に回り込んだ。そして機体が繋がっているロープに手を触れる。


「ほれ、さっさとやるぞ」

「はーい。……なによ、もう少し褒めてくれたっていいじゃない」

「はいはい、シエルさんはすごいなー、憧れちゃうなー。よっ、天才軍師! 希代なの魔法使い!」

「もういい」


 むすっとした表情で、シエルもまた幸樹の隣に立つ。そしてロープを握った。初めからいじけるなよ、と幸樹は心の中で呟いた。


 後は綱引きの要領で二人は機体を引っ張った。重さがしっかりと腕にのしかかる。やがて、機体はゆっくりと動き出した。翼の端を持っていたバンジャマンも、それに合わせて歩く。


「これは……確かに重いわね」

「だろ?」

「二人じゃ無理ね。――ちょっとみんな呼んでくる!」


 シエルは勢いよく駆け出して行ってしまった。幸樹にはその背中に声をかける暇はなかった。


 数分後。今度は幸樹が翼の端にいた。機体を引っ張るのはこの国の人間たち。軍師プラス見張りの兵士六人。彼らは息を合わせるとロープを引いた。


 ……先ほどよりも勢いはあったものの、とてもではないが、グライダーが飛べるような勢いではなかった。幸樹にとっては初めからわかっていたことだが、シエルはかなりがっかりしていた。


「やっぱダメかぁ」

「なっ。人力じゃ無理だって」

「うーん、じゃあどうしようか……」


 ロープを機体から外して、二人はちょっと離れたところで話し合っていた。議題はもちろん、この重たい物体をどうやって引っ張るか。


 そこへ、テントの中から再びバンジャマンがやってきた。セザールよりも年長のこの兵士は、友好的に幸樹にも接してくれていた。

 これが飛ぶところを見てみたいのさ、と彼はその理由を教えてくれた。それを聞いて、二人は彼にも何か案はないか尋ねてみた。


「なるほど、これを強く引っ張りたい、と」

「うん、それもかなりの速度をつける必要があるの」

「まあ確かに人間では無理だろう。しかし、移動のために乗り物を引っ張る……軍師シエル殿、何か思いつくことはないかな?」

 バンジャマンはにやりと笑った。


 シエルがその可能性に行きつくのには、時間はかからなかった。未だピンとこない幸樹だけが、この場で取り残されていた――

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