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第八話 グライダーってなんですか?

 目覚めは最悪だった。合宿と称して、滑空場のとある施設内部の教室に寝泊まりした日々のことを即座に思い出すほどに。教室、とは通称だ。木張りの床、小学校で使うような椅子、黒板と、そんな雰囲気から、いつの間にかそう呼んでいた。

 暗い天井を見上げながら、やはり夢ではなかったのだ、と少し気分が落ち込んだ。目が覚めたら全てが元通り、なんて素敵なことは起こらなかった。


 幸樹はため息をつきながら、ぐるりと部屋の中を見渡した。寝る前とは違って、窓の格子から見える空は明るくなっている。しかし、朝が来たというのに、この空間――牢屋の中は薄暗い。

 彼は檻の中にいた。武骨な石畳の上に、就寝用のマットが敷いてある。他に与えられたのは粗末な枕と、一枚の薄い毛布。不幸中の幸いか、寒くはなかったので、それで十分ではあった。快適さという項目を無視すれば。


「さあさあ、来てもらおう!」


 食事を提げに来たメイドと一緒に部屋に入ってきたのは、若兵士のセザールだった。どこか嬉しそうな表情だったのを、幸樹はよく覚えていた。

 そうして寝床として案内されたのが、この地下牢だった。いくつかある格子はどこもその中は空っぽだった。そのうちの一つに押し込められ、先の寝具を与えられた。することもなくて横になっている内に、いつの間にか眠っていた。

 

 身体はほんのりと怠く、頭はぼんやりとしている。しかしそれでも二度寝をする気分に離れなかった。一つ大きな欠伸をしながら、起き上がってボーっと外気に身を晒す。

 コツコツと、誰かが階段を下りてくる音が聞こえてきた。幸樹は居ずまいを正して、その主が姿を見せるのを待つ。


「おやおや、ずいぶんと早起きだ。罪人にしては、見上げた精神だ」


 嫌みったらしい言葉と共にやってきたのは、セザールだった。彼は扉の前に立つと、もったいつけた動作で鍵を取り出す。

 すらっとした長身、端正な顔立ちは自信満々という風に強い表情が張り付いている。年の頃は、幸樹と同じくらいだろうか。

 この強気そうな兵士は自分のことを快く思っていない。幸樹は昨日から敵意をひしひしと感じ取っていた。やはり、シエル以外にとって自分不審者に過ぎないのだ、と改めて実感する。それはまあ、寝る場所としてこんなところに案内された時点で、わかっていたことだが。


「シエルが呼んでる。ほら、出な」


 牢を開けると、セザールは顎をしゃくった。そして、一歩横に退く。


 幸樹はのろのろと立ち上がった。とりあえず毛布を畳んで、マットの端に置いておく。ぐっと身体をぽきぽきと骨が小気味い音を鳴らした。

 ギューッと目を閉じて、まばたきを何度か繰り返すものの、全くしゃきっとしない。ふと髪の毛に手をやると、少しべたついている。そう、昨日は入浴はさせてもらえなかった。


「……あのできればシャワーを」

 ダメもとで彼は兵士に頼んでみる。


「ちっ。まあ仕方ねーか。いいぜ、ついてこい。案内してやる」


 彼はわざとらしく舌打ちをした後、踵を返した。提案が難なく受け入れられ、幸樹は少しだけ呆気に取られた。

 だったら機能連れてってくれればよかったのに。思っただけで口には出さず、彼はすぐに兵士を追いかけた。


 その後、無事にシャワーを浴びることはできたが、着替えなんてものは当然用意されず。幸樹は仕方なく、昨日からずっと来ていたシャツとパンツを再び身に着けるのだった。




        *





「おはよー、コーキ。昨日はよく眠れた」

「まあぼちぼちかな。それで何の用だ?」

「決まってるでしょ。グライダーを見に行くのよ」


 そういうわけで、幸樹はシエルに連れられて城の外に出た。眠そうな門兵に上がっていた橋を下ろさせ、二人は城下町に足を踏み入れた。


 街の姿を見るのは、幸樹にとって初めてのことだった。昨日連れてこられるときは、目隠しをされていたから、街並みについては何ら知らなかった。

 城の前には大きな円形の広場があった。朝が早いせいか、道行く人はほとんどいない。ぐるりと囲むようにレンガ造りの建物が並んでいる。何本かの道が放射状に通っていた。


 正面にまっすぐ伸びているのが、一番大きな通りだった。二人はそこを駆け足気味に駆けていた。シエルの方が逸る気持ちを抑えられないのだ。幸樹は渋々それに付き合った。

 やがて歩いていくと、すぐに城壁が見えてきた。道の先に門が立っている。しっかりと扉は閉じられ、精悍な顔立ちの兵士がそこを守っていた。


「通して欲しいんだけど」

「国王の許可は?」

「もちろん」


 彼女は懐からくしゃくしゃに丸めた紙を取り出してきた。門番はやや気圧されながらもそれを受け取って広げた。一瞥すると丁寧に折りたたんで、それをポケットに収めた。


「確かに。……シエル、大事な書類を交雑に扱うのは――」

「いいじゃん。どうせ形だけのやり取りなんだしさぁ」

「……全く。――バンジャマンによろしく言っといてくれ」


 呆れたように首を振ると、彼は門を開けてくれた。幸樹はやや身を固くしながら、その横を通り抜けた。


 グライダーは変わらず、平原に鎮座していた。ぱっと見た感じ、何の異変もないように見える。


「あれがぐらいだーかぁ。意外とおっきいんだね!」

「そうだな……って、あれはなんだ?」


 幸樹が指さした先には、謎のテントが立っていた。昨日は絶対になかったものだ。


「おじさまに話して警護の兵をつけてもらったの」


 そう言うと、彼女はずかずかとテントの方に近づいていった。荒々しい手つきで、彼女は入口の幕を開けた。

 何やら言葉を交わしているらしい。幸樹にはよく聞き取れなかったものの、その断片が風に乗って流れてきた。


「何も異変はなかったって」

「ああ。――後で話をしてもいいかな」

 シエルは首を傾げた。

「見張ってもらう上での注意点とか伝えたくて」

「オッケー」

 左手で丸印を作ると、彼女はにこっとほほ笑んだ。


「それじゃあ早速話を聞かせてもらおうか」


 シエルの目はこれ以上ないほどに輝いていた――



 機体の周りをぐるりと一周しながら、幸樹はグライダーについて簡単な説明をした。機体中心から左右に伸びているのが主翼、最高譚についているのが尾翼で、その頂点についているのが、水平尾翼。主翼と尾翼には可動部分があって、動かしてみると彼女は少し驚いた表情を浮かべた。


「しかし、本当に空飛べるの、これ?」

「……信じてくれてるんじゃないのかよ」

「もちろん、それはそうなんだけどさ。改めて間近に見ると、こんな重そうなものがねぇ」

 一周して右翼の側に戻ってくると、彼女はしみじみと呟いた。 


 幸樹は空を見上げた。そこには一羽のイヌワシが気持ちよさそうに空を飛ぶ姿があった。


「昨日説明したけど、原理的にはあの鳥と一緒さ」

「でもあの翼は自在に動かないんでしょ?」

 シエルは微妙な表情で、ASK21の翼を指さした。

「ああ。彼みたいに、自力で飛び上がることはできない。でも、上昇気流を捕まえるという点では一緒だ」


 幸樹はシエルの横顔を一瞥するとまた視線を上に戻した。先の鳥が今はくるくると、同じ場所を回っている。注意深く観察すれば、それが徐々に上昇しているのがわかる。

 シエルも同じ方向を見ていた。腕組みをして、その眉間には少し皺が寄っている。


「そりゃ、鳥の身体は軽いからちょっとの気流ってやつでも浮き上がるでしょ。でもさぁ、これは違うじゃん」

 シエルの口調に、真剣さはあまりない。

「いろいろな《《工夫》》がされてるのさ。特殊な素材でできていて、こう見えても軽いんだ」

「じゃあ持ち上げてみてよ」

 魔法使いの少女は悪戯っぽい笑みを浮かべた。


 無論そんなことできようはずがないので、幸樹は肩を竦めた。彼女を諫めるようにちょっと目を細める。


 すると、シエルはぺろりと舌を出してみせた。冗談だってば、と一気に顔を綻ばせた。


「まあしかし。シエルの言うことにも一理あるよ。鳥は軽い。さっきも言ったが、だから翼を動かすだけで、自分で浮き上がる力を生み出せる。でもグライダーはそうはいかない。自力で浮き上がらないから、何とかしてもらう必要がある」

「昨日見せてくれたカミヒコーキの原理でしょ? 空中に上がれば、あとは自然と飛んでいく。問題はその方法だって。カミヒコーキみたく、誰かが高いところでビュンと飛ばしてくれればいいのにねぇ」


 昨日は紙飛行機を使って、空を飛行する原理を説明した。その際に、揚力の概念に触れることになったのだが……今日のところは封印しておいた。

 高いところに上がって、前に進んでいく力が付いていれば後は自然と飛んでいく。結局、そんな風に説明をまとめた。


「一応確認しておくけど、ものすごい巨人がこの近くにいるなんてことは――」

「ない、ない」

 ぶんぶんと、シエルは首と手を交互に振った。


「というか、コーキたちはそんな風にしてグライダーを飛ばしていたの?」

「まさか。主に二つやり方がある。一つは自力で飛べる飛行機に手伝ってもらうこと。もう一つは凧揚げ――って、知ってる?」

「ううん」

「端的に説明すると、これを強い力で引っ張っていくと、勝手に上昇していくんだ」

「なんで?」

「なんでって」


 加速することによって、向かい風が起こり、それが揚力を生んで……ダメだ。うまく説明できる気がしない。

 結局、幸樹は曖昧な笑顔で誤魔化すことにした。


「ちょっとはぐらかさないで!」

「今度ゆっくり話すから。とにかく、この世界だと後者の方法しかないよなぁ」


 飛行機はないが、ウインチはある。そんな素敵なことが……あるはずがない、か。幸樹は苦い顔でかぶりを振った。


「引っ張るってこと? でも重いんだよね」

「ああ。だから機械の力を使う。ぐるぐると紐を巻き取る機械」

「ぐるぐると……」

 なぜかシエルは目を回し始めた。


「なあ城下町を案内してくれないか? もしかしたら何かヒントになることがあるかも」

「それはいいけど。もう少し原理について説明してもらえる? ほら、あたしも何か思いつくかもしんないじゃん!」


 結局、二人は一度シエルの部屋に戻ることにした。午前中の時間について、グライダーが発航する仕組みについての徹底講義をすることになったのだった――

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