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第六話 やはりそこは異世界だった

 シエルについて行った先は、王宮の一階にある玉座の間のような広い大きな四角い部屋だった。天井は高く、吹き抜け構造になっている。

 大きな窓からは外の光がよく注ぎ込み、等間隔に白い柱が立っていた。足元には敷き詰められるは、青い飾り気のないタイル。

 前方には体育館で見るようなステージがあった。左右には小さな階段ついてが付いていて、その繋がる通路の先にはそれぞれ扉。最奥の壁には、巨大な美しいステンドガラスが飾られている。


 ただひたすらに神秘的――その厳かともいえる部屋の造りに、幸樹はただただ息を呑んでいた。


 そんな空間に、とても多くの人が集まっている。見張り代わりか、軽装の兵士が二人、集団に向かい合って立っていた。しかし、どちらも険しい表情をしているわけではなかった。それどころか、軽く言葉を交わしている。

 二人は民衆の最前列にいた。シエルが人波を無理矢理に押しのけて進んできたのだった。たまたまか、それともよくあることと受け入れているのか、腹を立てる者はいなかった。

 周りの顔ぶれは、老若男女問わず。杖をつく白髪の老人や、年端のいかない幼い子どもまで。宮中の一角にもかかわらず、兵士や役人、世話係ばかりでなく、町人たちもかなり交っている。

 どうやらここは広く民に開かれた場所であるようだった。誰の顔も輝いて、委縮している感じはない。


 シエルはさっき礼拝の時間と言った。つまりここは祈りを捧げる場所、ということか。しかしその名前をすぐには思いつかなかった。

 日本人であるからか、どうにも幸樹にとっては宗教はあまり身近なものではない。知識として知っているだけ。実際、彼の家は無宗派だし、知り合いにも熱心な人間はいない。


「ここは?」

 結局、幸樹は隣に立つ少女に問いかけた。

「聖堂だよ。さっきのはね、午後の礼拝を知らせる鐘。街中に鳴り響くの。それでみんな、集まってくる」

「へぇ。じゃあこれが全町民ってわけか……」

 幸樹はぐるりと部屋の中を見渡した。多寡たかは彼には判断がつかなかった。

「ううん。街の方にも教会がある。そっちに通う人もいるよ」


 それだけこの国において、宗教は盛んということらしい。やはり、幸樹にとってはピンとくる話ではなかった。だから曖昧に頷くしかなかった。


 聖堂の中は、思いのほか賑やかだった。場所柄、静謐で厳かな雰囲気が漂っていると思ったのだが。町民たちは柔らかい表情で、近くの人々と談笑をしている。

 それはシエルも例外ではなかった。知り合いなのか、後ろにいた人当たりの良さそうなおばさんに話しかけられていた。


「おや、シエル。その人は誰だい?」

「ああ。この人はね――」

 ちらりと彼女は幸樹の方を見やった。

「助手だよ。ほら、コーキ。挨拶して!」


 いきなり意味不明なことを言われて、彼はすっかり動揺してしまった。どぎまぎしながら、シエルの話相手の方に身体を向ける。


「ええと、やまお――コウキ・ヤマオカです。どうも」

 たどたどしい口調で自分の名前を告げ、彼は頭を下げた。

「アドリーヌよ。街で道具屋をやっているの」

 おばさんは自慢げに胸を張った。

「道具屋……」


 もしかすると、グライダーを飛ばすための手がかりがあるかもしれない。彼は一応、覚えておくことにした。


「しかし助手ねぇ……」

「なによその目は、アドリーヌ! あたしがいっぱしの魔法使いだというのは、よく知ってるよね!」

「いっぱし……あんたの魔法が効果的に働いてるところを見た覚えはないんだけど……」


 そういって、道具屋勤務のアドリーヌは自称いっぱしの魔法使いに疑るような目を向けた。それを見て幸樹は、彼女の言葉に従ったのは失敗だったかな、と少し心配になるのだった。


 そんな風に話していると、突然通路右手側の扉が開いた。ゴゴゴ、という重厚な音が聖堂の中に響く。


 すると、周囲の喧騒がぴたりと止んだ。一斉に静まり返る室内。さっきまでの賑やかさは嘘のように消え去った。空気が張り詰め、初めに幸樹が予期した如く、厳粛な雰囲気が聖堂を支配する。


 姿を現したのは、巫女装束風の衣装を着た小柄な女性だった。青みがかった髪が腰元ぐらいまで、まっすぐに伸びている。可愛らしい顔立ちは、シエルよりは幼く見えた。一方で、清らかで淑やかな雰囲気を纏っていた。不思議な感じのする少女だ。

 その後ろに、従者のような女性が二人控えていた。袖の長いワンピース姿。どちらもすらっと背が高く、片方は眼鏡をかけたきつめな印象。もう一人は真面目な顔をしながらも、なんとなく人の良さそうな感じがする。


 一団がゆっくりと歩き出す。一歩一歩踏みしめるように。完全に音が消えている今、彼女たちの足音や衣が擦れる音が、幸樹の耳にはっきりと届いた。そんな厳粛な雰囲気に、段々と気持ちが引き締まっていく。

 三人は、流れるような身体捌きでステージ――聖堂だから祭壇か――に上がっていった。そして、集まった群衆と向かい合う。


「みなさん、よくお過ごしですか?」

 その声はこの広い空間によく通るものだった。高いがしっかりとした声量がある。


 うぉぉぉぉ! きゃぁぁぁぁ! 


 大きな歓声が聖堂を揺るがした。幸樹は思ったのとは違う、とがくっとなった。ライブ会場であるまいし、と俗物的な感情を抱く。


「あれはね、姫巫女様。この国の第一王女なんだけど、風の精霊様の洗礼を受けてるの。だから、姫巫女」


 耳元で、小さくシエルが教えてくれた。気になる言葉はあったものの、とりあえず彼は頷いた。シエルが口を開いた瞬間に、ぎろりと見張り兵の目が動くのが見えた。


「よきかな、よきかな、です!」

 姫神子様とやらは、にっこりとほほ笑んだ。それは子どものような無邪気さを孕んでいた。


 そしてまたしても野太い声と黄色い悲鳴が飛び交った。この国は果たして大丈夫なのか、と幸樹は思った。この頃になると、自分の命があと三日しかないことは頭から消えかかっていた。


「では偉大なる風の精霊――エアリエ様に祈りを捧げましょう。――フェナンプリエール!」

「フェナンプリエール!」


 謎の言葉が聖堂の中に木霊した。幸樹は微妙な表情でそれを聞いていた。そっちに気を取られていたせいで、周りから少し遅れる形で礼をする羽目になった。


「姫巫女様!」

「何でしょう――あら、シエルさん。ごきげんよう」


 頭を上げると、あろうことか魔法使いは壇上にいる姫巫女に呼びかけ始めた。神聖な儀式のはずなのに、いいのだろうか。

 しかし、特に周りの人に気にした様子はない。姫巫女の方も、気さくに応じている。さすがに見張り兵たちの顔は、これ以上ないくらいに強張っていたが。


「あれみせて、あれ。精霊様の奇跡!」

「ちょっとシエル! いつもいつも気安いわよ!」

 人の良さそうな従者の方が、眉を顰めた。

「えぇ、いいじゃん。減るもんじゃなし」

「そう何度もやったらありがたみが薄れるでしょう」

 眼鏡の方は、非難するような声を上げる。


 幸樹の知る信仰の形とは、この儀式はずいぶんとかけ離れていた。だんだんと、彼から緊張感が薄まっていった。あれだけ感じていた粛々とした雰囲気も、今やすっかり薄まっている。


「まあまあ、お二人とも。わたくしは構いませんから。――では、いきますよ?」


 従者を優しく窘めると、姫巫女様は祈るように胸の前で手を組み合わせた。すると、彼女の足元から光が沸き上がってくる。その長い髪がふわふわと宙に靡く。


「奇跡よ、ここに――オーンジュ・ブリーズ!」


 目を瞑ったまま、またしても謎の言葉を姫巫女は紡いだ。しかし、今度は誰も復唱しなかった。


 そして――


「これは――!」


 どこからともなくそよ風が吹いてきた。民衆の頭を撫でるように、ゆっくりと吹き抜けていく。

 それを浴びたとたんに、幸樹は自分の気持ちがリラックスするのを感じた。心が安らぎ、全身に力が漲っていく。

 また再び聖堂に活気が戻った。誰もそれを注意はしなかった。


「これでよろしいですか、シエルさん」

 喧騒の中、姫巫女様が魔法使いに優しく語り掛ける。

「うん、あんがとね、クラリス」

「……シエル。後で来て頂戴ね」


 その人名は何かのタブーだったのか、一際鋭い声が眼鏡の従者から飛んできた。その当人はといえば、少しも悪びれたところはない。ただ可愛らしく舌を出している。


「今のがね、魔法だよ、コーキ」

 騒然とした雰囲気の中、シエルが囁いてきた。

「え?」

「風を起こす魔法。精霊様の加護とも言うけれど。――ようこそ、異世界へ。いや、違うか。ようこそこちらの世界へ、異世界のおにーさん?」


 思わず幸樹はシエルの顔を見つめた。そこには優しい笑みが浮かんでいる。嘘を言っている風ではない。


 その瞬間、ようやく彼も認めた。自分は、異世界にやってきてしまったのだ、と――


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