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第四話 それはむりなんだい

 幸樹は斜め後ろから、じっとその女性の様子を観察していた。まずとんがったつばの広い帽子が目に入った。そこからちょっとうねった明るめの金髪が伸びている。奇麗に肩口で切り揃えてあった。

 ちらりと見える横顔は、釣り目がちな大きな瞳が特徴的。鼻梁は高く、すっきりと通っていた。口角は自然に上がっている。ちょっと勝気そうな印象を受ける。

 身に着けている衣服は、国王ほどには豪奢ではないようだった。何の装飾も施されていない絹のドレス。その上に、長いローブを羽織っている。


 全体としてなんだか魔法使いっぽいと、幸樹は思った。これで杖でも持っていれば、本当にそれらしい。

 

「……また盗み聞きをしておったのか、お前は」

 王の嘆きが彼を現実に引き戻す。


 腕組みをしながら、国王は一つ大きくため息をついた。そのまま背もたれにぐっと身体を預ける。目を細めて、眼前の少女の顔を眺めた。かなり呆れている様子だ。


「まっさか~、そんな人聞きの悪い」

 少女の目は明らかに動揺していた。


「まあいい。それで、()()()()とは?」

 ふんと、国王は鼻を鳴らした。

「そこの彼の妄言。その真偽を確かめてみる、というのはどうかしら、おじさま?」


 国の主の前だというのに、彼女の口調に敬ったところは一かけらたりともない。その顔には気さくな笑みが浮かんでいる。


「シエル、国王様のことをそんな風に呼ぶのは無礼だと、何度言ったらわかるのだ」

「よい、大臣よ。この娘は昔から言っても聞かんのだから」

「とうとうあたしの教育を諦めたってことかしらね、それは」

「誰もそんなこと言っとらん」

 国王は顔をしかめて、手の甲で払う仕草をした。


「真偽も何も、妄言は妄言。人が空を飛ぶなどありえない。それは、お前にだってわかっているはずだろうに」

「ええ、それはそうでしょうとも。そんなことは魔法をもってしても不可能、お師匠様もそうおっしゃってたかな。――っと、話が逸れちゃった、失礼しました。ともかくあたしは、この人の話を信じる価値があると思っています。もし人が空を自由に飛べるのならば、それはわが国にとって立派な武器になるのではなくて?」


 シエルと呼ばれた少女は不敵に笑った。幸樹の位置からもそれははっきり見えた。その態度に、彼は少しだけ希望を抱く。


「なにか考えがあるのだな? 話してみよ」

「では僭越ながら――」


 シエルはコホンと咳払いをした。くるりと振り返ると、幸樹の顔をぐっと覗き込む。そして、くすりと一つ笑みを零した。

 幸樹はその意味深な仕草にただドキリとしてしまった。彼女の顔と、初めて相対して、その美人さに度肝を抜かれていた。異国情緒溢れる、サファイアブルーの瞳は眩しい光を放っている。

 そんな彼の動揺などいざ知らず、彼女は再び国王の方を向いた。そして、その背筋を伸ばす。幸樹の目にはとても自信たっぷりな仕草に見えた。


「先にも申した通り、この人が本当に例の飛行物体の持ち主で、自在に操縦することもできるなら。それはかの国を出し抜ける大きな利点になります。空を制することは、有史以来未だ人類が成し遂げていないことの一つですから」

「ずいぶんと回りくどいな……具体的には何をさせるつもりだ?」

 大臣が不愉快そうに顔を歪めながら、かぶりを振った。


「おじさま。今現時点で、ニュアージュへの使いはどうなっています?」

「どうもなにも、反応なしだ。おそらく……」


 国王は心痛な顔で、言葉を切った。その先の結論は、この場にいる全員がわかっているようだった。空気が少し沈みこむ。

 わけのわからない単語が行き交い、事情が飲み込めない彼にも、なにかよくないことが起きていることが察しがついた。そして一方で、ここに来てからずっと燻っていた胸の中の疑念に火がともる。


「今この国が窮地に追い込まれている原因は、偏に取り囲むようにしたあの険しい山脈にあります。もちろん、防衛という観点から見れば、あれ以上のものはありません。しかし、今となっては無用の長物。こうして隣国に助けを求めるのも一苦労」

「そんなことはクロヴァス様だって、十二分にわかっておる。だからこそ、先の会議でお前に対策を考えるように命じたのではないか!」


 大臣は声を荒らげた。一向に本題に入りそうにない少女に、少し苛立っているようだ。国王に窘められて、僅かに落ち着きを取り戻す。

 対照的に、シエルはとても冷静だった。強い口調で叱責されたにもかかわらず、彼女に気にした様子はまるでない。その顔には涼しげな笑みが宿ったまま。


「ええ、ええ、わかっておりますとも。あの山を徒歩で越えるのは難しい。そのうえ、今はあちこちに敵が伏せられている。だからこれらを何とかしろ、とあたしは確かに言われましたとも。ずっと考えまてました。そして、あの飛行物体を見て思ったことがあります。空からであれば、全ての問題をクリアできるのではないか、と」

 シエルは、ふふんと鼻で笑った。


「つまり、この男に伝書を頼め。そういうことか?」

「それこそが、この国の天才軍師シエルめの秘策にございます!」

 

 堂々とした説得力のある声。そして、得意げに胸を反らす。しかし、えっへん、と語尾につけたことによって全てが台無しになった。


 奇妙な静寂が玉座の間に訪れた。この軍師の戦略を、国王と大臣は小難しい顔で咀嚼しているようだった。時折、探るような目を幸樹に向ける。


 幸樹は、ただじっと事の成り行きを見守っていた。謎は深まるばかりだったが、この少女を頼るしかない。彼女の話している内容が、自分の助けになるということだけはぼんやりとわかっていた。


「シエルの策、それは確かに素晴らしい」

 やがて国王が唸るように言葉を漏らした。

「お褒めに与り光栄でございますわ、おじさま」

「となれば、あとはその実現可能性だけだが――そこのお前! 自らの話が本当だというのなら、それを今すぐ示して見せよ!」


 王の一喝が、不審者に向かって飛んだ。それだけではなく、この場にいる全員が彼に向かって厳しい視線を送った。それでも、シエル――この国の軍師だけはその眼差しにどこか落ち着いたものを秘めていた。

 幸樹は逡巡していた。あの航空機らしき白い物体が本当に空を飛ぶのを証明するには、デモンストレーションが一番だということは彼自身がよくわかっている。だが、それは不可能に思えた。


 この国にはどうやら航空機の概念はないらしい。となれば、AT――ほかの動力付き飛行機による曳航――は不可能だ。もう一つは、我が航空部で主流となっているWT――凧揚げの要領で機体をひっぱりあげる――だが、そのための装置もないだろう。


 この土地においては、グライダーは空を飛べない。


 しかし、それを認めてしまえば――


 幸樹は覚悟を決めた。ごくりと生唾を飲み込む。依然として、胸騒ぎは収まらないものの、自分の進むべき道はこれしかないように思われた。


 自分を奮い立たせるように、彼は勢いよく立ち上がった。胸をトントンと叩くと、高らかに口火を切った。もうやけくそだった。


「……わかりました。()()()()()が空を飛ぶこと、それをご覧に入れましょう。しかし、恐縮ですが、今すぐには無理です。あれを飛ばすにはいろいろと道具や条件が――」

「三日だ」

「はい?」

 言葉を遮られ、思わず彼は素っ頓狂な声をあげた。


「猶予は三日。それ以上は無理だ。三日後の正午、貴様が自由に空を飛べることを示して見せよ!」

 国王の言葉には有無を言わさない迫力があった。


 幸樹には、到底不可能に思えた。未だに自分がどこにいるかもわからない。そんな環境で、三日という短期間でグライダーを発航させる術など見つかるわけがない。

 しかしここで反論をして、国王の機嫌を損ねれば……最悪の想像が彼の脳裏に浮かんだ。その時こそ一巻の終わりだ。だから最後には頷いた。動揺など微塵にも感じさせないように、虚勢をしっかりと張って。


「ふむ。楽しみにしておるぞ。――シエルもそれでいいな?」

「いいもなにもやるのは彼でしょうに。あたしには関係ないでしょ?」

 彼女は悪戯っぽく肩を竦めた。


「何を言う。言い出したのは、お前だ。無論、お前にもこの者の手伝いを命じる。ボワトン王国軍師として出してきた策なのだから、当然であろう?」

「えぇっ! なんか最近あたしに厳しくない、おじさま?」

「やかましいっ! まあ、引っ込めるというならそれで構わぬが――」

 じろりと国王は幸樹の方に目をやった。


 幸樹は縋るような目で、シエルの方を見た。もはやこの場に置いて、彼女の他頼るべき人間はいなかった。

 シエルは思案顔で、王と幸樹の顔を交互に見やった。やがて苦々しい表情で、一つため息をついた。


「はあ。仕方ない。手伝えばいいんでしょ?」

「よいよい」

 満足そうに、クロヴァス王は深く頷いた。


「では、二人に改めて命ずる。三日後、ぐらいだーとやらを、実際に空に飛ばして見せよ! それができなかった時、シエルには直ちに別の策を講じてもらう。そこの男は、即座に首を刎ねる!」


 玉座の間に、重苦しくボワトン王国の指導者の声が響いた。


 幸樹は愕然とした。こんな簡単に、自分の命の行方が決まるとは思っていなかった。ふつふつと、心の底から焦燥感が芽生えていく。


「ということだ。バン、その男を放してやれ」

「……よろしいのですか?」

「聞いてなかったのか? 此度こたびの審決は下った。この男には、三日の猶予を与える」

「はっ。不躾な真似をしました」

 年長の方の兵士は深々と頭を下げた。

 

「ですが、万が一逃げられでもしたら」

 若い兵士がなおも国王に異議を申し立てる。

「見張りはそこな娘に任せておけばよい。腐っても魔法使い。そうたやすく逃げられることはあるまいて。……もちろん、共謀されれば別だが?」

「そんなことしませんとも! 一応、これでもクロヴァスおじさまには恩義を感じているんだから」

 心外そうに、シエルは眉をひそめた。


「――ということだ。話は終わりだ。早々に立ち去るがいい、()()()


 不気味に笑って、国王は立ち上がった。そのまま玉座の後ろに消えていく。大臣もまたそそくさと続いた。

 ぶつくさ言いながらも、兵士たちは幸樹の拘束を解く。その手つきが荒々しいのは、未だに納得がいってないためだろう。


「ほら、解けたぞ」

「……どうも」

「お前、なんだそのたい――」

「セザール、落ち着け。――じゃあ、あとは頼むぞ、シエル」

 ベンはポンと新たに見張りの任についた少女の肩を叩いた。


 そのまま彼は、後輩を引っ張る形でその場を去っていく。大股で早足気味の歩き方には、二人――特にセザールの苛立ちが如実に表れていた。

 玉座に取り残された幸樹は、ふーっと長く息を吐いた。ようやく長い緊張から解き放たれて、軽い安堵を覚えた。そして、どっと疲れがやってくる。首と肩をゆっくりと回した。全身、かなり嫌な汗をかいていた。


「さてさて、おにーさん。これからどうしよっか?」

 シエルはどこか楽しげに見えた。

「……いや、どうするもなにもですね」


 幸樹は困惑しっ放しだった。この少女はいったい何者か。名前と、ぼんやりとだがその役職はわかったが。しかし、国王はさっき、この娘が魔法使いだとか言っていた……段々と頭が痛くなってきた。


「そうだ、自己紹介しておくね。とりあえず、この三日は一緒に行動することになるわけだし」

 彼女は人当たりの良さそうな笑みを浮かべる。

「シエル・ラプレー。話聞いてて、わかったと思うけど、この国の宮廷魔法使い兼軍師なの。よろしくねっ」

「俺は山岡幸樹。ええと、よろしくラプレーさん」

 シエルはいきなり渋面を作った。


「シエルでいいわ。名前で呼ばれる方が好みなの。あたしもヤマオカ、と呼んでいいかな?」

「……はあ、わかりました。この国のやり方に従うなら、俺はコウキ・ヤマオカになるんですけど」

「あらそうなの? じゃあコーキ! では、改めて――これから、頑張ろーね、コーキ!」

 親し気に微笑みかけながら、彼女は右腕を差し出してきた。


 幸樹はその手をおずおずと握った。やや冷たい感触と、小さな掌は普通の女の子と変わらない、彼にはそう感じられた。


 それにしても、グライダーを飛べせなかったら、死刑か。とんでもないことになったものだ。彼には目の前でニコニコと笑う女性が、その助けになるとはあんまり思えないのだった。


「それじゃこれからのことについて話し合わないとだね」


 するとシエルは幸樹を置いて、ずんずんと先に進んでいった。向かう先は、先ほど兵士たちが出て行った扉の方だ。

 幸樹は釈然としないながらも、彼女についていくことしかできないのだった――

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