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第二十五話 地上を征くは兵士たち

 それはただひらすらに幻想的な光景だった。空から絶え間なく日の塊が降り注いでいる。それは地上にぶつかると、周囲に広がって爆風を起こした。そこにいた、不気味な銀の甲冑の集団は成す術なく巻き込まれていく。一方的な攻撃――まるで神々の裁きのように絶対にして絶望的。


 馬に跨ったまま、一人の若兵士はその光景に見入っていた。今朝、北東部に投入された援軍部隊の一員。彼は敵をおびき寄せる任を負っていた。それが終わり、他の兵士たちが待機している集合場所に向かう道中で、ふと彼は後ろを振り返った。


 彼は――ジャン・ベルナルドは初めから、空飛ぶ未知の乗り物もあの男も気に入らなかった。

 

 空を飛ぶのは鳥だけの特権。あるいは、古の時代の神か。そんなことは、彼の世界に置いて数ある常識のうちの一つだ。


 幼き日、ジャンはシエルといつものように遊んでいた。彼の両親は早くにして亡くなった。そのため、兵士見習いとして宮中に引き取られた。年齢が近いこともあって、国に来たばかりの魔法使いの弟子とも仲が良かった。


 その際に、シエルが突然空を飛んでみたいと言い出した。二人で空をたゆたう鳥を眺めていた時に。

 ジャンは困り果てた。それを何とかして叶えたいと思ったが、彼にはどうしていいかわからなかった。結局、なにも浮かばずただただ二人で泣きわめくばかりだった。

 やがて、軍師様が飛んできてその場は事なきを得た。シエルも人が空を飛べないという道理はひとまず納得したらしい。だが、その記憶はジャンの心の隅にずっと残っていた。なぜあんなに、彼女がそんなことを言いだしたのか、全く理解できなかった。


 だから、城の屋上から()()を見た時、自分の目がおかしくなったとさえ思った。

 慌てて先輩兵士と共にそれが落ちていった場所を確認しに行くと、そこに見るからに軟弱そうな見た目の男がいた。怪しい風貌で、彼は先輩に進言してその男を拘束した。


 その後王の御前で話を聞くと、異世界から来たとか嘯きだした。しかも、傍らにあったあの白い大きな鳥みたいな形をした物体が空を飛ぶ、とまで。そんな話、到底受け入れられるはずもなく、そのまま男は投獄される……はずだった。


 シエルはなぜ、あんな男の味方をしたのだろう。彼女にだって、男の言ったことは信じられかったはずなのに。そこにまず憤りを覚えた。

 その後、国王は彼に猶予を与えることにした。しかも、その見張りにシエルを任命して。ジャンはひたすらに納得できないでいた。意味が分からなかった、理解できなかった。


 その後夕食の時間にシエルの部屋に行くと、なんとあの男が彼女と談笑していた。見るからに、打ち解けているようだった。その姿にまた、ジャンは苛立った。なぜこの得体の知れない男が、と。


 やがて、運命の日がやってきた。セザールを筆頭に何人かの兵士はあの男とシエルの企みに手を貸しているみたいだった。彼はそれを遠巻きに眺めていた。この若兵士はまだまだ未熟。日々の時間の大半を訓練に費やす。そこに不満は無かったが、あの三日間だけはどうにも身が入っていなかった。


 セザールに命じられて、ジャンもあの男によるパフォーマンスを見守ることになった。彼はどうせ失敗すると高をくくっていた。兵舎で色々な話を耳にしていたが、それでもまだ空飛ぶ乗り物の存在を認められずにいた。


 だが――


 ジャンの意に反して、あの白い物体は――グライダーは空を翔けることに成功した。懐疑的だった彼も、その光景には流石に目を見張っていた。そして、認めざるを得なかった。空飛ぶ乗り物の存在を。彼が異世界人だということを。


 だがそれだけだ。ジャンのコーキに対する嫌悪感は拭えずにいた。彼が親書を届けることになりそれに成功したのも、こうして救援作戦に参加することになったことにも、忸怩たる思いを感じていた。


 そんなに空を飛べることは凄いのか、と。いったい、グライダーに何ができる? この闘いに本当に勝ち目はあるのか。こうしてここに来るまで、ジャンの胸の中では色々な想いが渦巻いていた。


 しかし――


 今こうして、グライダーの有用性をまざまざと見せつけられた。ジャンは感服していた。そのある種爽快感すら感じる光景に、彼は心の靄がすーっと晴れていくのだった。


 コーキ・ヤマオカ、か。大した奴だ。地上から見ればそんなに難しいことをしているようには見えないが、きっと想像を絶する苦難があるのだろう。空を飛ぶことには。しかも、シエルというけったいな娘まで乗せているし。


 ジャンは前を向くと馬を走らせた。自分もできることをしなくては、と。任務はこれで終わりではない。あくまでも砦の奪還。

 俺も頑張るんだと、背中にいるであろうグライダーに向かって、彼は闘志を滾らせるのだった。





        *





「これは……」


 砦に辿り着いた部隊が門を破って内部に侵入する。だが、その先陣を切る部隊長は中の様子を目の当たりにして、思わず怪訝そうな声を漏らした。


 ジャンもそっと、後ろから覗き見る。エントランス部分には、何の異常もない。踏み荒らされた跡も、物を破壊した様子もない。全く、その雰囲気は穏やかなまま。


 部隊は不気味さを感じながら、慎重に内部を進んでいく。何手かに分かれて、砦を隅々まで検めていく。ジャンは中央部分を担当するグループに加わった。


「恐ろしいほどに生活感がないな。――どうだ、飛び出てきた時と比べて何か異変はあるか?」

「……いいえ、特には。あの時のままに見えます」

 一番年長の兵士が、砦に勤めていた兵士に訊くが彼は即座に首を振った。


「あいつら、なんだったんだろうな」

「道中、一人も倒れていませんでしたね。それどころか、血の一滴すら……」

 ジャンは隣を歩く後輩と言葉を交わす。

「シエル――魔法使い様の魔法の痕跡はあちこちにあったけどな。前見た時以上に、地面、でこぼこになってたぞ」

「凄かったですからね、あれは。この世の終わり、みたいな光景でした」

「それは言い過ぎだ、馬鹿」


 やがて一行は最奥部――作戦会議室に辿り着く。が、やはりそこにも残存塀の影はなく、それどころか今まで使用した痕跡すらない。

 ジャンはそっと机を指でなぞってみた。たんまりと埃が積もっている。それを一息で吹き飛ばしながら、ぐっとその顔を険しくした。


 果たしてこれはどういうことか。あいつらの正体はいったい……? 確かに連中はここを根城にしていたはず。それは元々砦にいた舞台からの証言で明らかだ。

 ジャンはその脳裏に、先ほど戦場で見た銀の甲冑が軍団になっている姿を浮かべる。まるでカラクリのような動き。この間、ドミニクが王に献上したゼンマイで動く小さな木人形を思い起こす。まったく血が通っていない、人間離れした雰囲気だ。


 その後探索もほどほどに、砦潜入部隊は入口の外で落ち合った。各小隊によって簡単な報告が行われるが、その内容に違いはほとんどなかった。どこも共通して、人気はなく何かが存在していた痕跡もない。厨房に、料理が作りがけで置き去りにされてた、という報告はジャンの背筋を震え上がらせた。


 再編成した二部隊が、そのまま砦に残ることになった。敵の正体は不明のまま。ただし、魔法的な要素を感じ取った部隊長はすぐさまそれを城の魔法使い――シエルに相談することに決めた。

 彼は一足先に伝わるように、書をしたためる。向こうで紹介に当たっている別動隊と合流した際、すぐに鳩に運ばせるために。


 半ば、蚊帳の外気味になり始めたジャンは、ふと天を見上げる。そこには白い雲と、その隙間を埋めるような青い空しかない。グライダーの姿なんてどこにもなかった。だが彼は知っている。鳥以外に、空を翔けるものが存在することを。


 そして、ぐるりと後ろに視界を向ける。――暗闇だ。全く先が見えない。砦に近づいた時、その奥は全くの闇に閉ざされていた。そちらにも調査部隊が派遣されたが、果たして――


 この世界に何かが起こっている。あの異世界人を筆頭に、不思議なことがジャンの――ボワトン王国の周りで短期間のうちに頻出していた。


 だが、その全容を知る者はいない。しかし、ボワトン王国が謎の勢力を押し返し、砦を奪還したことは事実だ。重大な被害が生じるのを未然に防ぐことができた。ここにいる者たちは今、その喜びをかみしめていた。ジャンもそれは同じだ。彼らは――兵士たちは守るために存在するのだから。


 ジャンは同時に、今頃王宮に向かっているだろう、立役者の二人に思いを馳せる。この先例え何が起ころうとも、彼らとグライダーがいれば、この国はどんな機器も乗り越えられる。彼は、不思議とそんな予感を抱くのだった――

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