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第二十四話 魔法爆撃!

 グライダーが発航する前の空気は、今までにないほどにものものしかった。すっかり草が潰れてできた一本道は、さながら滑走路のよう。そのわき、邪魔にならないところにボワトン王国の国王、王女、そして大臣に兵士長と錚々《そうそう》たる面々が控えている。

 幸樹とシエルは彼らの前で、出発前のあいさつをしていた。


「では、行って参ります、おじさま」

「うむ、頼んだぞ、シエル」

「しかし、本当に果たしてうまくいくのやら」

「これ大臣よ、そんなことを言うでない。こうなれば、この魔法使いが進言してきた策に頼るしかあるまい」

「それはわかっておりますが……」


 大臣がちらりと幸樹の方に目を向けた。部外者である彼を巻き込んだことを、この神経質そうな大臣は気にしているのかもしれない。


「兵士長、伝書の方はどうなっておる?」

「先ほど鳩が帰ってまいりました。その足に向こうからの文が。――仔細承知した、と」

「うん。これでもう心配することはないわね。後はびしっとあたしが上空から魔法攻撃を連発するだけ」

「……シエル、あまり調子に乗ってはいかんぞ?」

 渋い声で、大臣が窘める。


 向こうにいる兵士たちへの指示、それは上空にグライダーを確認したら敵を引き付けること。そしてある程度のところで闘いから離脱する。その時に地上から狼煙が上がる手はずになっている。それが攻撃の合図だった。


 ずっと心痛な表情で黙っていた王女が一歩前に進み出た。伏し目がちに、幸樹とシエルの顔を交互に見比べる。


「あの、無理はしないでくださいね?」

「大丈夫、大丈夫! そんなに不安そうな顔しないで、クラリス。あたしに任せておけば、万事オッケー!」

「……まあその、やれるだけのことはやってきます」


 隣でテンションを上げまくっている魔法使いに、幸樹は微妙な感じを抱きつつ王女に答える。その胸の中はやる気で満ち溢れていた。


「それじゃ行こう、幸樹!」

「そうだな、この国を救うためにひとっ飛びするか!」


 二人は確かな足取りでグライダーに向かって歩いていく。迫りくる決戦に、二人の闘志はメラメラと燃えていた。





        *





 機体は北東に向けて恙なく飛んでいた。上空で離脱してすぐ、王女の風魔法によって十分に高度を稼いだ。事前準備の段階で、目的地までの距離は聞いていた。それと滑空比から逆算して、幸樹は必要な高度を算出した。

 空はよく晴れ渡っている。シエルによれば、王都の辺りはめったに雨が降ることはないらしい。


「風の精霊様の籠のお陰ね。まあ、全てがいいことじゃないけど。気を付けないと、しょっちゅう水不足になりそうになるから」

「俺には晴れと風に何の因果関係があるか、さっぱりなんだが」

「まあまあ細かいことは言いなさんな。大昔からそうなんだから、今さら気にしたところでねぇ」


 アハハと底抜けに明るいシエルの笑い声が機内に響く。それでいいのかと思いつつ、幸樹は前方に意識を集中させる。おそらくそろそろ、目的地周辺に近いはず。何時合図が起こってもおかしくはない。


 しかし、この世界についてまだまだ幸樹には謎なことが多い。精霊とは結局どんな存在なのか。ニュアージュ王が言っていた()()()という言葉も気になるわけで。――落ち着いたら色々と聞いてみるか、そう彼は思った。


 その時――


「なんだ、あれ?」

「ん、どうしたの――って、うわっ、真っ暗! この辺りはぜんぜん空が青いって言うのに」


 空の端が闇に覆われていた。関所が襲われた時に、突然エクレール方面が闇に包まれたと証言した兵士がいたらしいことを幸樹は思い出す。あれが、その現象の一部ということか。

 その黒い部分はまだまだ先ではあったが、とてもグライダーが飛べそうな様子ではない。この世界に来るとき、あの黒雲に突っ込んだ時と同じ危険な匂いを、彼は敏感に感じ取っている。


 しかしそれは同時に、とある知らせにもなっていた。そうした風景を目にしたということは、関所もすぐ近いということ。幸樹はちらりと地上に目を落とす。


「どうだ、シエル?」

「うん。見える、見える。みんな、ぞろぞろといる」

「敵は?」

「うーん、どうだろう。この辺りにはいない」


 しかし、魔法は便利なものだ、と幸樹はしみじみ感じていた。彼の目には地上の様子がそこまで細かく映ってはいない。


 それにしても、敵はどこにいるのか。向こうからの報告によれば、敵は援軍が到着するとどこかに退いていったという。密偵を放った結果、連中はすぐ近くに陣取っていたことが判明。

 だからこそ、シエルのおびき寄せるという作戦に見通しが立ったわけだが。だが、このままいくとまずいことになる。


「どうする?」

「少し様子見しよう。――高度は大丈夫?」

「ああ」


 幸樹はそのまま機体を旋回させ始めた。来た道を折り返す。辺りを適当に飛び回るつもりだった。


「あっ! 動き出した!」


 すると、いきなりシエルが叫んだ。とりあえず、地上の兵士もこちらを視認することができたらしい。

 まずは一安心だが、果たして敵はどこに行ったのか。幸樹はちょっと考えて、一つの結論に行きつく。


「砦に戻ったとかないだろうな」

「……あるかもね。とりあえず、みんなを追いかけるのはどう?」

「たぶん追い越すことになると思うが……まあいいか」


 再び幸樹は180°機体を旋回させる。操縦桿を軽く右に傾けていく。その間、シエルはずっと地上の方を見ていた。そして――


「ストップ、ストップ! ――ちょっとズレてる!」

「……いきなり大声出すなよ。グライダーはそんな急には反応できないぞ」

「ごめん、ごめん。つい……とりあえず、右に行き過ぎなんだけど」

「このまま一回まっすぐ飛ぶ。そしてある程度行ったところで左に戻すっていうので、どうだ?」

「りょうかーい!」


 グライダーは兵士の一団が進む方向と、ややズレた方向に向かって水平に飛んでいく。次第に、空の黒い部分に近づいてきた。幸樹は操縦桿を少しずつ左に動かす。


「とりあえず、一回後ろに戻るぞ。このままいったら、あの黒いゾーンに突入してしまう」

「うん。――あっ! コーキの言う通りだった。砦から、兵士が出てきたよ」


 やはりそうだったか。それを聞きながら、幸樹はちょっとマズいことに気が付いた。高度がそろそろ足りなく始めている。


「シエル、高度が」

「はーい」


 返事があってからしばらく進んでいると、微かに機体に上向きの力がかかるのを感じた。そして、幸樹は機体をその場でぐるぐると旋回させ始める。


 上空から魔法を撃つのだとしたら、そこまでの高さはいらないだろう。いいところで、彼は状況気流から離脱する。

 そして、その視界の先に――


「狼煙!」

「見えてる!」


 二人は同時に闘いの合図を発見した。シエルがキャノピーに顔をぐっと近づけて地上の様子を確認する。魔力をよく通したその目は、はっきりと敵の動きを見ることができた。


 シエルが幸樹に具体的な敵の位置を伝える。幸樹はその方向に機体を向かわせると、そのポイントでまたしても機体を旋回し始めた。今度は先ほどよりも大きくゆったりと。


「よしっ! ――見せてあげるわ。あたしの磨き上げてきた魔法の数々!」


 後ろからとても気合の入った声が聞こえた。幸樹はシエルが謎の言葉を紡ぐのを訊きながら、機体を回していく。時折、斜めになった彼の視界に下に向かって落ちていく火球が見えた。


 作戦はどうやら順調らしい。だが幸樹はあまりにも高度の下がり具合が早すぎることに、危惧を抱いていた。このままいくと――


「シエル! そろそろ離脱したいんだが!」

「待って! まだ少し!」

「いや、でも――」

「大丈夫、あたしに策があるから!」


 焦る幸樹。このまま繰り返していると、この辺りで着陸することになる。だが、この辺りの地形は平ではない。地面がでこぼことして、時には大きな岩石が野ざらしになっているという。それを確認していたからこそ、最終的にはちゃんと離脱して城に戻る、ということを彼はシエルと話し合って決めていた。


 しかし、敵が倒せていないのであれば――もはや、悩む時間は無かった。シエルが大丈夫というのはあまり信用できない。でも、彼女がこの国を救いたい気持ちは本物だ。自分はそのために来ている――幸樹は覚悟を決めた。


 操縦桿を保持し続ける。その間も、シエルが呪文を唱える声は止まらない。だが、グライダーはどんどん空を落ちていく。


「よし! オッケー!」


 シエルの言葉で、幸樹は機体の傾きを戻した。慌てながらも、繊細に舵を戻していく。すでに、そろそろ着陸準備をとらないといけない高度。だが、幸樹の眼下にグライダーが安心して着陸できそうな場所はない。

 これはまずい。一か八かで着陸してみるか……幸樹の心に、じんわりとした焦燥感が広がっていく。それでも、後ろにいる少女のことを思うと、それを顕わにすることはできなかった。


「シエル!」

 力強く、後席に座る魔法使いの名前を呼ぶ。

「ふっふっふ、はいよっと!」


 シエルが得意顔で、自分の頭上に手を伸ばす。すると、キャノピーに一枚の紙を張り付けた。


 そして――


 一瞬視界がホワイトアウトする。次の瞬間には、すぐ近くに緑色の大地があった。機体はそのまま地面を走っていく。幸樹は反射的にダイブブレーキを全開にした。


 移動魔法――必死に操縦桿を動かしつつ、頭の中で幸樹はその答えに辿り着いた。そして、段々と機体が速度を落としていく。


 やがて、完全に静止すると、彼は思わず後席に顔を向けた。そして、へらへらした笑顔のシエルを強く睨む。


「ほら、大丈夫だったでしょう?」

「お前な、初めから教えといてくれよ」

「いやぁ、失敗する可能性があったからねぇ」


 さらっと怖いことを言ってのけたシエルに、幸樹は今まで抑え込んできた恐怖が蘇ってきた。思わず、身体を震わせる。


「さあ、あとはみんな次第ね」


 幸樹はそっと前を向く。今はもう見えない遥か彼方にいる兵士たちに、彼も思いを馳せる。作戦の最大の肝は、砦の奪還であった――

 

残り二話で一章完結となります

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