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第十九話 謁見

 ひとまず向こうの警戒心を解くことには成功したらしい。三人の顔からは険しい感じが消えた。


「お二人はボワトン王国から来られたのはわかりました。――して、これはなんですか?」

「説明すると長くなるのですが――」

 言葉を切って、王女がちらりと幸樹の方を見た。

「空飛ぶ乗り物です。驚かせてしまってすみません」

 ぺこりと幸樹は頭を下げた。


 その言葉に、兵士たちは各々驚きの表情を浮かべた。その反応の仕方には違いがあったが。幸樹の放った一言に、衝撃を受けたことには変わらない。


「ふむ。それはたいそう知的好奇心が惹かれますが、なにやら深い事情がおありのようだ――お二人は何用ですか? 使いの者、とおっしゃっていましたが」

「ちち――ボワトン国王クロヴァスから貴国への親書を届けに参りました。至急お取次ぎいただけないでしょうか」

「なるほど。そういうことでしたか。わかりました、ご案内しましょう」


 年長の兵士が両脇の兵士に目配せをする。そして、ゆっくりと踵を返した。そのまま歩き出そうとするが――


「あの、すみません。一つ頼みたいことがあるんですが」


 すっかり余裕を取り戻した幸樹は、自分が一番に気にしなければいけないことを口にした。



 兵士たちについて、幸樹たちはムーヴの街の中に足を踏み入れた。ボワトンとは違って、街は碁盤の目の形をしている。縦横に数本づつ街路が伸び、四角い区画ができている。そこに建物が立ち並んでいた。


 歩き出す前に、幸樹が頼んだことはグライダーの見張りだった。大切な乗り物だから、しっかりと警護をしてもらいたい。彼がそう頼むと、年長の兵士が快くその役を引き受けてくれた。 

 ここに来た初日はそんな配慮をするところまで気が回らなかった。しかし、平静を保てている今、異世界にそぐわないあの乗り物を放置するという選択肢は彼にはなかった。不要なトラブルを招きかねない。


 目下の心配事が消えて、幸樹は気分が軽くなったのを感じながら町中を歩いていた。隣を歩くクラリスはきょろきょろしながら足を進めている。王女ゆえに世間知らずなのか、見るもの全てが珍しいようだ。その顔はとても紅潮している。


「なんだかキラキラしていますね、コーキさん!」

「キ、キラキラ……」


 まあよく晴れた日で道行く人々の顔は明るくは見えるが。しかし、幸樹にはいまいちその表現はよくわからなかった。


「そうでしょうとも。ここはわが国の王都。最も栄えているといっても過言ではありません。他の街はこうも立派にはいかないでしょうなぁ」


 話を聞いていた小太りの兵士が誇らしげに笑った。クラリスはその発言に少しムッとした顔になる。


「うちのボワトンだって負けてませんとも!」

「おおっと、これは失礼。あなた方の国を貶める意図は無かったのです。ボワトン王国もまた素晴らしい国と聞き及んでおりますぞ。わたしも一度は行ってみたいものですなぁ」


 それはどうにも社交辞令らしかったが、王女はまんざらでもなさそうな顔で頷いた。そんな姿を幸樹は単純だな、と少し微笑ましく思う。

 しかしこの兵士はよく喋るものだ。もう一人の方は一言も口をきいていないというのに。まあバランスは取れているのか、と幸樹は変に納得していた。


 その後も太った兵士はぺちゃくちゃと色々なことを話してくれる。おかげで道中退屈せずに済んだ。……大抵はこの国や街を誇るものだったが。

 もし能弁な兵士に、この少女の正体を知らせるとどうなるか。幸樹は途中からちょっとうずうずしながら歩いていた。


 やがて大きな道が交差する十字路の真中に来た。そこには豪華な噴水があった。周囲にはたくさんの人がいる。


「この道をまっすぐ行くと、湖のほとりです。右に曲がれば、時計台があります」

「湖、時計台……面白そうですね、コーキさん!」

「あのまずは用事を済ませるのが先だと思いますよ」

「……はっ! そうですね、すみません。ちょっとはしゃいでしまったようです」

 恥ずかしそうにクラリスは顔を赤らめて俯いてしまった。


「その際には、ぜひともわたしめがご案内しましょうとも。――それではこちらです」


 すすっと兵士たちは左に折れた。その先には豪華な造りの城がはっきりと見える。それはボワトン城とは比べ物にならないほどに巨大だった。





        *





 クラリスから手渡された手紙を読み終えて、玉座に腰かける小柄な老人は深いため息をついた。


「エクレールか。近頃あまりいい噂を聞かないと思っていたが、まさかそんなことになっていようとは……」

「王様は何かご存知なのですか?」

「ああ。民から色々と話を聞いている。例えば、エクレールに嫁いだ娘から連絡がない、とか。要請した物資が届かないとかな。そうした苦情が最近になって噴出しているから、そろそろ調査に乗り出そうと思っていたのだが

――」


 国王は遠くに控えている大臣らしき人物に視線を送った。すると、その人物が話し合いの場に近づいてくる。


「至急、エクレールに偵察部隊を送ってくれ」

 ボワトンからの親書を手渡しながら、王は家臣に命じた。

「ありがとうございます」

「よいよい、これは貴国のためだけではないのだから」

 くすぐったそうに、ニュアージュ王は手を振った。


 ひとまずは話がまとまりつつあることに、幸樹はとても安堵していた。国王との謁見に、彼はあまりいいイメージを抱いていなかった。今回に関しては、それは杞憂に終わったが。


 しかし、エクレールという国にいったい何が起きているのだろうか。少し頭を働かせてみたが、幸樹には全く見当がつかなかった。


「それよりも、だ。そなたらは空飛ぶ乗り物にやってここまで来たというじゃないか。儂としては、それも気になるんだがの」

「ああ。グライダーのことですね。それについては、コーキさんの方から」


 いきなり話を振られた幸樹はドキリとしながらも一歩前に進み出た。そしてややぎこちない口調で、今までの経緯を話し始める。


「ほう。異世界から。それなら道理がわかる」

「王様は僕の話をすぐに信じてくれるのですね」

「ああ。儂も少しは魔法をカジっておるからの。だからこそ、ボワトンには何とか力を貸したい。あの国は、風の精霊様の庇護下にある、神霊国のひとつだからな」


 ……また新しく耳慣れない単語が出てきて、幸樹は少しだけ渋面を作った。ふと隣にいる風巫女様の方を見るが、彼女はただただはにかんでいた。おそらく風の精霊と言う単語を聞いて、照れくさくなったのだろう。


「とにかく。事情はわかったが、国境が封鎖されているのは非常に厄介じゃな」

「はい。できれば、お力添えいただければ、と。知っての通り、ボワトンは小さな国です。いくら精霊様のご加護があれど、国力の乏しさは拭えず」

「ふむふむ、まあそうじゃろうな。そちらの方も手をうっておこう」

「本当ですか! 色々と手を尽くしていただいて、本当に何といえばよいやら」

「気にするでない。国交があまり盛んではないとはいえ、ニュアージュとボワトンは昔からの友好国。困った時はお互い様じゃ」


 国王はその皺だらけの顔を、さらにくしゃくしゃにして笑った。それは幸樹たちに安心を与える、とても気さくな笑みだった。


「それともう一つ、わが国北東の関所の件なのですが。そちらにも、兵を出していただくことは……」

「無論可能――と言いたいところだが、そちらは不要な武力介入になりかねん。ニュアージュとエクレールの関係悪化は避けられんだろう。であれば。まずはエクレールの状態が確認できてから、になるな」

「そうですか……申し訳ありません、こんな手前勝手なお願いを口にしてしまい」 


 王女はしゅんとしょげた表情を見せた。ここまで堂々とした立ち回りを見せていた彼女だが、やはり随所に少女らしさが現れる。


「なにそんなに落ち込むことはない。国境解放軍をそのまま駐留させる。時間的なロスは避けるつもりだ」

「本当ですか! 助かります。我が国王もきっとお喜びになられるでしょう。このお礼は必ず致します」

「うむ。それはまあおいおい、じゃな。――して、他に何かあるか? なければ、此度の話し合いはここまでに致したい。準備せねばならぬことは山ほどあるからの」


 ふるふると、クラリスは小さく首を振った。幸樹もそれに倣う。


 すると、ニュアージュ王は満足そうに頷いた。そして、玉座から立ち上がる。年齢は相当いってそうだったが、腰はまっすぐに伸びていた。


「では、これにて。――二人はこれからどうするのだ?」

「すぐに国に戻ります。この件を王に報告したいと思います」

「なるほど。であれば、すぐに書状を用意させよう」

「ありがとうございます」

「しばし、宮中でゆっくりなさるといい。乗り手のそちらの若いお主は疲れているだろうしな」


 そう言うと、国王はどこかに行ってしまった。それをゆっくりと、二人は見送る。


 玉座の間に落ち着きが戻った時、幸樹はあることを王女に尋ねようと思った。


「あの王女様。すぐに帰るとのことでしたが」

「こらっ! 王女呼びは禁止です」

「し、失礼しました、クラリス様」

「……むー、まだ固い。――まあそれはおいおいとして、ええ、すぐにでも国に戻ります」

「あのどうやって帰るんですか? 昨夜、シエルはちゃんと考えがあると言ってましたが、教えてもらってないのです」

「ああ、そのことですか。――コーキさん。いえ、異世界の旅人さん。この世界には魔法という便利なものがあるのですよ?」


 くすりと、からかうように笑うと、王女は懐から四つに折りたたんだ紙を取り出してきた。そっと広げると、そこには複雑な魔法人が描かれていた――

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