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第十八話 異世界フライト旅行

 フライトは順調といえた。二人を乗せたグライダーは、西の方角に向かってまっすぐに空を進んでいる。

 機内はとても静かだ。グライダーの奏でる重厚な音楽しか流れていない。主に風を切る音だが、それはとても大きく、威圧的だ。


 平らな地形に徐々に変化が訪れていた。少しずつ、草原が荒れていく。風景はやがて緑ではなく、赤茶色の部分が増えている。

 前方には、山脈がすぐ近くまで迫っていた。十分に高度を稼いだお陰で、十分に通過できそうだ。


「王女、あれがニュアージュとの国境沿いの山ですか?」

「ええ。そうです。名前はエグペル山、らしいです」

 後ろから、落ち着き払った声が聞こえてきた。


 発航当初、大いに取り乱したクラリス王女だったが、今やすっかり立ち直っている。一時は、自身初めてのフライトに歓喜して大騒ぎする程だった。さすがに幸樹が耐えかねて苦言を呈した結果、彼女は現在のように静かにじっと周りの風景に見入っているわけである。

 あんなにも機内が騒がしかったのは初めての体験だった。それは幸樹に新しい知見をもたらすわけではなく、ただただ気疲れを増幅させただけ。あの甲高い悲鳴は、思わず耳を覆いたくなる程だった。


 だがしかし、彼としても興奮してはしゃぎたくなる気持ちはよくわかる。初めてのフライト――あれは体験飛行という名目だったが――その時の気持ちは今もはっきりと思い出せる。

 足元がふわふわして落ち着かない。……いや、文字通りグライダーは空を飛んでいるわけだが。高揚感が、幸樹の身体を駆け巡っていた。上空から見る広大な風景は、言葉を失うほどに美しかった。


 こうして操縦側に回ると、そんな余裕はあまりないのだが。幸樹はずっと飛び続けることにのみ意識を裂いている。依然として晴天が広がり空は穏やかだったが、それは気を抜いていいことにはならない。どこかに気流が乱れているところがあってもおかしくはない。


「王女、気分はどうですか?」

「気分、ですか? 最高です!」

「いえ、そういうことではなくて……気持ち悪かったりしないかな、と。意外と乗り物酔いする人も多いんですよ――って、乗り物酔いはわかりますかね?」

「ああ、そっちでしたか! わたくしったら、早とちりしてしまって恥ずかしい……。もちろん、知ってます。馬車に乗る時に感じるアレですよね。大丈夫です、わたくし、なんだか乗り物には強いみたいで」


 それは何よりだった。こうして水平飛行している分にはあまり問題ない。それでも多少の振動はあるが。

 やはり問題はソアリング――上昇気流を捕まえるための旋回運動は慣れていないとどうにも気持ち悪くなる。機体がそれなりに傾き回りだすのだ。さながら、遊園地のアトラクションも顔負けだと、幸樹は思っている。


 やがて、グライダーは山の上に差し掛かった。ちらりと見る大地には、葉がよく茂った木が鬱蒼としている。これは確かに、敵が待ち伏せしていてもおかしくはない。山の傾斜も所々きつそうでもある。


 山を越えれば、進路は南西に変わる。昨夜、シエルと副兵士長の三人で打ち合わせを行った。その時に、幸樹は初めてボワトン王国以外についても描かれた地図を見せてもらった。

 その地図は、ボワトン王国部分は西の山脈とその裾野だけ。大部分は、ニュアージュ領に割かれていた。山からムーヴ周辺までだけが記されている。大きな湖のほとりにその街はあった。


 地図は一応王女が携帯している。今彼女はそれを膝元に広げていた。


「コーキさん。山を越えたら左斜め下方向みたいですよ」

「……南西ってことですね、わかりました」


 この人に道案内は頼めそうにないな、と幸樹は密かにげんなりしていた。





        *





 ようやく目印の湖が見えてきた。果たして飛行時間がどれくらいか。幸樹には正確な見当はついていなかった。ただ低かった太陽はすっかりその輝きを増している。

 湖の北側部分は森が広がっていた。ぱっと見た感じかなり深い。南側はなだらかな平原が広がっている。幸樹はその方向に機首を向けた。少しだけ、湖を横切る形になる。


「わぁー、おっきいですねー」

「はい。自分も正直びっくりしてます。上空から湖を見たのは初めてですし」

「あら、そうなんですね。では、わたくしと一緒」


 ふふふ、と可愛らしい笑みを王女はこぼす。何がおかしいのか、幸樹には全くわからなかったが。


 とりあえず高度を下げながら、着陸できそうな場所を探す。周囲を飛んでいると、大きな城と町が見えた。ボワトンとは違って、城と町は分離している構造らしい。ただしっかりと城壁は巡らされているが。

 そこから大きな街道が伸びているのが見えた。幸樹は好都合だと思った。着陸の目印として、これ以上のものはない。


「王女、着陸しようと思います。ちょっと揺れますけど、我慢してください」

「……出発の時みたいな感じですか?」

「いえ、あそこまでは。この後、左手側にあるレバーが動くので手を挟まないように気を付けてください。なんだったら、離陸時と同じようにハーネスを握っていても構いません」

「て、手を挟む……はい、気を付けます」

 物騒な表現をしたからか、クラリスは少し怯えたようだった。


 幸樹は着陸態勢に移った。ポイントはさっきの街道横の草地。風向き的に、城下町から背を向けて着陸する必要がある。


 第四旋回を終えて、正面に着陸地点が見えてきた。ダイブブレーキを開く。機首の向きに気を付けながら、高度を下げる。そして、地面すれすれまで来たところ、ちょっと機首を上げた。

 ドン、という衝撃音がして、機体が揺れる。後ろから小さな悲鳴が上がった。グライダーの主輪が接地して、そのまままっすぐに草地を進んでいく。

 やがてその速度が完全に消えて、力なく翼端が落下した。


「はい、到着です。お疲れさまでした」


 幸樹はキャノピーを開けて、素早くハーネスを解く。王女よりも先に機体の外に出た。そして彼女の方に身体を向ける。


「コーキさん、これどうやったら外れますか?」

「その丸い奴をこうぐるっと」

 幸樹は手首を回すアクションをした。

「ぐるっと――まぁ、すごい」

「じゃあ降りてください」


 機体を支えて、クラリスが降りやすいように配慮する。彼女はよろよろと立ち上がると、おぼつかない足取りで機体の外に出ようとした。

 だが――


「きゃあっ――」

「っと、大丈夫ですか」


 その身体が大きくよろめいて、幸樹は思わず彼女の身体を抱き留めてしまった。どしんと、後輪が地面に落ちる音がする。


 そのまま至近距離で数秒見つめ合う。間近で見ると、本当可愛らしい人だな、と幸樹は思った。くりくりとした丸い瞳、はりつやのある頬、血色のいい唇――どんどんと彼の胸の鼓動は上がっていく。


「も、申し訳ありません!」


 やっと我に返って、慌てて彼女のそばを離れた。自分はとんでもないことをしてしまった、気まずそうにそっと相手の顔を窺うが――


「いいえ、助けていただいてありがとうございます。それと、グライダー、とても楽しかったです!」

 と、幸樹に向かって満面の笑みを向けるのだった。


 ちょっとだけ緊張感が抜けて、幸樹はそっと息を漏らした。安堵と共に、少しだけ顔を綻ばせる。

 とりあえずは無事に目的地周辺に辿り着くことができた。幸樹はちょっと後ろを振り返ってみた。ボワトンで見た時と同じように、大きな城壁が立っている。


「それじゃあ行きましょうか」

「そうですね……ただ、このままこいつを放っておくのも――」


 前方から兵士らしき格好をした三人組が近づいてくるのが見えて、幸樹は言葉をしまい込んだ。またこのパターンか、と嫌な予感が胸に広がっていく。


「あなたたち、何者ですか!」


 幸樹たちのところに来るなり、三人組の一人が叫んだ。丁寧な口調だが、軽快しているのはよくわかる。


「あの、俺たちは――」

「わたくしたちは、ボワトン王国の使いでございます。――これを」


 彼女は持ってきていた道具袋を開くと、中から一枚の紙を取り出した。それを兵士たちに差し出す。

 彼らはそれを一瞥すると――


「これは確かに、ボワトン王国の印章――失礼しました、なにせ見知らぬ飛行物体が落下してきたと思ったものですから」


 一番年嵩(としかさ)の兵士が深々と頭を下げる。誰かは知らないが、その用意の良さに、幸樹は本当に感謝するのだった。

昨日は投稿できずすみませんでした。

残り十話ほどになりますが、六月中に一章終了予定となりますので、よろしくお願いします。

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