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第十六話 セカンドミッション

 クロヴァス王はひどく上機嫌だった。幸樹は正直かなり困惑していた。今までに二度ほど対話をしたが、いつもその表情は険しかった。いつも威圧的に見下ろされてきた。


 幸樹によるグライダー飛行のデモンストレーションは無事に終わった。すでに何度も見ていたシエルなどの協力者たちは驚きはしなかったが、初めて見る国王や大臣たちは歓声を上げて大きく盛り上がった。だが、それは発航の段階は、という条件が付く。


 幸樹とシエルが思いついた風魔法を上昇気流として使うという策。それは見事に功を奏した。すぐに機体が下りてくると思っていた、ドミニクや兵士たちは滞空時間が伸びるにつれて、どんどんとその興奮具合を高めていった。

 幸樹もまた、操縦桿を巧みに動かしながら、喜びを感じていた。離脱してすぐに、上昇気流を感じた。後はいつものようにその場をぐるぐると旋回するだけ。機体がその高度を増していき、暫くぶりにフライトの楽しみを見出したわけである。

 

 そして、後片付けをバンたちに任せて、幸樹とシエルは玉座の間にやってきていた。国王が子供のようにはしゃいで、一刻も早く話をしたがったのだ。


「いやぁ、あれがグライダーか! お前の……いや失礼、コーキ殿のいうことは本当じゃった。疑ってしまって、申し訳ない」


 国王は玉座に座ったまま、ぐっと頭を下げた。それを見た大臣はたじたじに。幸樹もまた、一国の主にそんな風にされてはただただ恐縮するばかり。


「ク、クロヴァス様! いけませんぞ。王であるあなたがそんなことをしては! 確かにコーキ殿にはすまないことをしてしまいましたが、だからといって……」

「そうですよ、王様。俺は――自分はそんなに気にしてないですから。仕方なかったことだと思います。航空機の概念がない、この国でグライダーを信じる方がどうかしてますって」

「ちょっと! コーキ、だったらあたしはどーなんのよ!」

「いや、それは言葉の綾というか……」

 そのまま無意味な言い争いが始まる。


 突然、はっはっは、と壮大な笑い声が玉座の間に響いた。クロヴァスはいつのまにか頭を上げていた。とても愉快そうな表情で、異邦人と自国の軍師のやり取りを眺めていた。

 それで、二人は口を閉ざした。気まずさに視線を逸らしながら、改めて王に身体を向けなおす。


「まあともかくだ。我がボワトン王国は、貴殿を正式な客人として向かい入れよう。ようこそ、異世界の旅人殿よ」

「……調子いいんだから、おじさまったら」

「これシエル! そこは王の度量の深さを褒め称えるべきであろう!」

「よいよい、大臣。――して、シエル……我が国の軍師よ。先の作戦の決行はいつだ?」


 王の顔が一気に引き締まった。背筋を伸ばし、自然と腕を組む。その眉間には軽く皺が寄った。


「すぐにでも、でしょう。ジャン、関所の様子は?」

「動きなし、だ。少なくとも向こうから仕掛けてくることはない。だが、奪還にも至ってない。完全に膠着状態だ」

 困窮した表情を浮かべて、力なく大臣は首を振る。


 幸樹もまた、どこか浮かれていた自分の気持ちを落ち着ける。そうだ、昨日確認したように、これは通過点にしか過ぎない。自分のミッションはもう一つある。手伝ってくれた、この国の人――シエルのためにも、しっかりとできることをやらなくては。


「ふむ、この状況を悪戯に長引かせるわけにもいかん、か。――では、次はコーキ殿に尋ねよう。具体的に、いつ出発できる?」

「これからすぐにでも、と言いたいですが、グライダーは夜間飛行はできません。明日の朝、ということになりましょう。……ただし、雨が降らなければ、ですが」

「意外とグライダーって不便なのよねぇ」

「仕方あるまい。それだけ空を飛ぶというのは難儀なこと。多少は我慢することもあろうて」


 その王の言葉に、シエルが目を光らせた。同時に幸樹は少しだけ心がざわついた。この後のことはすでに、()()()決めてあるとはいえ、不安は尽きない。

 

「そうその我慢、ですが。実はおじさま――いえ、クロヴァス様。グライダーがニュアージュが王都モーヴに行くために、必要な条件があるのです」

「条件、か。お前がそういう丁寧な言葉で話す時、いつもろくでもないことしか起きない気がするのだが」

「私も激しく同意でございます、王よ」

「まあまあまあ。ほら、さっき言ったばかりでしょ。多少の我慢をするって――ということで、どうぞ入ってきてちょうだい?」


 バタン、と大きく扉が開く音がした。コンコンコンと、カーペットを歩く音が聞こえてくる。王と大臣は、その侵入者が意外過ぎて、ただ驚くばかり。

 

「ここからはわたくしが説明いたします。お父様」


 その人物が、幸樹とシエルの間に割って入った。そして一歩前に出る。


 幸樹はその豪華なドレス姿を見ながら、本当に大丈夫か、と早くも胃がキリキリと傷みだすのだった――





        *





 話を聞き終えた国王の顔はかなり苦々しかった。大臣も同様。いや、彼の方がひどいかもしれない。とても顔色が悪い。

 仕方のないことだ、と幸樹は同情した。そして、彼自身もまた、かなりの不安を感じている。


 グライダーをあそこまで高く浮かばせたのはわたくしなんです――王女はそんな風に話を始めた。その言葉に、王と大臣はただ目を白黒させるだけ。

 それはそうだ。彼女はあの場にはいなかったのだらか。二人は、この国の王女がグライダー発航現場にいたことを知らない。そして、そのフライトにおいて、重要な役割を果たしたことも。


 彼女の魔法の効力は抜群だった。それは、幸樹がよくわかっている。十分な上昇気流。あれがあれば、グライダーがいたずらに高度を減らすことがない。

 長距離移動する一番の問題点がそれだ。グライダーはあくまでも空を滑空する乗り物。少し穿った説明をすれば、高さを移動距離に変える。進めば進むほど落ちていく。

 だからこその上昇気流。堕ちた距離を回復する手段。そしてそれを自在に起こせることを、この姫巫女は証明した。


 つまりは――


「ですので、わたくしもコーキさんに同行いたします!」

「あれ都合よく、二人乗りみたいだしねー」

 唯一平気な表情で聞いていたシエルが軽く乗っかる。


 それが三人で話し合って出した結論だった。朝のやり取り、あれは今日のデモンストレーションの時に風を起こして欲しいと頼むだけのものではなかった。成功した暁には、一緒にグライダーでニュアージュに行くことまで決めたのだ。


 幸樹は未だに気乗りしていなかったが、しかしそれしか方法がないこともわかっていた。確実にニュアージュの王都に辿り着くには、自由に風邪を操ることのできる姫巫女の協力が必須。それはそうなのだが……


 後席に何も知らない素人を乗せるなんて……またしても無理難題が降りかかったものだ、と幸樹はかなりげんなりしていた。しかも相手は異世界の人間で王族。ろくなことにならないと、簡単に想像がつく。


「ならん、ならんぞ! クラリスは大事な我が娘! コーキ殿の腕を疑うわけではないが、そんなグライダーに乗るだなんて、危険極まりない!」

「ですが、お父様! ニュアージュ国王に会うにはこの方法しかないのです」

「むむむ、どうしてそんなにもお前は乗り気なんだ……」

「だって、空の旅ですよ、お父様! わくわくするな、という方が無理があります」


 そしてクラリスも、さらにシエルも、かなり乗り気だった。グライダーに焦がれる気持ちは幸樹にもわかる。空には不思議な魅力がある。それが現在まで飛び続けている原動力なわけだし。


「第一、ニュアージュが我が国と比較的友好関係にあるとはいえ、王女を使いに出すというのは……」

「仕方ないわよ、先代巫女様はご高齢。こんなことを頼むわけにはいかない。あとこの国で風魔法が操れるのは、この子しかいないもの」

「シエル、お前は仮にも魔法使いだろうに」

「大臣様。風魔法は勝手が違うんです。精霊に選ばれた者でしか扱えない。――あたしだってね、こんなおいしい役目譲りたくは無いんだよっ!」

 とうとう我慢が利かなくなったのか、シエルは声を荒らげた。


 実は三人で話している時から、一番文句を言っていたのが、彼女だった。シエルもまた、心の底からグライダーに乗ってみたいらしい。


「のう、他の方法はないのか?」

「ありません。さっき確認しましたが、もう時間もないですぜ、おじさま?」

「うむう、それは確かに、そうなのだが……」


 やはり国王の顔色は優れない。自分の娘のことだから、そう心配するのもよくわかる。父が未だに航空部の活動に強く反対していると、と愚痴っていた部活仲間の女子のことを幸樹は思い出した。


 やはり上手くいかないかもしれない。幸樹がこの議論に停滞感を覚えていると――


「お父様! お願いです、行かせてください!」

「ク、クラリス……しかしだな――」

「危ないのは、重々わかっております。しかし、わたくしもこの国の力になりたいのです。わたくしだって、この国の王女なんですよ!」


 悲痛な叫びだった。彼女の青い瞳には、かすかに涙が滲んでいる。幸樹も強い気持ちは知っていた。どうして協力してくれるのか、と幸樹が尋ねたら、似た答えが返ってきた。


 国王も、大臣も、そのまま黙って考え込む。三人は、ただただ結論が出るのを待っていた。クラリスの真摯な想いが伝わったのを祈るしかない。


 そして――


「……わかった。認めよう。ただし、もしクラリスの身に何かあったら、コーキ殿もシエルも、どうなるかわかっていような?」


 観念したのか、諦めたように王は吐き捨てた。大臣も渋面のまま、首を振っている。


「はい、わたくしにお任せくださいませ! ――頑張りましょうね、コーキさん!」


 クラリスがコーキの方を振り返った。その顔にはいっぱいの笑みが浮かんでいる。


 ……とんでもないことになったものだ。幸樹は小さくため息をついた。しかし、この可愛らしい異世界の少女を乗せて空を飛べることを、少しだけ楽しみにもしているのであった――

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