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第十三話 飛んだ、飛んだ

 空はよく晴れ渡り風はほどよく、絶好のグライダー日和だと幸樹は思った。異世界生活二日目の昼下がりの午後、幸樹とシエルはグライダー係留地へとやってきた。

 ドミニクに依頼中のグライダー発航装置については、もうすぐ届けられることになっている。先ほど確認したら、今は最終調整をしていると言われたのだった。

 ということで、時間を無駄にしないためにも、二人はグライダーの発航準備を先に始めることにした。


 今草原の上に、巨大な一枚の紙が敷かれている。正方形をしていて、その真ん中には六芒星をより複雑にした紋様。その横に、シエルが立っていた。魔法使いらしい格好も相まって、おどろおどろしい雰囲気を醸し出している。


「はーい、お馬さんたちー、こっちよー」


 シエルが明るい大きな声で呼びかけると、固まっていた六頭の馬が彼女の方に近づいていく。どれもニコラから借り受けたものだった。

 幸樹はそれを遠巻きに眺めていた。だが結局、何をしているかが気になって、彼女の所に行くことにした。


「昨日の反省を生かしてね、今日はちゃんとした魔法をかけることにしたの」


 尋ねると、シエルはすんなりと教えてくれた。紙に描かれた図形は魔法陣。言われてみればそれっぽい、と幸樹は思った。


「……待ってくれ。昨日のはちゃんとしてなかったのか?」

「あ、ごめん。変な言い方だった。より強力な、の方が適切かな」


 魔法を使うには、呪文が必要だ。その小節の長さは魔法のスケールに比例する。しかし普通は一々正式な呪文を唱えていられない。そのため普通は、一語ないしは二語程度の単語部分だけを発声する。これもすぐにできるようになるわけではなく、修練が必要だ。

 また完全詠唱の他にも、魔法の威力を底上げするものが色々とある。その一つが魔法陣。陣内限定だが、飛躍的な効果が期待できる。


「だから強化魔法とは相性いいの」

「へ~、色々複雑なんだなぁ」

「うふふ、あたしのこと、見直した?」

「それはない」

「なんでよー!?」


 シエルが不服そうな顔をするのを見てから、幸樹はグライダーのそばに戻ることにした。といっても、何かやることがあるわけでもなかったが。発航前の準備は一通り終わっている。


 テントの方に目を向けると、バンジャマンたちが話し込んでいるのが目に入った。昨日とは違い、騎手を用意してある。六人の兵士は、ニコラの推薦を受けて派遣された人々だった。


 やがて――


「おっ、やっとるのう」

「ドミニクさん!」


 声がした方を振り返ると、ドミニクがこちらに向かって歩いてきていた。その後ろに大きな三角形の物体が蠢いているのが見える。ドワーフよりもさらに小さな小人たちがそれを担いで進んでいた。


「それが――」

「おう、たぶんこれなら大丈夫なはずだ」


 ドワーフの一団は幸樹の近くだ立ち止まった。先頭のドミニクは、誇らしげに胸を張って幸樹を力強く見上げた。

 その顔はどこか疲れているように見えた。謎の物体を運んできた小人たちも今は一息ついて、思い思いにはしゃいだり休んだり。


 その三角形はアルミでできていた。その一辺に、六つの滑車がついていた。そこにそれぞれロープがグルグルと巻かれている。長さは60クー。何本も繋ぎ合わせているために、その結び目に後でシエルに強化魔法を使わせる必要があった。

 そしてある一角にもロープ。こちらがグライダーに取り付けるようのものだ。その先端には鉄のリングが付いている。幸樹に本当に使う索を聞いたドミニクが用意したのだ。

 

 仕組みとしては、滑車ロープを馬それぞれに繋ぐ。それを馬たちが一気に駆けだして引張る。やがて張り合わせが起きて、凧揚げのようにグライダーが空に昇っていく、というわけだった……といことを、これから確かめるわけだが。


「じゃあ早速やりましょう!」

 

 幸樹の声にドミニクは動き出した。小人たちを連れて、真直ぐ機体の進行方向に向かって歩いていく。

 幸樹もまた行動を開始した。天と前の兵士たちのもとに行き、発航前の最終確認を行うのだった。


 

 キャノピー越しに、真直ぐにロープが伸びているのが幸樹の目に映った。その先に、グライダーとほぼ水平な高さにあの三角形の物体が置いてある。滑車の分だけ高くなっているから、少し後ろ側に傾いていた。


 いざ発航を前にして、幸樹は経験したことのないほどに緊張していた。じんわりと嫌な汗が滲む。呼吸は浅く、インターバルは短い。ひりひりと、喉が渇く。操縦桿を握る手は微かに震えていた。

 初めてグライダーに乗った時、初ソロフライトの時、そのどちらの時もここまで酷かなかった。馬の曳航によって、グライダーを飛ばすなんて、そんなこと絶対にありえないことだ。


 もし失敗すれば、確実に命を落とす。実際にはいつも飛ぶときはそうなのだが、今回ばかりはその意識がかなり頭を占めていた。

 だがしかし――


 どちらにせよ、自分は詰んでいる。幸樹は静かに呼吸を整える。飛ばせなければ、どうせ明日の昼には死刑なのだ。そう思うと、少しだけ開き直れる気がした。

 今回は翼の両端に人を付けていた。ウインチとは違い、爆発的な力は出ないはず。翼端につく人間はかなり長い距離を走ることになるだろう。しっかりと平衡を保つために二人用意した。担い手はシエルとバンジャマン。


 最後に長く息を吐きだして、ようやく幸樹の覚悟が決まった。


 幸樹は左手を見た。シエルがしゃがみ込んでいた。しっかりと目線を合わせて、強く深く首を縦に振る。まもなく彼女が親指を立てた。

 彼はゆっくりと正面に顔を戻す。翼がゆっくりと持ち上がる気配がした。やや斜めになっていた視界が一気に水平に変わる。


 そして――


 機体から伸びるロープがまっすぐに伸びた。ずずっと機体が引きづられる。そのまま一気に真直ぐに地面を進んでいく。微かなGを幸樹は感じた。彼はしっかりと自分の身体に力を入れた。


 機体が地面を離れると、すごい勢いで上方に引っ張られていく。感じたことのある衝撃に、幸樹は何か胸のつっかえが下りるような感じがするのだった――




    *




 シエルの胸の高鳴りは最高潮に達していた。昨日この乗り物がふわっと浮かんだ時のことを思いだす。あの時、思わず声を上げてしまった。今日これから目撃できるのはそれ以上のことなんだと思うと、興奮を抑えられない。

 人間の作ったものが空を飛ぶだなんてあり得ない。それも魔法の力を使うことなく、ただ技術力のみでなんて。師匠に会うことができれば、思いっきり自慢するのに。その半人前の魔法使いは少しだけ頬を緩めた。


 幸樹――いや、パイロット(飛行機を操縦する人の呼び名らしい)が合図を送ってきた。シエルはゆっくりと立ち上がる。翼の重さをしっかりと右腕に感じながら。

 機体をまっすぐに、平行に。影を参考にすればいい――幸樹はそう教えてくれた。地面に目を落としてから、今度は右翼にいるバンの方を彼女は見た。

 彼の準備もしっかりできているのを見て、彼女はゆっくりと後方を振り向く。大きな白い旗を持った兵士がそこにいた。それが馬を引く合図だ。白い旗はこれでもかと言わんばかりに、大きく動いた。


 シエルの視界はずっと先まで映していた。魔法を使ったから、70クー先でもよく見える。前方にいた六頭の馬たちが一気に走り出した。兵士たちは普段あんな速度で乗らないだろうな、彼女は少しだけ気の毒に思った。

 

 やがて馬側のロープが張り詰めた。三角形の金属ユニットが動いた。力がかかれば自動的に折りたたまれる機構になっている。それを聞いてシエルは、改めてあの気難しいドワーフの凄さを思い知った。年の功というやつか、彼の年齢はこの国の歴史よりも長い。

 グライダーが微かに揺れた気がした。車輪が回り始める。シエルも少しずつ歩み始めた。


 完全に飛び立つまで追いかける必要がある。最後、翼に触らないように気を付けろ、幸樹い言われたことを彼女は頭の中で反芻する。

 

 強い期待を胸に、シエルは駆けていく。グライダーを追って。吸い寄せられるようにして。

 やがて、車輪が完全に地面を離れた。グライダーの頭が空を向いた。急な角度を付けて情報に進んでいった。彼女の手から、翼が離れていく――


 シエルはそのまま目で追っていった。グライダーは昨日とは比べ物にならない高さまで昇っていった。空に吸い込まれているんだ、彼女はそう感じた。

 やがてついていたロープが切り離されて、機体は水平な態勢に移行した。上からロープと三角形の装置がユラユラと揺れながら落ちてくる。危ないなと思いつつ、彼女はその場を動けないでいた。


 その一連の光景に、彼女は目を奪われていた。呼吸をするのも忘れて、ひたすらに上空を見つめている。


「すごい、すごい、すごい――!」


 感極まって、そんな単調な言葉が彼女の口から漏れていた。かつてないほどの衝撃、そして感動。初めて師匠に教わって、火炎魔法を使って以来のことかもしれない。シエルはその身体を震わせていた。

 そして思うのだった。ああ、自分もあんな風に空を飛んでみたい。ぜひグライダーに乗りたい、と。

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