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第十一話 カギを握る者

 幸樹の言葉に対するシエルの反応は至極鈍かった。まばたきを繰り返し、やがて怪訝そうな顔つきになった。


「馬車って……それはさっきの話じゃん。コーキ、とうとう頭が……」

「可哀想なものを見る目を俺に向けんな! 馬車だったら、馬を複数で引かせるだろ? だったらそのまま使えばいい。グライダーも繋げやすいしさ」

「つまり、馬が馬車を引き、馬車がグライダーを引く、そういうことね」

「なんだか頭がこんがらがりそうだが、まあそうだ」


 それでようやく魔法使いの顔から、曇りが晴れた。確かにそれなら、と小さく呟いて何度も頷いている。


 馬車は流石にないが、自動車でグライダーを引っ張るというのはよくある話だ。格納庫から移動する時、遠くに着陸してしまったグライダーを回収する時、発航場所を変える時、まあ状況は色々。

 発航させることもできるが、幸樹にとってはそれは歴史上の話に過ぎなかった。


「盛り上がっているところ悪いが、ちょっと回りくどすぎやしないか?」

 そこに冷然とした様子のバンジャマンが近づいてきた。

「あのグライダーとやらもただでさえ重いのに、その上、馬車まで引っ張らせるなんて、俺が馬だったらごめんだぞ」

「確かにバンの言う通り。もっと余計に力が必要になるねぇ」

「……それもそうか」


 自動車曳航のことが先行し過ぎて、幸樹の頭からはすっかりそうした事情が抜けていた。二つ合わせると、1トンとかになりかねない。馬を増やすコストと相殺されるきらいすらあった。


「じゃあ滑車をかませるとか?」


 言いながら、幸樹自身なんか違う気はしていた。悲しいことに、彼の中の物理の知識は中学校で止まっている。いや、それすらも危うかった。


「ううん、どうだろうな。その辺りのことは俺にはよくわからん」

「ちょっと、なんであたしを見るわけ?」

「だって、お前は軍師じゃあないか」


 バンジャマンも幸樹も、シエルに顔を向ける。男たちはどちらかといえば、脳筋だった。学問や技術的なことにはかなり疎かった。

 対して、このシエルという女性はこの国の軍師。さらに魔法使い。その言葉からもたらされるイメージは色々と知識が豊富だということ。


「うっ、そうだけどさぁ。ほら、あたしは魔法使いでもあるでしょ。だから、それに関連したこと専門なのよ」

「それでいいわけないだろ。先代軍師――お前の師匠は色々なことをよく知ってたじゃないか」

「師匠は師匠、あたしはあたし。みんな違って、みんないい!」

「ダメだな、こりゃ……」


 バンジャマンは本当にがっかりした様子で首を振った。幸樹も同じ気分だった。あれだけ自分のことを誇っていたくせに……。彼女に向かって、怪訝そうな視線を送る。


「コーキまで、そんな目をしちゃって。失礼しちゃうな~!」

「じゃあ聞くけど、何かいい案はありますか、魔法使いさん?」

「……あたしの知っている魔法じゃあダメかも」


 シエルは観念した様子で顔を伏せた。申し訳なさそうに唇を噛みながら。


 グライダーがちょっと浮いた時の興奮はどこへやら。すっかり気まずい沈黙が辺りを支配している。やがて、向こうからのんびりとブロウがやってきた。一つ小さく鼻を鳴らす。


 グライダーと馬を間接的に繋ぐ。そのアイディアはよかったものの、今度は手段が問題になった。文系大学生も、なんちゃって魔法使いガールも、落ち着き払った男兵士も、すっかり考えあぐねていた。


「こういうのはあれだな、ドミニク翁に訊いた方が良いかもな」

 久方ぶりの言葉をもたらしたのは、バンだった。

「えぇ、あたしあの人苦手なんだけど……」

「確かに少し気難しいところはあるが、職人としての腕はこの国一だ」

「そうだけどさぁ……」


 乗り気そうな兵士。しかし、魔法使いは微妙な表情のままだった。かなり躊躇っている様子だ。

 話が見えてこない幸樹は、すがる思いでバンの顔を見た。


「あの、そのドミニクっていうのは……?」

「おお、すまん、すまん。ドミニク翁っていうのは、この街に住むドワーフの爺さんなんだ。手先がものすごい器用で、今までいろいろなものを作ってきた」

「それこそ馬車とか、ドミニクさん作だよ~」

 シエルは気だるい感じに口を挟んでくる。


 しかし、ドワーフとは……いよいよ、異世界感が強くなってきた。幸樹はそのフィクションの存在に強く興味を惹かれていた。

 ともかく、そういう話であれば適任だ。ただ、シエルの反応は気になるが。誰に対してもフランクリーな彼女なのに、そのドミニクというドワーフについては反応がよろしくない。果たしてそれはなぜだろう。


「とりあえず、そのドミニクって人に会ってみよう。俺たちだけじゃ埒が明かなそうだし」


 しかし、幸樹はわりとすぐに決断した。すかさず、シエルは微妙な顔をして、半目で兵士を見る。


「……ねえ、バン。代わりに――」

「クロヴァス様に、コーキを見張るように言われているのはお前だろうに」

 すげなく告げると、彼はテントに向かって歩き出す。


「あ、バンジャマンさん! ちょっといいですか」

「どうした?」

 足を止めて、バンはゆっくり振り返った。


「テントの杭って余りがあったりしますか?」





        





 城下町北側は、職人町となっていた。大工や鍛冶屋、左官、機織りと、特殊な技能を持つ人々の居住区だ。店舗を兼ねた住居が、きちんと整理されて建ち並んでいる。


「ねっ、さっきバンに何教えてたの?」

「係留だ」

「けーりゅー?」

「説明した通り、グライダーは風を利用する乗り物だ。逆に言えば、風が弱点にもなる。昨日はまるで考えるのを忘れていたけど、グライダーをそのまま野晒しにしてはいけないんだ」


 幸いにして、昨夜含めて、風の具合は穏やか。しかし、グライダーは簡単に強風に煽られる。

 それを防ぐために、グライダーを地上に繋ぎ止めておくわけだ。そのための穴が、翼端にはついている。


「見ててわかんなかった?」

「うん。何でロープでぐるぐるしてんだろって、思ってた」

 シエルはとても真面目な表情で言い放った。


「船……いや、そもそも海ってわかるか?」

「バカにしてるの? それくらいの知識はあるわよ。広い塩水の池が果てしなく続いてるとか」


 見たことはないけど、とシエルは残念そうに呟いた。まあこの国は内陸にあるから、仕方のないことではある。

 幸樹はとりあえず、この世界に海という概念があることに安堵した。一方で、改めて自分はこの世界について知らないことだらけだと思った。


 細い通路の先に、その家屋はあった。横に広い入口からは中の様子がよくみえる。倉庫のような倉庫のような空間だ。謎の物体があちこちに転がっている。その素材は、鉄や木など様々だ。さすがにプラスチックは見当たらなかった。


 物が散乱している中に、小さな人がなにやら作業しているのがわかった。

 小学生くらいの背丈。今は必死に組み上げた木材を弄ってる。

 あれが、ドミニクだろうか。


「シエル?」

「……わかってる。わかってるってば。話しかければいーんでしょ!」


 魔法使いは怒ったような口調で吐き捨てると、大股気味にその小人へ近づいていく。幸樹もすかさず後を追った。


「こんにちは、ドミニクさん」

 シエルはとても明るい声を出した。

「………………」

「こんにちはっ! ドミニ――」

「そんな大声を出さんでも聞こえてるわいっ!」


 無視されたシエルが少し強く呼び掛けると、遮るようにドワーフが叫んだ。ゆっくりとその顔が二人に向く。見た目とは裏腹に、その顔の造りは男臭い……いや、オッサンだ。そして後ろから出はわからなかったが、かなり毛深かった。


「くっ……いきなりこれか」

 シエルはげんなりとした様子でかぶりを振った。

「なんじゃい、クロヴァス坊んとこのガキか。――いったい何の用じゃ? とうとうワシからも税金を巻き上げることにでもしたか?」

「やだなぁ、名誉国民のドミニクさんにそんなことしませんってば。――一つ作って欲しいアイテムがありまして」

「魔法の杖なら、ワシには作れんぞ?」

「それは結構です! あたし、とっくに()()()()()()()()()()()だから」

 えへんと、シエルは平らな胸を張る。


「まあつまらないジョークはおいておいてだな」

 ドミニクが鼻で一蹴すると、シエルは傷ついたような顔をした。。

「椅子か、机か? あるいは本棚か? お前さんが必要とするものは、家具屋にでも任せとけばよかろうに」

「ぶぶー、残念違いますー。――グライダー発航機を作って欲しいの!」


 放たれたその未知の言葉に目を丸くしたのは、ドミニカだけではないのだった――

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