9.冷たい声
昼休みに麻里と晃の3人で学食にいくことになった。
晃がたまたま私達の教室に来ていて、麻里がいいだしっぺだ。
私は先日の話が気になっていたが、麻里はいたって平静である。結局何事もなく食事が終わったあと、麻里の発言から事は始まった。
「そういえばね…」
口調もさることながら、オーラが少し悲しげに漂っている。
「愛梨ちゃんのことなんだけどね」
「ん?愛梨ちゃんがどうかしたの?」
愛梨ちゃんは1年生の頃私と麻里の同じクラスで、同級生ながら妹的な存在だった。
ちょっと気弱でいい子な、守ってあげたくなる系である。
「彼氏と別れたらしいんだけど…」
「あらら…」
「その彼がね、別れたのは愛梨ちゃんのせいだ。みたいな事を周りに言ってるみたいなの…」
「はぁ?どういう事!?」
麻里から聞いた一言で一気に怒りが沸いてきた。晃はいつもの軽口もなく黙って話を聞いている。
「私も又聞きだから詳しくは解らないんだけど、その人新しい彼女もう作ってて…というか多分二股かけてて、自分を正当化するためじゃないかなって…で、それを聞いてなのかは解らないけど、愛梨ちゃん学校休んでるらしいの」
「誰、その男。許せない」
私の怒りに気がついた麻里は少し躊躇しながらも、こうなっては譲らない私の性格も踏まえて男の名前を答えた。
私が席を立ち上がると同時に、晃が口を開く。
「いきなり殴りかかったりするなよ?」
「そんな事しないわよ!」
八つ当たり気味な台詞を残して男の教室へと向かう
教室へ着くと男はニヤケ顔で他の男子と話をしていた。その様がなおさら私の気を逆立てた。
「ちょっとアナタ」
自分でも少し引くぐらい冷たくて低い声が出た。
まずは事実確認をしないと話は進まない。突然話しかけられた男は驚いてぽかんとしているが、私は言葉を続けた。
「”愛梨ちゃんの件”っていえばわかる?」
「あ…いや…」
言葉とオーラの反応から見て噂は本当っぽい。
「別れる云々は人それぞれだから何も言えないけど、相手のこと悪く言いふらしてるって聞いたんだけど?」
「……」
私の迫力に気圧されてか男は黙っている。
「言ってないの?言ってないんだったら私謝るけど、もし事実だったらちゃんと皆に訂正して。そういうの男として最低だと思うんだけど…?」
心の中の怒りに反比例して冷たい声が静かに響く。
男は少し言葉を躊躇してるようだった。周りの目が気になるのか、もともと気が弱い性格なのか、反論もないまま少し待っていると、
「……わかった」
一応返事は返って来たものの、この男が本当に理解しているかどうか疑問も残る。
「”わかった”じゃわからないわ」
私の一言に表情を歪める男。
「…俺が…悪かった」
愛梨ちゃんの気持ちを考えると十分な答えとは思えないけれど、オーラを見る限り反省の傾向にはあるのでこれ以上追い詰めるのは辞めた。
自身の事でこんなに感情露に怒る事は少ないが、弱い立場の人が不遇を見るのは許せなかった。
踵を返し教室の入り口を見ると、麻里と晃が立っていた。
「お前は、相変わらず人がいいな?」
この場合、人がいいというのが当てはまるかどうか解らないけれど、平静な晃の蒼いオーラを見て少し心が落ち着いた。
「菜奈カッコよかった~なんか”デキる女上司”って感じで迫力あったよ~」
誉め言葉なのかな?さらに設定年齢がプラスされてる気がするのは私の思い過ごしだろうか?
「あーわかるわかる、ドMのやつにはご褒美なー」
きっとこいつは何もわかってない。
「まだ時間あるし、食後のお茶でもしよっか?」
柔らかい緑のオーラを纏いながら、麻里が優しく問いかけてくる。ちょっととぼけた二人の様子になんだか感謝したい気持ちになった。
「そうだね。お姉さんが奢ってあげよう!」
言いながら私は先頭に立ち、食堂へと戻った。