そして俺は認知されなくなった
よろしくお願いします。
目が覚めると……というネタは前回やったので、取り敢えず異世界に着いたことだけはご報告しておきます。
転移すると聞いていたので、勝手にベッドの上や人気のない森の中など、そういった場所を想像していたのだが……実際は人通りの激しい街の、路地裏だった。
「バニーガールめ、気が利かないな。俺だから良かったものの、これがコミュ症の人間とかだったら、既にこの世界でやって行く気失ってるぞ?」
全く新しい土地に、突然一人で投げ出される。流石の俺も、不安がないわけではなかった。
路地裏から少し顔を出してみると、そこは未知の領域。
手から炎を出す若い男、大きな岩を指一本で軽々と持ち上げる淑女。何の恥じらいもなく局部を丸出しにするおっさん。……最後のは単なる変態だな。
その光景は、まさに異世界!
俺は日本ではない、異世界にやって来たのだと、今この瞬間感じ取った。
「そういえば、俺にも特殊能力が備わっているとか言っていたよな」
炎を出す男を見ながら、俺はバニーガールの言葉を思い出す。
異世界に着いたら備わるから、後でステータスを確認しておけ。確かにそう言っていた。
果たして、どんな能力だろうか?
魔法使いのように、炎や氷を生み出し、自由自在に操る能力?何かを生み出すことは出来なくとも、それに関しては右に出る者はいない程の剣技?或いはファンタジーならではの冒険には役立たなくても、日常生活をより快適にするような便利能力?
俺は抑えられない胸の高鳴りを聞きながら、自身に与えられた能力を確認する。
バニーガールの言う通り、そこにステータスというアプリにしっかり打ち込まれていた。
アプリを起動させる。ステータス画面にはまるで履歴書のように、顔写真と概要が記されていた。
【氏名】:クロカゲ
【性別】:男
【体力】:Cランク
【パワー】:Cランク
【魔力】:Cランク
【スピード】:Aランク
……比較対象がないから、このステータスが良いのか悪いのかわからない。
A〜Fランクまでの六段階なら、この能力値はそれなりのものだと言える。だけどA〜Cまで三段階だったのなら、スピード以外最低ランクだ。
そしてそれらのステータスの更に下の位置に、最も大切な【特殊能力】の欄があった。
【特殊能力】:影
『影』……?炎や氷などとは違い、それだけではどんな能力かわからないな。
自分或いは他人の影を自在に操る、そんなところだろうか?カッコいいと言うには不十分だが、下手な能力を与えられるよりはマシだと思う。……うん、どちらかと言うと当たりだ。
その他に特筆すべき箇所はないか、俺はステータス画面を再度見返した。すると、特殊能力欄だけ色が違うことに気がつく。
「これはアレか。スマホでよく見る、『ここ押して見なさい』ってやつか」
示唆されるがままに、俺は『影』という文字をタップする。その途端画面が変わり、『影』の能力の概要と思われる内容が綴られていた。
【影】:己の存在感を、最大限までなくす。相手に存在を気付かれることなく、行動することが可能。
【オススメの職業】:泥棒、痴漢
「何だ、これ⁉︎」
俺は思わず、タブレットを投げ捨てたくなった。
影は影でも、それは影を操るという意味ではなかった。影が薄い、という意味での影だったのだ。
能力説明の欄には、何やらメリットっぽいことが書いてあったけど、要は「認知されません」ってことだろ?
それに何、あのオススメの職業?泥棒と痴漢って、職業じゃないじゃん!
バニーガールは異世界転移に対するデメリットとして、どんな能力を授かるかはわからないと言っていた。故に日本にいた頃より幸せになれるとは限らないとも言っていた。
しかし……いくらなんでも異世界転移して、犯罪者になって下さいというのはないだろう。
二度目の人生を、早速クーリングオフしたいくらいだ。
「……って、いくら嘆いても悲しくなるだけだよな。もう俺の声はバニーガールに届かないんだし」
それにAコースを選んだところで、現状より良いものになるとも限らない。つまりこの選択はギャンブルのようなもので、俺はその賭けにハズレたというわけだ。
「まぁ、取り敢えず街に出てみるか。能力を使用しなければ、普通の生活を送れるだろう」
特殊能力を使って、異世界を冒険する。あわよくば魔王か何かを倒し、世界を救う。そんな劇的な夢物語を語ることは出来なくないが、一国民として暮らしていくのも悪くない。
それに俺の「告白してくれた女の子を皆寵愛する」という目的は、まだ潰されていない。
俺は路地裏から、街中へ踏み出す。これが俺の異世界生活の、大いなる一歩なのだ。
そして俺は……。
「キャッ!」
「うわっ!」
……若い女性と、早速ぶつかった。
若い女性が尻餅をつき、その反動で手に持っていたバスケットからリンゴが転げ落ちた。
「すっ、すみません!」
俺は一度ぺこりと頭を下げると、地面の落ちたリンゴを慌てて拾った。
「いきなり飛び出してしまって、すみません!あの、お怪我はありませんか?」
「……」
若い女性は何も言わず、ただただ俺の手を見つめるばかりだった。
「あっ……」
この先の展開は、いつもと同じだ。
若い女性が俺の手を掴み、そして告白する。俺に優しくされただけで、大抵の女性は惚れてしまう。
俺は502回目の告白を断る覚悟を、今この瞬間決めた。
そしてついに、若い女性がその潤った口を開く。
「……おっ、お化け?」
「……はい?」
人を指差してお化け呼ばわりなんて、いくら冗談でも言っていいものと悪いものがあるだろう。これはあくまで後者の部類だ。
しかし彼女の怯える表情を見て、冗談ではないのだと察する。
「あっ、あの……」
「リンゴが勝手に宙に浮いてる!」
若い女性は「お化けー!」と叫びながら、リンゴを放置し、どこかへ走り去ってしまった。
女性にお化け扱いされ、逃げられるなんて、初めての体験だ。
何故こんなことが起こったのだろう?
考えられる要因は、一つしかなかった。
「もしかして……認知されてない?」
俺が手に入れた能力、『影』。
これは自由自在に自分の存在感を強弱出来る能力なのだが……まさかの常時発動型だったのだ。