500回目の告白
「好きです!付き合って下さい!」
夕暮れの体育館裏、俺こと黒咲政景は告白された。
橙色に輝く西日が、俺と彼女を照らす。だと言うのに、彼女の頬ははっきりとわかるくらいに紅潮していた。
瞑る目、震える肩、願い事をするように組む両手。彼女が今どんな思いでいるのかを察するには、十分過ぎるほどの情報があった。
彼女に対して俺が出来ること、それは一つしかない。勇気を出して告白してくれたこの女の子に、誠意を持って答えること。
それは告白された人間の義務であり、常識である。
俺はゆっくり息を吐き、そして口を開いた。
「川上さん、だったよね?」
「ひゃっ、ひゃい!」
俺に名前を呼ばれただけなのに、川上さんはボッと音を立て、更に真っ赤になる。
「すみません!緊張しちゃって!」と何度も謝罪しているが、この状況で緊張するなと言う方が無理な話だろう。
「いいや、気にしないでいいよ。もっと楽にして」
「ひゃっ、ひゃい!」
言っている側からこの対応。……まぁ、これはこれでアリかな?
俺は一度笑みをこぼすと、すぐに真剣な顔つきに戻り、深々と頭を下げた。
「川上さん、ごめんなさい!あなたとは付き合えません!」
言い終えた俺は一度、川上さんに目を向ける。頭を下げたままだったのではっきりとは確認出来なかったが……川上さんは涙を流していた。
「川上さん?」
涙の真偽を確認するため、俺はバッと頭を上げる。……確かに川上さんは泣いていた。
「川上さん、俺……」
「良いの!何も言わなくて良いの。結果は最初から、わかっていたから……」
その言葉通り、川上さんは泣いてこそいたが、同時に晴々しい顔をしていた。
長年胸につっかえていた物がやっとなくなった。スッキリした。そんな表情だった。
「私の方こそ、ゴメンね?黒咲くん優しいから、告白断ることにも罪悪感覚えるんじゃない?」
「ううん。それこそ、川上さんが謝るようなことじゃないよ。付き合えないっていう、俺の身勝手なんだから……」
「そっか。じゃあ、お互いにゴメンって言うのはおかしいんだね」
クスリと笑う川上さん。今日初めて、彼女の笑顔を見た気がする。
「ゴメンがおかしいなら、こう言うね。答えてくれてありがとう」。そう言って、川上さんは体育館裏を後にした。
川上さんが去って行き、一人体育館裏に取り残された俺。「ありがとう」と笑顔で言われても、彼女の涙がどうにも忘れられなかった。
「……クソッ。何でいつもこうなんだよ……?」
俺は自分の前髪を、クシャッと掴む。四限に体育があったと言うのに、まだ良い香りがしていた。
しかしそんなことはどうでも良い。今はこのどうしようもない現状を嘆かなければならない。
川上さんをフッたことで再確認したこの怒り、俺はそれを声にならないような声で口に出した。
「――どうしてこの国は、一夫一妻制なんだ⁉︎」
別に川上さんのことが嫌いだったわけではない。
告白されれば素直に嬉しいし、自分なんかで幸せに出来るのならば、交際でも結婚でもしてあげたい。しかし……日本の法律下では、一人の夫が持てる妻の数は一人と決まっているのだ。
重婚不可のこのご時世、それ故に嫉妬やら何やらが生まれているのだということを、日本政府はわかっていない!
俺はモテる。小さい頃から、これまでかと言うくらいモテる。
初めて告白されたのは保育園の頃、担当だった保母さんに指輪を渡された。
「私の初めてを、あなたに奪って欲しい!あなたが大人になるまで、処女のままでも構わない!」
と熱烈にアタックされたので(無論、当時の俺は保母さんが何を言っているのか、さっぱり理解出来ていなかった)、取り敢えず指輪は受け取っておいた。だって綺麗だったし。
その後俺が誤って指輪を呑み込んでしまい、救急車で運ばれ、そのまま数日入院。保育園に戻った時には、もうその保母さんはいなかった。
それからも事あるごとに告白され、その度に断り続けてきた。
保育園の頃から数えて、川上さんで丁度500人目。勿論相手に失礼にならないよう、告白された相手の顔と名前は全て記憶している。
出来る事なら、誰一人断りたくない。傷付けたくない。皆を妻として受け入れ、平等に愛し、幸せにしてあげたい。
でも……日本はそれを許さない。
だから断るしかないのだ。皆を平等に愛したいからこそ、誰も愛さない。この矛盾が、今の俺を形成していた。
生まれ変わったら、何になりたい?
小学校の頃、保健室の先生に尋ねられた事がある。無論彼女も攻略済みだ。
俺はそんな先生に、こう答えた。
「生まれ変わっても、僕のままでいい。だけどその代わり、異世界に生まれたい。一人しか愛しちゃいけないこんな世界じゃなくて、皆を愛せるような、そんな世界に行きたい」
その答えは、思いは、今でも変わらない。
創作物で色々な主人公が、様々な異世界に転生或いは転移するが、俺は一夫多妻制さえ認められれば後は何もいらない。
女誑し、プレイボーイ、チャラ男、毎晩延長男(意味深)……同性たちからは散々なあだ名をつけられている俺だが、そんなことは気にしない。
悪いのは俺じゃない。愛を否定するこの世界だ。
そして俺は、まだ見ぬ501人目のハニーを待つ為、体育館裏を後にするのだった。
……その数時間後、川上の許嫁を名乗る男の手によって、俺の生涯は幕を閉じました(笑)。
よろしくお願いします。