閑話 レミリシアン家
一方その頃、というやつ。
――レミリシアン家の“存在しない末娘”が、帝国勇者のパーティーの一員になった。
その噂は、半年ほど前に流れた勇者が魔王に敗れたという噂よりも遥かに早い速度で大陸中に広まることとなった。
すずめ亭の扉には“しばらくお休みします。”という謎の張り紙が貼られ、店には帝都を守る結界魔術師もびっくりするくらい強固な結界が張られている。
しかし、すずめ亭の客に混乱が起きることはなかった。
それは、すずめが勇者の頼みを聞く際、「一緒に行けるのは予約を全て消化してから。」という注文をつけたからだ。
すずめは、勇者の頼みとはいえ、さすがに予約を全部蹴るわけにはいかないと思ったのだ。
勇者が「頼みを聞いてくれるならいつまでも待つ。」と応えた結果、一番遠い予約が半年先の、大陸の南端にある某国の姫の予約だった。
そうして、満を持してすずめは勇者パーティーに入り、魔王の城へと旅立ったのだった。
ただし、名目は“荷物運び”だったが。
……その噂は、遠いギリトニア王国のレミリシアン領にも届いていた。
レミリシアン子爵家は、ギリトニアの切り札ともいわれる召喚騎士団を擁する、ギリトニアの鉾である。
レミリシアン家で教育された召喚士達は、原則ギリトニア召喚騎士団に入団し、ギリトニアのために働く。
ギリトニアは、今は戦争もなく平和だが、数十年前までは周辺諸国と戦争を繰り返していた。
それはギリトニアの立地が、魔力を多く含み、魔術師を多く排出する特別な土地だからであった。
戦っても戦っても、他国はギリトニアの土地を手に入れようと攻め込んでくる。
国も、国民も、疲弊していた。
その終わりなき戦いに終止符を打ったのが、辺境の村から出てきた、ギリトニアの一般兵卒だったランドールだった。
ランドールは、それまであった【召喚】ではなく、【創造召喚】という新しい召喚術を使い、強固なゴーレムや巨大なドラゴンを召喚しては、戦場で敵兵を一人で蹂躙した。
それを繰り返すこと数年。ギリトニアの周辺諸国は、何万もの兵士の命を失ってから、ようやく戦いの手を止めたのだった。
ランドールはその武功により叙爵し、初代レミリシアン子爵家の当主となった。
そののち、それまで底辺だった召喚士の地位向上に尽力し、騎士団を創設するまでとなった。
それが、召喚士と召喚獣だけで構成された、召喚騎士団である。
そんなランドール、つまりすずめの曽祖父は、すずめが勇者パーティーの一員になったことを聞いて、ひとりでにやにやと窓の外を眺めていた。
今頃、隣に建つ本棟では、すずめの両親やら兄弟やらが大騒ぎしているだろう。
それもそのはずで、彼らはすずめの、隠された力を知らないのである。
彼らは口々にすずめを罵倒し、蔑み、「レミリシアン家の恥さらしが、何の役に立つのだ。」と言うだろう。
幼少期はあんなに愛していたというのに、だ。
まあ、ただ一人、すずめの姉だけは、あの力のことを知っているのだが、ランドールから固く口止めしていた。
もしそれがバレてしまえば、すずめはレミリシアン家に連れ戻され、無理矢理にでも領主を継がせられることになってしまうだろう。
もちろんすずめは嫌がるだろうし、すでに領主を継ぐことに決まっている長兄だって黙っているわけがない。
戦争はしていないものの表立って敵対している帝国も、はいそうですか、とすずめを渡すはずがない。
しかし、ギリトニア王国も、一人で何百という兵士を相手取ることのできるすずめを、必死に取り返そうとするだろう。
ではなぜ、勇者のパーティーにすずめを推したのか。
それは、ただ単に、本当にそれがすずめにしかできない仕事だったからだった。
ランドールと勇者が出逢ったのは、本当に偶然だった。
魔王に敗れたあと、勇者は魔族の土地に近い街に留まって、どこを頼るべきが悩んでいた。
その街はランドールの好きな香りの茶葉の名産地で、ランドールはドラゴンに乗って(直線で200キロの道のりを)散歩がてら茶葉を買い付けにきていたのだった。
ランドールは、勇者が【すずめ亭】の客だと知っていたので、話は早かった。
ランドールには、すずめの召喚士としての才能を埋もれさせたままにするというのがそこそこ耐えられないことであった。
今、レミリシアン家には、【創造召喚】を使える召喚士はいない。
そう、いないのだ。すずめには将来、この召喚術を誰かに伝えてもらわなくてはならない。
それが例え、敵国の召喚士であってもいいと、ランドールは考えていた。
召喚騎士団ができてから、ギリトニアは、じわじわと変わってきている。
あんなに嫌がっていた戦争に、自ら足を突っ込もうという貴族が増えはじめたのだ。
ランドールは、戦争を増やすためにギリトニアの鉾になったわけではなかったし、これからもなるつもりはない。
しかし、ランドールはもう過去の人になりつつあり、国の行く末をどうこうできる立場にもなかった。
まあ、そんなランドールの目論見通り、すずめは勇者パーティーに入った。
勇者パーティーに召喚士がいないこともよかったのだろう。
「あとはうまくやるだろう。お前ならできるはずだ、フィーフィー。」
ランドールはそうぼそりとつぶやくと、視界の端に、本棟から赤い顔をしてこちらへと歩いてくる未来のレミリシアン家領主をとらえ、今度は苦笑を漏らした。