すずめ亭と勇者
生きてた。
魔王に勇者が負けたことは私も聞いていた。
しかし、店に来なくなったのは魔王の方だった。
勇者は生きていた。
なぜ断言できるのか。
それは、今、目の前で頭を下げているからである。
「フィフトニカ・サラサ・レミリシアン殿。召喚士としての君の力を借りたいと思っている。」
「いやです。」
開口一番、勇者はそう言って頭を下げた。対して私は……まあ、即答である。
そんな私を、顔を上げたままぽかんと見る勇者。その顔もイケメンである。
そのすきに勇者を観察する。
勇者には大した怪我もなく、……というか包帯のひとつも巻いていない。ピンピンしている。魔王と死闘を繰り広げたはずなのに、なぜこんな元気そうなのだろうか。いや、この世界の回復魔法がすごいのかもしれないけれど。
ていうか普通、世界のハケン?をかけた戦いで魔王に負けたら、人族はこれから100年、肩身の狭い思いをしなきゃいけなくなるんだよね?勇者的にはもうちょっと精神的に凹むもんじゃないのか?なんでこいつはいつもどおりイケメンオーラを振りまいてるんだ??
まあいいか。
きっと精神が超合金とかでできているのだろう。勇者だし。
それはそうと、久しぶりに私の長ったらしい名前を聞いた気がする。
レミリシアン。捨てられた、というか、もう捨てた家の名前だ。
私は現在、ただのフィフトニカだ。
「私は未熟者ですからこんなところで店をしているんですよ。レミリシアン家とは絶縁状態にありますし、私には魔王討伐のお手伝いができるとは思えません。」
この世界では、魔術師も召喚士も、子供か、よっぽどの未熟者でなければ戦争に駆り出される。
そういうわけで、私はその“よっぽどの未熟者”なのだ。
前世の平和に浸かりきった世界を知っている私が戦争に参加して他人を殺すとかありえないし、そもそも可愛い召喚獣を戦わせるなんてもってのほかである。
それに魔王は大切な常連様で同志だしね!!!
だいたい、店の外で起こった客同士のいざこざに店が首を突っ込むとか余計なお世話だろう。
しかし、私の言葉を聞いた勇者は気まずい顔で続ける。
「……ごめんね、君の曾祖父様に、君の話を聞いたんだ。レミリシアン家を継ぐのに一番ふさわしいのは、特別な召喚術をただ一人継承した、君だと。」
「えー……。」
何バラしてんだあのくそじじい……
私は、しばらくじじいを入店禁止にすると決めた。
……はあ、しょうがないなあ。
私は静かに息を吸うと、じっと勇者を見ながら口を開く。
「変に思われるかもしれませんが、私は召喚獣を戦わせたくないと思っています。小さい頃からずっとそう思っていましたし、これからもずっとそう思っているでしょう。ここでお店を開いているのはお金のためではなく、ただ単に、可愛い召喚獣を他の人にも愛でてほしいと思ったからです。別にこのお店がなくても私は生きていけますし、勇者さまに従わなければ帝国から出て行け、と言われればいつでも出ていきます。」
言い切った。言い切ってやった。なかなかいい言い切りっぷりだったと思う。
実際、帝国から出て行けと言われても、私は全く困らない。
蓄えはじゅうにぶんにあるし、他国からだって「ウチに出店してくれ。」とか「王宮お抱えの愛玩専用召喚士になってくれ。」だの、引く手あまたなのだ。
私は、きっと死ぬまで可愛い我が子を戦争の道具なんかにはできない。
召喚獣は痛みも感じなければ、感情もないし、血もでないし怪我もしない。毒を受けても平気だ。
でも、私は召喚獣が戦うところを見たくはない。
そんなことを強制されるくらいならば、逃げたほうがましである。
「うーん……。」
一方勇者はというと、ひどく微妙な……困ったような苦笑いしているような、曖昧な表情でこちらを見ていた。そんな顔もまたイケメンである。なんか慣れてきたな、この顔。
「うん、いや、えーとね。」
「はい。」
「君の気持ちは、痛いほど分かるよ。」
「はあ。」
「でも、話だけはきいてくれないだろうか。」
「うーん。」
「君にしかできないことなんだ。伝説の召喚師のひ孫であり、特別な召喚術を受け継いだただ一人の弟子であり……そして……。」
そこで勇者は、一呼吸置いて、続けた。
「――――、――である、君にしか、ね。」
それは、私が驚愕するに値し、なおかつ続けて聞かされた話は、「しょうがないにゃあ・・」と勇者の頼みをきいてしまうほど、衝撃的な内容だった。