閑話 勇者ご一行
まさにハーレム!!!
「魔王ってゴッツいムッキムキらしいけど、どれくらいゴツいのかな?」
褐色の肌に最低限の革鎧を装備した、銀色の短髪で堀の深い美人ハーティアがシチューの肉だけを皿によそいながら誰にともなく聞く。
「すごく図太い槍持った将軍いるじゃない?帝国の。誰だっけ?ほら、あの髪とひげの境が分からないおっさん。魔王はきっとあれの2倍くらいはあるわね、たぶん。ひげも。」
長い黒髪を赤いリボンでゆったりと結び、頭にはとんがり帽子、服はローブという出で立ちのラーニアがパンをかごに山盛りに盛りながらそう言うと、ハーティアは「それはゴリッゴリだー!あははははは!」と愉快そうに笑った。
「待つのじゃ、それは困るのじゃ……わしは……わしは……顔が良くないやつとは戦いたくない!!!」
よくわからない事を言いだしたのは、片手には身長の2倍ほどもある大きな木の杖、もう片手にはかじりかけのパンを持った、くりっとした目が可愛い幼女アニスだった。生まれながらに癒やしの力を持つ者のみに発現するという炎のように赤い髪は肩より少し上で切りそろえられ、ふんわりと内巻きになっている。
「あら、貴女は戦う必要、ないでしょう?貴女はクルスだけを見ていればいいのよ。」
「はっ!そうじゃった!!」
鉄の鎧を着込んでいてもしっかりと胸元だけは主張している、サラサラの金髪のお姉さんカーラローナがツッコミを入れると、アニスはそう言って「良かったのじゃあ。」と、ほっと胸をなでおろした。
カーラローナは失笑しながらも、「パンだけじゃなくて、ちゃんとスープも食べるのよ?ほら、これを入れたら食べられるでしょう?」と、アニスにチーズを差し出した。
「女が三人寄れば姦しい、とはこのことだな、クルス。」
そう、隣りに座る勇者クルスに声をかけたのは、短い茶髪に薄い緑の瞳が映えている、トリスタニアだ。カーラローナとは違い男性用の鎧を着込んではいるが、彼女はれっきとした女性である。
「賑やかなのは良いことだろう。」
勇者クリスは、わいわいと話している女性陣を眺めていた視線をトリスタニアに向ける。
「明日には魔王城へと入る。そうなったらもう、後戻りはできない。トリスタニア。帝国の王女である君が、本当に、僕についてきても良かったのかい?僕は、君が……いや、君たち全員、帝都で待っていてくれてもよかったのに。」
その言葉に、その場に居た全員がクリスに視線を向ける。
「拾ってもらった時に、絶対に足手まといにはならないって言ったじゃんか!」
「そうそう、クリスはなんでも大事にしすぎなんだってば。」
「置いてきぼりはもうこりごりじゃあー!」
「帝都で待ってるなんて、デキる妻のやることじゃないでしょう?」
「ふふ。……だ、そうだよ?」
次々に飛んでくる言葉に、しかしクリスはしっかりとした眼差しで応える。
「もちろん魔王が相手だって、君たちには傷一つ付けさせないさ。でもね、僕は、君たちがいるから戦えるんだ。何よりも――帝国よりも、人族の存続よりも、君たちが大切なんだ。」
「クリス……。」
ふわり、とクリスをいい匂いが包んだ。それは、隣りに座っていたトリスタニアだった。
「クリス、それはみんな一緒なんだ。俺達だって、何よりもクリスが大切なんだ。俺だって、帝国よりもお前のことが大切だよ。クリスだけが特別な思いを持っているんじゃない。俺達はそれぞれきちんと覚悟を持ってここまでついてきたんだ。だから、最後まで一緒にいさせてくれ。」
「トリスタニア……。」
クリスは、じんわりと心の奥底が温まっていく気がした。
魔王との戦いを前に、どうやら心の奥底で恐怖がわだかまっていたようだった。
それがゆっくりと溶かされ消えていくような、心地よい暖かさだった。
しかし。
「って!!!ちょっとトリス!?なんであんただけクリスに抱きついてんの!?」
「ずるいのじゃー!わしもー!わしもー!」
「え、ちょ、わっ!?待っ……きゃあっ!」
有無を言わさず飛びかかってきた2人をクリスは器用に受け止めたが、トリスタニアが珍しく悲鳴なんかをあげてバランスを崩したので、そのまま4人は丸太の椅子からドデーンと落ちてしまった。
「クリスー!大好きなのじゃー!」
「ちょ、ドサクサに紛れてほっぺにチューしようとしてるんじゃないわよ!」
「いいところだったのに……」
3人の女性の下敷きになりつつ、クリスはこの幸せな居場所を守るために、必ず魔王を倒して世界を平和に導こうと覚悟を決めた。
しかし、そんな勇者の覚悟は、魔王を前にして、無残に打ち砕かれることとなる。
魔王に勇者が戦いを挑んでからしばらくして、帝国に、“勇者が魔王に敗れた”という噂が流れた――