閑話 魔王さま
まさにぼっち。
魔王は、設えられた王座に深く座ったまま、数え切れないほどのため息を吐いていた。
原因は、これから来るという勇者……ではなく、目の前の魔王軍幹部たちである。
――魔王様。勇者一行が城へ近づいているという情報を得ました。
――魔王様。あなた様のお役目、分かっておりますな?
――魔王様。今回の勇者はどうやら5人ほど連れておるようです。
――魔王様。まおうさま。マオウサマ。
ああ、鬱陶しい……。
私は大人しくここで勇者を待っているだろう。
お前たちはどうせ戦わないのだから、いつもどおり放っておいてくれ。
お前たちが満足し、私がまた自由の身になれるのなら、
“百年に一度、勇者と魔王の直接対決によってのみ、以後百年の大陸の覇者を決める”
とかいう一体誰が決めたのかもわからないしきたりにも従ってやろう。
口上も、教えられたとおりのセリフを吐いてやろう。
勇者とは、百年に一度の間隔で産まれるという、魔族と戦えるほどの力を持った人族のことだ。
それは、神の祝福を受けた赤毛の女から産まれるとも言われるし、賢王の血筋に産まれるとも言われているが、実際はどこからか強い人族の子供を見つけてきて、極秘に教育しているらしい。
それとは違い、魔王は、古の魔王の末裔だ。
どんなに普通の魔族と交わり血が薄くなろうが、この古の魔王の血というのは一定の要件を満たすことで絶大な力を発揮するようになる。
それは、『魔王』という種族になること。
特別な儀式を経て正式に魔王の称号が与えられると、体に眠っていた古の魔王の血が目覚め、体が魔族から魔王として生まれ変わるのだ。そうして新たな魔王は生まれる。
もちろん、私以外にも古の魔王の血を受け継いでいる魔族はやまといる。というか、それこそ魔族の半数以上は、遡ればどこかで古の魔王の血が混じっているだろう。
しかし、古の魔王の力を使えるのは、魔王という種族である私だけだ。
そんな魔王だが――実は、魔王というのは、ただのお飾り職である。
そもそも魔王軍を動かしているのは、何代前からいるか分からない古参の連中であり、新参者である私ではない。
しかも、その魔王軍は名ばかりで、奴らは勇者とは戦わない。ただ、勇者のいない地域でちまちまと人族と小競り合いをするだけだ。とはいえ人族も、勇者以外は魔族の土地に攻めてこないのだから、同じようなものだが。
「はあ。」
ごてごてした飾りの付いた王座の肘掛けに肘をつき、ため息をはく。
正直な所、私が勇者に勝てる確率は……五分だ。
うっかり鉢合わせてしまった魔王軍を単機で半壊させたらしい。
話を聞く限り、勇者は相当に強いようだった。
しかも、勇者も、あの店に通っているという噂だ。
店主は何も言わないし、私も何も聞かないが。
店主はただ、私が矮小な召喚獣と戯れている所を満足そうに眺めるだけだ。
まあ、以前私が魔王だとバラしてしまった時は信じていないようだったし、私が魔王だと知らないからこそあんな態度がとれていたのだろうが。
勇者が魔王討伐に乗り出した今、私があの店に顔をだすことはできない。
店主も、私が本当に魔王だと知って、今頃驚いているかもしれない。
魔王と勇者。
生まれながらに、戦わなければならない運命を背負った者たち。
……生き残った方が、またあの店に行ける。
そう考えたほうが楽しい戦いになりそうな気がして、私は苦笑をもらした。




