パレード(裏)
パレードから少し離れて。
遠くに賑やかな声やら音楽やらを聞きながら、私はいつものようにカウンターで猫の腹に顔を埋めて癒やされていた。
今、帝都の中央付近では、勇者とそのハーレム構成員がパレードをしている頃だろう。
私も召喚獣との視覚共有で遠目に眺めて見たが、それはもうすごい人ごみだった。
私はあそこに混ざれないと心から思ったし、見ているだけで疲れたのですぐに召喚獣も解除した。
「やっぱお家が一番だよなー。」
誰にともなくつぶやく。
腹をまさぐられている猫がたしたしと尻尾がカウンターテーブルを叩いているが、気にしない。
ひっかきたければひっかけばいいし、噛みたければ噛めばいいのだ。
一般的な召喚獣には術者を傷つけることができないが、なにを隠そう私の召喚獣は特別製なのだ。
AI、とでもいうのだろうか。
私の召喚獣は、私が操っているわけではない。
普通の召喚獣は、術者が全てを操っている。
曾祖父の召喚獣も、曾祖父が操っている。
それができるのは、首飾りや腕輪や指輪などの脳内演算を補助する魔法道具のおかげなのだが、正直私はそれの使い方がいまいち分からなかった。
教えられても、仕組みは分かるが、理解できないというか……もしかしたら前世の記憶がある事の弊害なのかもしれないが、なんというか、できないものはできないのだ。
そうして、私がAIというこの世界には存在しない概念を思いつくに至ったのは、ごく自然なことだったと思う。んまあ、思いつくというか、思い出すというかね。
自分で操らず、召喚獣にある程度の裁量を与えて勝手に動いてもらえば、私は召喚しっぱなしで放置できるのだ。むしろ、私が目指す召喚獣としてはそれが最良だった。
そこで役に立つのが、Coocle先生だ。
AIの仕組みなんて全然分からなかったが、そこはもう必死である。
そうして出来上がったのが、私オリジナルの、AIっぽい知能を持った召喚獣だった。
それがこの【すずめ亭】の店員たちである。
がぶっ。
「あ痛っ。」
さすがに嫌気がさしたのか、とうとう猫に噛まれてしまった。
それを見て、ハーブティーを飲みながらいつものように【猫:メインクーン】を愛でている客が笑った。
「何をしている、フィーフィー。」
「えっ、何って……お猫様に噛んでいただいているのですが。」
「いただいている、のか……。」
その常連客は、少し引き気味に言葉を続けたが、私は自信満々で「そうです。ご褒美なんですよ!」と答えた。
「レアラルートなんとかサマも、そのうち分かるようになりますよ。」
「なんとか、とは……。ふ、レアラでよい。」
レアラルートなんとか様は苦笑して、それから、ハーブティーのカップを静かにテーブルに置いて、薄っすらと微笑んだ。
それは、女の私から見ても、かなり魅力的な、儚い微笑みだった。
しかし。
「レアラ様……なんか色々残念です。」
膝の上も机の上も肩の上にまで猫にまみれ、しかも側頭部から伸びている長い真紅の角には、白い小鳥と青い小鳥が連なってとまっているので、繊細な仕草も魅力的な微笑みもなにもかもが台無しである。
そんなどこか抜けている彼女から視線をはずし、私はあくびをひとつもらした。
「ま、それもレアラ様の魅力のうちなんでしょうけどねー。」
パレードの先頭で、帝国民の娘達をとりこにしているだろうハーレム野郎の顔を思う。
彼は底なしの体力で、パレード中、ずっっっっっっっとあのイケメンオーラを放ちまくっているのだろう。
むしろ、勇者の秘密を知った今では、あのイケメンオーラも神からもらった祝福のひとつなんじゃないかと思うくらいだ。
この目の前で猫と小鳥にまみれているぼっちさえ、あいつのイケメンオーラにやられて、ハーレム構成員になってしまって、もう同志ではなくなってしまった。
そのうち、また帝都には噂が流れるだろう。
勇者は、魔族をも仲間にしてしまったと。
女なら、落とせない相手はいないのだと。




