第二話 運命の日
「ふあぁぁ。
あ~、眠たいなぁ」
翌朝、いつもどおり他の人よりも遅めに目を覚ましたリヒト。
ベッドから起き上がり、ゆっくりと体を伸ばし、窓辺で火の光にあたろうとしたところで彼はふと違和感を覚えた。
「あれ、メイとプルがいない。
どうしたんだろうか」
そう、いつもの目覚まし代わりの鳥たちが今日に限っていないのである。
「まぁ、別にいないのは今日が初めてというわけではないしな」
晴れの日なのにいないというのはめったにないことなのではあるが、時々いないこともある上に、そもそも雨の日に来ることはない。
まぁ、鳥なんだし、気まぐれなのであろう、今日は休みたい気分だったんだなと彼は特に気にも留めなかったのであった。
◇
夕方。
太陽も西に傾き始めたころ、それは唐突に起こった。
ドドッ、ドドッ、ドドッという大量の動物と思われる足音。
響き渡る男たちの怒声。
そして、ついにその音を出していた集団が姿を現す。
「よし、お前ら、さっさと仕事を済ませろ。
絶対に殺すんじゃないぞ。
死体は何の価値もないことを忘れるな!」
「「「うっす」」」
その先頭に立っていた、ほかの人に比べて少しガタイと身なりの良い男が、引連れていた男たちに声をかけると、男たちは返事をするとともに一気に村へと駆け出して行ったのであった。
「全員捕縛しやしたぜ、親分」
「御苦労」
一時間もかからないうちに村の人々は全員彼らに捕縛されてしまった。
数も彼らより多く、そのうえ武器まで持っていた彼らに対して村民は抵抗する手立てを持っていなかった。
もちろんその中にはリヒトの姿もあった。
本来ならば不吉とされる眼をもつ彼は殺されてもおかしくはなかったのだが、誰も殺してはいけないという命令を受けていたことに加えて、一人でも殺してしまえば、村民の抵抗が激しくなってしまうことは明らかであり、そうなると本来の目的を果たせなくなってしまうことから、彼らはリヒトを殺すことはなかった。
「ところでなんですがね、村民の中に『悪魔の目』を持つ奴がいやしたんですが、どうしやすか?」
「ふむ、殺さずにつれていっておけ。
全員奴隷にするのだし、どこかの物好きが買う可能性もある。
それに労働力として問題はないだろうさ。
それに殺して混乱を生んでも困るからな」
「わかりやした。
それでは家についてはどういたしやしょう」
「すべて燃やしてしまえ。
そちらのほうが、あいつらを諦めさせやすいだろう。
帰る家がないとなれば抵抗する気も失せるだろうしな。
それに、こんな村にろくな金品が置いてあるはずもない。
さっさと次の村に行ったほうが得だろう」
「分かりやした。
それではそうしておきやす」
そういうと男は何人かの男を呼び、村の家に火をつけさせた。
村民たちはそれを見て、ほとんどの者が怒りの表情を浮かべるも、武器を持つ彼らに対して反抗することはできず、次第に大体の者が諦めの表情を浮かべていくのであった。
そんな中でリヒトは人一倍の怒りの表情を浮かべていた。
それも当然と言えば、当然なのかもしれない。
なにせ、彼の家の中には大事なものが多数置いてあったのだから。
(くそっ、なんてことを……)
そう思うものの、彼にも抵抗する手立てはなく、結局火のついた村を背に、彼らとともに村を去っていくのであった。
◇
「総員、休息だ。
しばし休め。」
その声とともに更新が止まり、各々が馬から降りて思い思いに休息を取り始める。
その声を出した女性も自分の馬から降り、近づいてきた男に対して声をかける。
「ふむ、あそこが目的地ということでいいのか?」
「はい、場所的にそうだと思われます。
おそらく彼らがあの付近にある村でも襲い、火をつけたのでしょう」
「よし、それではまだ近くにいるはずだな。」
夜、空こそ晴れ渡っているものの、月が出ていないため、かなりの暗さとなってしまったなかで、数百人程度の集団が馬に乗りゆっくりと進軍していた。
左手のほうには煙が上がり、あの場所で火がつけられたことが容易に予想できる。
もっとも、その場所は木々が邪魔でよく見えないのではあるが。
先頭に立っているのは長く美しい、若干青みがかった髪のこの場にはふさわしくないように見える女性。
そのそばにいる少し年をとった老紳士のような男性のほうがよほどこの場にはふさわしいといえよう。
ではあるが、この場においてトップと思われるのは女性のほうであった。
その彼女は近くにいるはずだなと告げると、立ったまま煙の上がる方角に向って指をさし、目を瞑る。
そのまま五秒程度が経ったであろうか、目を瞑ったまま彼女が声をかける。
「見つけた。
ここから五キロほど先にいる。
数は……捕虜を含めて二千人弱程度だな」
「随分と少ないですね。
恐らくは捕虜がいるというところから人手の確保が狙いなのでしょう。
家も焼いているようですし、こちらに攻めて土地を奪い取ろうという意図はないように思えますね」
「私も同意見だ。
さてと、数はこちらの倍以上、いや、捕虜を除外したとしても四倍程度か。
さてさて、どう攻めようか」
「こちらの領土をとる意思がないのであればわざわざ戦う必要はないのでは?」
「まぁ、確かに契約上問題はないがそれでも、確証がない限りその理論は通じないだろう。
それに、私がそんな対応をとるはずがないことは知っているだろう?
まぁ、闇にまぎれて襲うほかはあるまい。
幸い、向こうもこれほど早くに襲撃されるとは思っていないはずだ。
であるならば、奇襲が最も有効だろう。
皆に準備を整えさせろ」
「了解いたしました」
そういうと、そばにいた男のほうが後ろの軍勢に対して声をかけに行き、その場には彼女一人が残る。
「さてさて、あまり捕虜は傷つけたくはないからな。
私のほうもしっかりと作戦を練っておくとするか」
ふっと笑みをこぼした彼女は、馬に寄りかかるように背中をつけ目を瞑る。
奇襲をかけられる状況ではあるものの、人数的には圧倒的不利な状況。
それにもかかわらず、彼女の表情はどこか余裕のある表情であった。