6.過去1~平助の願い事~
過去1
平助は耐えきれずに、静寂を破った。
「山南さん、やっぱり俺、こんなのおかしいと思います!」
「そうかな?」
敬助は、急な音に動じず、筆を動かし続ける。
紙の上では字でも絵でもない黒が、大勢で白を攻め滅
ぼしていた。
「だって、今、完全に山南さんを除け者にしている状態
じゃないですか! 俺、嫌なんです!」
「平助」
筆が、ぐいと太いものを描く。
「私は除け者になんかされていない。勘違いしないでほ
しい」
「けど!」
「君には、私が可哀想に見えるのかい?」
嘲笑が敬助の穏やかな顔に、ひんやり浮かぶ。
それが自分ではない人物に向けられた気がして、平助
は体を強張らせた。
「土方君には何か考えがあるんだよ」
「……そんなのっ……」
「私は、避けられてなんか、いない」
筆が紙を滑る。何度も同じ場所を行き来し、文机に筆
先が到達する。
「この話は終わりだ。いいね、平助」
続けると冷たい目が今度こそ自分に向けられる。
そんな予感がして、平助は喉から短い音をたてた。
障子を蹴破る勢いで自室に突入してきた友人に、一は
齧っていた大福を手渡した。
「今これしかない」
「もてなしてくれなくていい!」
どかりと座り込むと、平助は頭を乱暴に掻いた。
一は、大福の続きを頬張った。
それを一気に飲み込もうとして失敗する。
湯呑みを傾け茶を流し込んで、まだかなり熱かったこ
とを思い出し、後悔した。
「一ってさ」
平助が、い草を毟る。
「怪しいもの、集めるの好きだろ?」
「古道具屋巡りは、怪しくないぞ。必要に迫られて古道
具を買っているだけだ。割と値切れるものだし、なかな
か使える物が多い」
「幽霊とかも見えるみたいだしさ」
「夢でなら何度か見たが」
「だからさ」
い草山が出来上がった。
平助が指で弾き、山崩れを起こさせる。
「何とかならないか?」
「意味が分からん」
「ああぁぁああぁぁもう!! 分かれよ!!」
「無茶を言うな」
「……無茶、だよな。うん、分かってるんだ」
平助は、新たな草狩りに取り掛かった。
一がその手首を握る。
代わりにと、先程崩れたものを掴ませた。
「でもさ、俺、もうどうしたらいいか」
「俺も何をしたらいいか、さっぱりだ」
「だから! 何かこうすごいものを呼んでほしいんだ!
お前のその変な力で! それで山南さんのこと、何とか
してほしいんだ!」
変な力などない。
しかし真実を言えば平助が沈んでしまう気がして、一
は取り敢えず、分かったと頷いた。
「それよりもだな、左之や永倉さんに相談した方が早い
と思うぞ。お前、あの二人と仲良いだろう? 力になっ
てくれるはずだ」
「そんなの……! 俺の願望の為に他人を巻き込むなん
て、出来るわけないだろ!」
一は首を傾げた。
「それに、何か、必死にあの二人に頼み事するとか、そ
ういうの柄じゃないんだ」
平助は、左之助と新八を敬助とは違った意味で、兄の
ように慕っていた。
三人で馬鹿をするのが好きだった。
一緒にいられるのが嬉しくて、居心地の良いその空気
を壊す事など、あってはならなかった。
「なあ、一」
「ん」
「何で俺って頭良くないんだろな。もっと頭良かったら、
いっぱい良い方法考えられるのにさ」
「…………ん」
平助が納得する返答を探すべく、一の思考が回転する。
嫌われないように、嫌われないように。
念じながら、最良を模索する。
「そんなことない、ぐらい言えよ」
答えが見つからない内に、平助が膨れた。
「そんなことない」
「遅いっての」
平助が大の字に寝転がる。
「まあいいや。何かお前と話してたら、少しすっきりし
た」
何も解決していない。
それでも、平助が笑った。
一は冷めた茶を目を細めて啜った。
儀式の時だけ、一の部屋には怪しい模様が描かれた。
馴染みの古道具屋以外も巡り、手に入れた様々な物が
所々に配置される。
意味のよく分からない言葉が書かれた巻物を読み上げ、
時には畳に火を放つ。
邪魔が入らぬよう障子に工夫を施して、毎日暇を見つ
けては儀式を繰り返した。
何も呼べなかった。
どんな方法をとっても、ただ部屋が汚れるだけだった。
平助がいなくなるまで、それは続いた。