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5.平助と一




「謝った方がいいと思うか?」

 廊下を歩きながら一が問うてきた。

 当たり前だと頷くと、そうだろうなと、小さく返ってきた。




「しかし何を謝ればいい? 怒っているのは分かるんだが、理由が

分からん」

「一とあいつ、友達……なんだよな?」

「ああ」

 即答に胸を撫で下ろす。

「友達にさ、バレバレの嘘吐かれたら腹立つよ」

「嘘を吐いたのは悪いと思っている。だが本当の事を話してもだな」

「分かってるけどさ。嘘を吐くのには理由があるってのも、きっと

分かるんだろうけど、それでも、仲良いって思ってる奴に嘘吐かれ

ると腹立つもんだよ」

 仲の良い人間なんかいない自分が、こんな事を言うのは滑稽だ。

 けれど、言葉がボロボロと口から落ちた。

「そういうものか」

 ぼくの上辺だけの言葉に、一が深く息を吸った。

「よし、謝りに行くぞ」

「行くぞって、……ぼくも?」

「一人だと不安だろうが」

 失敗したくないのだと、一はぼくの手を取った。




 今までいた建物を出て、近くの寺に入る。

 夕闇の中、境内で総司が子供達と駆けていた。

「土方さんに追い出されたのかな」

「だろうな。……あそこだ」

 藤堂平助は、石段の端で丸く座り込んでいた。

 顔を膝に押し付けて微動だにしない。

「ホントだ。よくいる場所分かったな」

「拗ねる時は、あそこなんだ」



 一が進む。

 藤堂平助が顔を上げた。

 ぼくは、少し遅れて一の後を追った。




「平助」

「……何だよ」

「すまん」

「…………何が」

「嘘を吐いたことを怒っているのだろう?」

 藤堂平助は、ほんの少し、頬を膨らませた。



「あいつ、俺の着物きてるし」

「ああ。お前に貰ったものを仕立て直した」

「お前がいるって言うからやったんだ。なのに、お前、嘘吐くし」

 一が黙る。

 離れて見るとよく分かる。

 あれは、悩んでいる顔だ。

 言葉の意味が分からなくて、必死に考えている。

 無言は、お前に向ける言葉なんかない、という意味ではない。



「頼まれたから協力したのに、理由は明かせないとかおかしいって

ことだよ」

 ぼくが小声で教えると、一はポンと手を打った。

「なるほど」

「お前、前に身内の話をした時に、気になるような奴はいない、一

人で好き勝手行ける身の上だ、とか言ってたのにさ、弟とか、一緒

に居たいとか言うし」



 藤堂平助は、まだ何かブツブツ言っている。

 一は腕を組み、目を数秒閉じた後、何かを思いついたのか大きく

目を開けた。



「平助」

「……何」

「俺の弟は、実は死んでいるんだ」

「…………はあ?」

 無視しても良いような言葉に、藤堂平助は一応、反応した。



「さっき俺は、死んだ弟の霊を呼び出すことに成功してな」

 藤堂平助の顔が、ひどく不機嫌なものへと変わっていく。

「俺がそういう話嫌いって知ってるだろ」

「ああ」

「お前の嫌いな話だから詮索しない方が身のためだ、とでも言いた

いのか? 大体、こいつ足あるし! 何でまた嘘吐くんだよ!?」

「待て、平助。足のある幽霊もいる」

「んなこと、どうでもいいんだよ!」



 怒りが痛いほど伝わってくる。

 悔しくて、腹が立つ。

 ぼくに腹が立つ理由なんてないのに、我慢出来なくて、一を蹴っ

た。

「痛いぞ」

 一が泣きそうな顔を向けてきた。



 一気に冷静な脳が戻ってくる。

 ぼくは、こんな顔を知っていた。

 知っていたのに。

 感情に負けて、知らないふりをしていた。

 自分の考えている事が、さっぱり分からない。

 それでも、やりたい事は、はっきりしていた。



 思いきって、藤堂平助の顔を正面から見つめる。

「ぼくは、一の弟なんだ」

 藤堂平助は何か言いたそうだったが、さすがに子供に汚い言葉を

浴びせるのは躊躇われたのか、声の無い口を一度動かしただけだっ

た。



「嘘だって思うだろ? うん、嘘かもしれない。でもさ、必要な嘘

なんだ。一は、あんたに必要じゃない嘘なんて吐かない」

「それぐらい、分かってる」

「うん。じゃあさ、一の顔見てよ」

 渋々といったふうに藤堂平助が一の顔を凝視する。

「一、泣きそうだぞ?」

「…………あぁぁあぁ……くそ!」



 藤堂平助は、乱暴に頭を掻き毟った。

 分かっているのに、理解したくなくて、それでもどうにかしたいの

か、一をまた凝視する。

「平助。俺は、秘密を知る人間は少ない方がいいと思っている」

 一が、余計なことをぼそりと零した。

「……そうかよ」

 藤堂平助が、もういいと顔を伏せた。一は続ける。

「しかし、この秘密はお前にも新選組にも悪いものではない。むし

ろ逆だ。だが、事情が少し厄介でな。信じろというのが難しい。信

じられずに、おかしな想像をされるのが怖いんだ」

「俺がお前を信じないって思ってるのか? 俺に秘密を打ち明けた

ら他言するって思ってるのか!? お前は結局、俺のこと信じてな

いんじゃねえか!!」



 必死に和解を試みる一の言葉は、藤堂平助の心を痛めつけるだけ

だった。

 一が、そろそろ心が折れそうだと、目で訴えてくる。

 もう少し頑張れと口の形だけで励ますと、一はまた藤堂平助との

友情の修復にとりかかった。



「平助」

「もうお前のことなんか知らねえよ」

「……平助」

「…………んだよ」

「ええとだな」

「何?」

「つまりだ」

「何だよ」

「俺は、お前との約束を守りたいんだ」

「何の話だ?」

「守ってみせる。だから」



 許してくれ、と。

 カラカラになった声を、一は押し出した。



「分かんねえよ……お前の言ってること……」

 藤堂平助が、また自分の髪に八つ当たりする。

 ぼくにも一の言っている事が分からなくて、上手くフォロー出来

ない。

 とにかく約束の内容を訊こうと口を開く。

 言葉を紡ぐ前に、一がゆっくりと藤堂平助の望むものを出してみ

せた。



「分からなくても、全部、お前の為なんだ。それだけは信じてくれ」

 藤堂平助が、顔を上げる。

「何だよ……やっぱ、分かんねえよ……」

 拗ねた口調で、笑顔を無理に仕舞いこもうとする。

 けれども、笑いたい衝動が大きすぎて、目を吊り上げたまま笑う

ことになる。

 ひどく、子供じみた態度だった。

 ぼくよりずっと年上なのに、友達の言葉で一喜一憂する。

 全身で、自分を大事にしろと叫んでいる様が、とても恥ずかしく

て、とても寂しかった。











「そういえばさ」

 一と二人、闇に横たわりながら天井を眺める。虫達がたくさん鳴

いているのに、静かだと感じた。

「ここって何する所なんだ?」

 硬い枕を一へと押しやる。

 一は自分のものと重ねて二段枕を完成させた。

「今更だな」

「不思議と気にならなかったんだ。でもよく考えたら知らないし」

「そうだな……。うむ、どう説明すればいいか……」

 二段はやはり高かったらしく、一はぼくの枕を脇へ避けた。



「俺達は、新選組といって、京にいる悪い奴等を捕まえる仕事をし

ている」

「悪い奴等?」

「……すまん、分かりやすく言いすぎた。俺達にとって悪い奴等だ」

「あんまり変わってないような……。どう悪いんだ?」

「色々あるんだが、やはり、俺が望むものを否定するのが一番気に

食わんな」

「ふうん」



 さっぱり分からなかった。

 それなのに、何かが分かった気がした。

 一は新選組の目的については、それ以上説明しなかった。



「それでだ、ここで一番偉いのは、近藤勇という局長だ。その下に

副長の山南さん、土方さんがいる」

「一は何してる人?」

「俺は、副長助勤だ」

「じょきん?」

 洗剤のようなものが頭に浮かんだ。

「副長を助けるということだ」

 どうやら漢字が違うらしい。

「さっき会った平助や総司、永倉さんや左之もそうだ」

「皆?」

「ああ」



 皆、副長の、山南さんの為に動く仕事に就いていた。

 右手の爪が手のひらに食い込んで、痛い。

 一が、もう寝ろとぼくの目を大きな手で塞いだ。

 温かくて、初めて夜を迎える場所なのに、ずっと昔から知ってい

る場所のように落ち着く。



「まだ眠くない」

「寝ないと血が出るぞ」

「ぼくを斬るってこと?」

 手を振り払う。

 少し薄くなった闇には、優しい一がいた。

「馬鹿言うな」



 そうだよな、と笑おうとした。

 けれど、笑えなくて、一に背を向け、きつく目を閉じた。




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