4.明るい日の三人
薄暗くなり始めた廊下が、胸に痛みを与えてくる。夕方は、いつ
も何処か懐かしくて切なく感じるけれど、こんなにもそれが辛いの
は初めてだった。
「戻るか」
一の言葉に頷く。
土方さんから一の部屋で寝泊まりする許可を貰った。総司が一を
羨ましがって、自分も何処かの誰かの子供を引き取ると言い出し、
土方さんに怒鳴られていたのが、何故か嬉しかった。
「待て」
一が急に立ち止った。慌ててぼくも足に急ブレーキをかける。
胸を更に痛めつける声が、たくさん聞こえてきた。
「だから、俺は悪くないって言ってんだろ!?」
「お前以外の誰が悪いってんだ」
「新八だって止めなかったじゃねえか!」
「いくらお前でも、そこまで馬鹿だとは思わなかったんだ」
「だってあれは、躓いて!! その拍子にだなあ!!」
「そもそも、虫を大量に井戸に入れようなんて真似するな」
「入れるつもりなんか無かったんだって! ぎりぎりの所で緊張感
を味わいたかっただけだ!!」
「もういいから、左之のこと井戸に突っ込んじゃおうぜ」
「何でだよ!? んなことされる覚えねえぞ!?」
一が、廊下から庭へ下りる。一人がすぐにそれに気付き、駆けて
きた。
「いい所にきたな! ちょっと聞いてくれよ」
言いながら、ぼくに視線を向ける。
「誰?」
訝しげに見つめてくる。恥ずかしくて、ぼくは一の後ろに隠れた。
一がひとつ横に動いて、壁の役目を放棄する。
「お前の子かあ?」
「大きすぎるだろ」
残り二人も、続いて寄ってくる。
「弟だ。しばらく、ここで預かることになった」
「は? 何で?」
最初に来た男の声が低くなった。
「色々事情があってな」
「事情って何?」
「すまん」
「俺にも言えないのか?」
「……まあ、一番の訳は、長い間離れていたんで一緒に居てやりた
いという」
「嘘だろ。お前、そういう奴じゃない」
男はすごい形相を作り、少しの間、一を睨んで、その顔のまま俯
き黙ってしまった。
「……ええと、なあ平助、本当に言えない事なんだろ、きっと。ほ
ら、土方さんの密命とか」
一緒にいた人のフォローにより、男の顔が緩む。
「いや、それはない」
しかし一の言葉のせいで、一瞬で元に戻った。
「斎藤おぉぉぉぉ……」
フォローしてくれた人が項垂れる。今がどういう状況なのか気付
いていないのか、一は淡々と紹介を始めた。
「こっちが、藤堂平助」
怖い顔になった男を指す。
「で、こっちが永倉新八」
フォローをしてくれた人を指す。
「あっちが、原田左之助だ」
ザルを持っている人を指す。
「平助、左之、永倉さん、こいつは武藤恵輔。俺の弟で」
「苗字が違うじゃねえか……!!」
一が言い終わらない内に藤堂平助は言葉を吐き捨て、駆けて行っ
てしまった。一は、追いかけなかった。
「苗字が違うのは、余所の家にやられていたからだ」
残った左之と新八つぁんに説明を続ける。
「今そんなこと、どうでもいいだろ」
一の袖を引く。困りきった顔が向けられた。
「しかし一応説明しておかないとだな」
「いいから!」
「……いいのか?」
一が左之と新八つぁんに確認をとる。
「いや、まあ、別にいいぞ。なあ、新八?」
「ああ。とりあえず、変な奴じゃないんだな。どこぞの間者とか」
「間者だということは絶対にない」
間者以外の可能性はありそうな言葉だったが、左之も新八つぁん
も納得したようだった。一が信頼されていることが少し嬉しかった。
「にしても、弟なあ。お前も大変な兄を持ったなあ」
左之が大きな手で、ぼくの頭を撫でてきた。人懐っこい目が、好
意を教えてくれて、目の奥が熱くなる。
「本当にな。来た早々、平助との喧嘩を見せられちまって」
新八つぁんが笑いかけてくる。何も、少しも含んでいない、ただ
の笑顔だった。
「やっぱり平助は怒っていたのか」
一が唸る。左之が、どう見ても怒ってただろと笑った。
「お前の兄と平助はな」
新八つぁんが耳打ちしてくる。
「真面目な者同士なんだが、真面目が向かっている方向が違うんだ。
だから、よくおかしな事になる。普段は仲の良い奴等なんだけどな」
色んな所がくすぐったくて、唇を固く結ぶと、新八つぁんが、よ
くある事だから大丈夫だと、また笑いかけてくれた。