表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

3.歳三と総司

 山南さんの部屋を出る。

 一がぼくの頬を乱暴に拭い、次の部屋へ行く許可を求めてきた。

 頭の中がよく分からないものでいっぱいで、新しい環境に飛び込

める状態ではない気がしたけれど、早く先に進みたかった。進んで、

何かがしたくて堪らなかった。

 ぼくが頷くと、一はのろのろと歩き始めた。

「まあ……しかし、あれだな。……あれだ。うん、あれだろう」

 言いたいことが見つからないまま話し出してしまったのか、あれ

を繰り返す。

「あれって何?」

「ああ、あれだ。……そうだ、お前、何で武藤なんて名乗ったんだ。

弟だと紹介したのだから、あそこは話を合わせて斎藤と名乗るべき

だろうが。山南さんに実は斎藤でしたと名乗り直すと、余計に怪し

まれるだろうから、もう武藤で構わんが」

 やっと見つけたらしい話題は、ぼくへの非難だった。

「咄嗟に話合わせるとか、そういうの無理」

「そうか」

 ぼくの欠点を聞いて、一が嬉しそうな顔をする。馬鹿にされてい

る気分になって、一を睨みつける。

「大体、何で弟なんだよ?」

「子供ということにしてほしかったのか? しかしな、そうなると

誰に産ませた子だとか、色々面倒なことを訊かれるはめになるからな」

「弟も子供もヤだよ。そうじゃなくて何で嘘吐いたかってこと」

「別の時代からやってきました、なんて言っても、やはり面倒なこ

とになるだけだろう? 俺は心の底から面倒事を嫌っている」

「それなら、ぼくのことも放り出す?」

 急に不安になった。一がいないと、ぼくは動きが取れない。

「まさか」

 一の足が、一段と緩やかな動きに変わった。






 その部屋の前は、重く、それなのに明るい雰囲気に満ちていた。

 見た目は他の部屋と大して変わらないのに、中に入ったら楽しい

事と嫌な事が一緒に待ち受けているような、おかしな予感がした。

「斎藤です」

 一が名乗ると、勢いよく障子が開けられた。次いで、声がぽんぽん

飛んでくる。

「斎藤さん! 聞いて下さいよ~! 土方ひじかたさんったらひどいんです!」

「邪魔すんなつっただけだろ!」

「邪魔しなくても、どうせ駄作しか出来ませんよ~だ!」

総司そうじぃぃぃ……っ!!」

 胸の中に温かい波がぶわりと押し寄せてくる。また見たいと望ん

でいた光景を目にしたような、変な既視感に襲われた。

「あれ、子供? わ、土方さん、斎藤さんが子連れでやってきま

したよ!」

 障子を開けた男の人が、ぼくを面白そうに見つめてきた。

「何だと?」

 その人の後ろから、苦い顔をした人が座ったまま、こちらを覗い

てくる。

「斎藤、京女に手を出すのは構わんが、面倒は起こすなよ。どう

すんだ、そのガキ。引き取るのか? ……結構でかくないか?」

「弟です」

 一に促され、さっきと同じように名乗る。

「苗字が違うんですねえ」

 明るく笑っていた人が、その明るさを少し消した。

「こいつは余所にやられていたんだ」

「そうなんですか……」

 明るさが、更に消える。けれど、すぐに復活して、明るい目が

ぼくのそれと同じ位置にやってきた。

「僕は沖田総司おきたそうじ。あっちで怖い顔しているのが土方歳三ひじかたとしぞうっていう、

下手な句を詠ませたら天下一の駄句名人。近付いたら危険ですよ。

一生、駄句しか詠めなくなるかもしれない」

 土方さんが総司に丸めた紙を投げつける。総司は綺麗に避けて、

一が受け取った。

「で? その弟、どうする気だ?」

 土方さんがぼくを観察してくる。何となく目を逸らしてしまう。

「しばらく、ここに置いてもらえないでしょうか?」

「駄目に決まってんだろ」

「ですよね。しかし、そこを何とか」

「何ともならねえよ」

「山南さんは、こいつが自分の所へ通ってきてもいいと言ってくれ

ました」

「斎藤、お前……何企んでやがる?」

 土方さんが目を細める。総司は、笑顔のまま側にあった饅頭をぼ

くに勧めてきた。いらないと首を振ると、大きく口を開けて一口で

食べてしまった。

「何も。俺は弟と一緒に居たいだけです。山南さんなら子供好きで

すし、俺がいない間、こいつの事を見てくれるのでは、と。総司で

もいいんですが、土方さん、総司に子守りを押し付けたら怒るじゃ

ないですか」

「当たり前だ。んなことさせるために京まで連れてきたわけじゃ

ねえ」

「僕は進んでここまで来たはずなんですけど」

 総司が頬を膨らませる。

「黙ってろ。総司は駄目だが、山南さんならいいってわけじゃねえ。

今あの人に子守りを押し付けてみろ。ただでさえひどいってのに、

もっと塞ぎこむことになる」

「安心してください。既に塞ぎこませ済みです」

「おい……。今からでも子守りの件は無しって伝えてこい」

「大丈夫です、土方さん」

 一がぼくの肩に手を置いた。

「俺の弟は、人の心を癒すことを得意としています。こいつが山南

さんの側にいることが山南さんのため、延いては新選組のためにな

ります」

「嘘吐け」

「本当です」

 半分嘘だけれど、もう半分を本当にしたくて、ぼくは土方さんと

目を合わせた。

 見つめあう。土方さんが肩を一度、上下に動かした。

「斎藤」

「はい」

「信じるぞ」

「裏切りません」

「よし、好きにしろ。後で近藤さんにも言っておく」

「有難うございます」



 おかしかった。

 土方さんが山南さんのことを気遣っていた。

 ぼくの滞在を割と簡単に許してくれた。

 おかしいと思う自分が、一番おかしかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ