私の居場所 2
”・・アノキョウシツへハイッテイッタ、ダレデモイイワタシヲタスケテ・・・。”
暗く長い廊下を、醜怪な塊がクネクネと這いながら進んでいる。
ズル・・ズル、ズルズル
静かな暗い廊下を醜怪な塊は、ある一つの教室を目指している。
ズルズル・・ズル・・・ズルズル・・。
その醜怪な塊が、窓から差し込む月明かりの廊下を這って行く。
クネクネと這いながら進んで行く醜怪な塊は、ざんばら髪の顔の潰れている女生徒であった。
女生徒は目的の教室にたどり着き、その醜怪な顔で教室内を見た。
一人の女生徒と目が合った・・女生徒の顔が恐怖へと歪んでいく。
”ぎゃぁ~!”
「いやっ・・・嫌だ・・香織!?」
香織は頭を押さえてしゃがみ込んだままだ。
ドアを開けレイコさんがゆっくりと入って来た。
「茜!!」
暗闇の中、明彦の鋭い声が飛んだ。
教室内が”パッ”と明るくなった。
茜が教室の電気を点けたのだ。
「ええっ・・。」
悠子が驚いた声を出す。香織もしゃがんだまま、眩しそうに教室内を見回している。
「そろそろ、正体を現したらどうなんだ?!」
いつの間にか、茜がレイコさんの横に立っている。
レイコさん慌てて、教室から出て行こうと・・・。
「逃がさないぜ。」
明彦が出口をふさいでいる。
レイコさんがひるんだすきを見て、茜がレイコさんのざんばら髪に手をかけ、力いっぱい引っ張った。
茜の手には、潰れた顔の偽物の皮膚が付いているウイッグが握られている。
「あぁっ・・小町ちゃん!?」
悠子がびっくりした声を出した。
そこには呆然とした顔の中倉小町が立っていた。
「うそ・・中倉さん?!だって貴女、レイコさんに襲われて学校に来れなくなったって・・。」
頭痛が収まった香織が、立ち上がりながらレイコ・・いや、中倉小町を見た。
「・・ごめんなさい。」
「中倉、それだけかよ。」と、茜。
うつむいている小町に向かって茜は続けた。
「お前の胸の内の苦しみ・・哀しみ・・私昨夜聞いたんだ。」
小町は驚いた顔で茜を見た。
「それとも、レイコさんになって生徒たちをただ怖がらせて、喜んでいただけなのか?!」
「違うわ!」
茜の言葉を小町はすぐ否定した。
「私と悠子にも分かるように説明してよ。」
香織は、腕を組んで茜と小町のやり取りを聞いている明彦に説明を求めた。
「ん!?まあ見ての通りレイコさんの正体は、中倉だったってわけだ。」
「えっ・・・でも、昨夜の電気が消えたりしたのは、・・偶然?」
香織が頭を押さえながら聞いた。
「これだよ。」
と茜は言いながら、素早く小町のポケットから小さな箱を取りあげた。
”まだ頭が痛いのかしら・・。”
悠子は香織を一瞥しながら、その箱に目をやった。
「何?」
「リモコンブレーカー。昨夜補習教室の電気が消えたり点いたりしたのも、これを使ってしたことなの。私は昨夜もう一度戻ってそのことを知った。そして、レイコさんの正体が中倉だということも・・・。」
「リモコンブレーカー!?」 悠子が首を傾げた。
「ああ、最近教頭の引き出しからリモコンブレーカーが紛失してて、その事を記事にするように、新聞部は言われていたらしい。」
「もしかして、さっきのメール?」と香織。
明彦は軽く頷いた。
「でも中倉さん?!なんでレイコさんになって、皆を脅かすの?・・前田先生もあなたがやったの?!」
香織は詰問するように、中倉に聞いた。
「・・・前田先生は、私を見て勝手に階段から落ちたの、まさかあんな大怪我をしてるとは思わなかった。」
中倉はうつむいた。
「中倉さん、貴女・・もしかして虐められてたの?」
香織の言葉に中倉の体が微かにふるえたのを悠子以外は見逃さなかった。
「そうよ!・・・私は友達に虐められてたっ!!」
あまりにも激しい言葉に、四人は息を呑んだ。
「虐めって言っても、皆そんな風には思っていないんだろうね!からかい・・・そんな風にきっと思っている。」
「悪口・・とか?」
虐めと聞いて香織の顔色が変わっている。
「そう、でもそれだけじゃない・・・段々とエスカレートしてきて・・。」
「先生には?」
小町は頷きながら。
「言ったわ。でもしょせん教師は教師!何にも相談なんか乗ってくれない。私とその子が仲良かったのを知ってたから、『それはただ貴女をからかってるだけなんじゃないの?』って言われたわ。本当バカみたい。虐められてるのはわたしなのよ!?何も知らないくせに・・・誰も私の事なんか分かってくれない!!」
「小町ちゃん・・・。」
悠子が心配そうに声をかけた。
「そんな時、レイコさんの話を聞いたの。皆に虐められて、それを苦に自殺しちゃった女生徒の話。私とちょっと境遇は違ったけど、虐められてることに変わりはなかったから・・それで、レイコさんの幽霊が現れてたって聞いて、私は決めたんだ。私がレイコさんの為に、いじめっ子をやっつけようって・・・。」
そこで、小町はニヤリと笑い。
「レイコさんに成って居る時、快感が私の体中を駆け巡ったわ・・・顔を歪ませながら逃げ惑ういじめっ子たち・・・」
「でも貴女はそれで、その人達にやり返してるだけじゃない!」
香織が小町の告白を遮った。
「じゃぁ如何すればいいの?!私、すごく考えたんだよ。自殺も考えた・・・・。」
小町は自分の左手首にまかれた包帯を見た。
「でもこのままじゃ死ねない・・絶対に復讐してやらないと、死ぬにも死ねないの!!」
「簡単に死ぬとか言わないで!!」
香織が大声で怒鳴った。
「香織ちゃん・・・。」
悠子が香織の肩をやさしく抱いた。
「虐められて死のうと思ったらおかしい?なんでそうやって私ばかり責めるの、虐められた事も無いくせに・・。」
そう言って小町はもう一度左手首を見た。
「・・・リストカット・・か、でも中倉。虐められて辛かったかも知れないけどお前のやり方は間違っている。」と明彦。
「・・誰かに自分を助けてもらいたかったんだろう。昨夜すすり泣きながら、”だれかこんなわたしをたすけて・・”と言っていたじゃないか!」
茜の言葉に小町は”ガクッ”と その場に崩れた。
「中倉・・香織はな、中学の頃虐められてたんだ。」茜はやさしく言葉を続けた。
「・・・え!?」
小町は茜の顔を見上げた。
「だから今この中でお前の気持ちをよく分かってるのは、・・香織だよ。」
小町は驚きの表情で香織を凝視した。
しばしの沈黙が教室内を支配し、最初に口を開いたのは悠子である。
「ちょっと、いいかな?!ゆっこね、昨日家に帰って一人で調べてみたんだ・・・レイコさんの事。」
「レイコさんの何を?」と、明彦。
「うん。レイコさんはね、虐めを庇ったせいで虐められるようになったんだ。最初に虐められてた子はそんなに仲良くない子だったけど、虐めはよくないっ!て一人で虐めっ子達に立ち向かっていったの。」
「それって・・・。」
明彦は香織を見た。
「うん。香織ちゃんと同じ理由かな・・・。」
悠子の言葉に香織は静かに頷いた。
「でもね、きっとレイコさんは強かったんだと思う。どんなに虐められても・・その虐めから庇った子から嫌がらせを受けても、絶対自分の意見は曲げなかった。そんな人が、虐めっ子を苦しめるために化けて出て来るなんて、そんな事しないはずだよ。」
悠子はそう言って小町を見た。
「でも、それは・・・。」
「小町ちゃん。正義感の強いレイコさんはそんな虐めっ子と同じような事はきっとしないよ。」
「でも、レイコさんの幽霊は出てたんだろう!?」
と、茜が首を傾げた。
「その幽霊さんは、きっと優しさであふれてたんだろうねぇ・・・香織ちゃん!?」
悠子は笑顔を香織に向けた。
香織の大きな目から、一筋の涙がほほを伝っている。
「・・レイコさん・・・相原玲子は、私の姉よ!」
「えっ?」
「それ、本当なのか?!」
茜と明彦が叫んだ。
香織は頷き話し始めた。
「貴方達は知らなくて当然よ。私が小学生の頃、お姉ちゃんはこの高校で虐めを受けてたわ。でもお姉ちゃん、一言も辛いなんて言わなかった。家族に心配かけたくなかったからだと思うけど、でも私知ってた。お姉ちゃんがどういう経緯で虐められてたのかも、でも小学生の私には何も出来なかったわ・・・。」
香織の瞳からまた一筋の涙が頬を伝った。
「だけど・・・突然お姉ちゃんが死んで、小さかった私にはお姉ちゃんは虐めに殺されたんだって思ってた。だから私・・・中倉さんと同じようにレイコさんに成ったのよ。」
「どういう・・こと?」
香織は小町の顔を見ながら話を続けた。
「中学生の頃、夜になったら度々(たびたび)この学校に侵入してお姉ちゃんに化けてみんなを驚かせた。それでこの学校の怪談は生まれたの・・それから中学校でも、虐めっ子から虐められっ子を庇ったりして、自ら虐めを受けてた。それがせめてもの罪滅ぼしだった・・・虐めを知ってて何も出来なかった私から・・お姉ちゃんへの・・。」
「そんな!?」
「だから昨日、貴女のレイコさんを見て昔の自分が化けて出たのかと思って・・すごく怖かったわ。人を憎むことでしか自分の気持ちを整理出来なかった昔の私を・・・・・・・あ・頭が・・頭が痛い・・。」
急に香織は両手で頭を押さえながらその場に崩れ落ちた・・・。
「香織ちゃん!」
「香織どうした!?」
「香織!」
「香織さん・・?」
”ノロッテヤル・・・”
倒れながら香織の口から出た言葉を、騒然としている他の四人には聞き取れていなかった。
私の居場所 2
終わり