私の居場所 1
゛その夜、茜は帰ってくるなり母親と二言三言話すと、怒られることなくシャワーを浴びて自分の部屋へと入って行った。
どうやら母親には携帯で連絡していたらしい。”
明彦が帰ってきてから、ゆうに一時間はすぎている。
茜の携帯に幾度かけても繋がらず心配していたが、無事に帰ってきてホッとしている明彦であった。
”ピ~ポ~!ピ~ポ~”
救急車が走っている。学校方面へ向かっているようだ。茜に何かあったのか、明彦は胸騒ぎを覚えた。
明彦は学校へと走った。
”茜~~!!”
明彦は絶叫した・・・・・・・
・・・明彦は目を覚ました。
「夢か?、茜は帰ってたんだった。」
”ピ~ポ~ピ~ポ~!ピ~ポ~”
救急車のサイレンが遠ざかっていく。
明彦は携帯の時計を見た朝の六時30分であった。
ゆっくりと明彦はベットの上に上半身を起こして一つ大きく欠伸をした。
昨夜とは違い、春の陽射しが窓に反射していた・・・・・。
放課後の教室。
明彦と悠子が帰る準備をしている、他の生徒たちの姿はない。
そこに香織が入って来た。
「ねぇ、二人とも茜知らない?」
「・・・ここには来てないけど、どうしたの?」
悠子は不安げに香織を見た。
「クラスの国語の提出物、机の上に残したまま消えちゃったのよ。帰ってはないと思うんだけど・・。」
香織は首を傾げた。
「もう一人いるだろう?!」と、明彦。
「中倉さん、今日もお休みよ。」香織は明彦に視線を移した。
「ああ、レイコさんに襲われたという・・。」 明彦は二・三度頷き自分自身に納得をした。
「・・・てかさ、昨日ってあの後みんなどう逃げたの?私、必死すぎてよく覚えてないの。」
香織は二人を交互に見ながら言った。
「悠子、香織ちゃんに背中押されたよ。」
「俺は頭殴られた。」
二人は香織を睨んだ。
「・・ごめん!」
香織は素直に頭を下げた。
「あの後ってさぁ、また停電になただろう・・だから俺もがむしゃらに走って逃げたよ。」
明彦は身体全体で表現した。
「悠子は、茜ちゃんが廃人のごとく突っ立ってたから、引っ張って一緒に逃げたよ。でもその後、茜ちゃん・・・また学校の中に戻って行ったけど。」
悠子は思い出して身震いをした。
「はぁ~?!」と、香織。
「あいつが、自分から・・・!?」
明彦も信じられないという風に、身震いをした。
その時茜が入って来た。
「茜、何処行ってたのよ!?」と、香織が真っ先に声をかけてきた。
「うん・・。」 上の空の茜。
「茜ちゃん、ヤッホー!」と、悠子。
「うん・・。」
「ど、どうしたのかしら、もしかして憑りつかれちゃった?!」 香織は青ざめた。
「うん・・。」
「茜ちゃん大変!レイコさんが・・・!!」
悠子がわざとらしく大声で教室の奥を指さす。
「うん・・。」
「だめだ。どうした茜!」
明彦が心配顔で茜の体をゆすった。
「あれ、私いつの間に!?」
茜はあたりを見回した。
「ほとんど無意識なのね。」と、香織。
その時明彦の携帯が鳴った。
「ん?俺か・・・。」
明彦が携帯を開くと、三人が異口同音に叫んだ。
『城ケ崎さん!?』
「違う!!新聞部員だ。・・・えぇっ、ドラゴンが階段から落ちた際に頭を打って意識障害!足も複雑骨折で重傷。」
明彦は青ざめた顔で三人を見回した。
「ド、ドラゴンが?」
「骨折・・意識障害!?」
「そういえば、今朝救急車が・・・」
茜、香織、悠子が叫んだ。
「・・でも、先生は前田先生は風邪で休みだって言ってたよ。」
悠子が続けた。
明彦はまだ新聞部員と話している。
「うん、うん、それで、なるほど・・また詳しいことが分かれば電話してくれ。」
明彦は携帯をしまいながら、三人に話し始めた。
「わが優秀な部員が調べたところによると、ドラゴンこと前田先生は、早朝階段下で倒れているところをサッカー部の顧問に発見され、頭を打ったらしく意識が混濁していて、うわ言のように”女生徒の幽霊を見た”と魘されていたらしい。」
三人は明彦の言葉に顔を見合わせた。
「学校側は生徒に動揺させまいと事実を隠しているみたいね。」
香織の言葉を最後に、沈黙が四人の周りを支配した。
「・・・早く帰りましょう。」
おもぐるしい空気の中、香織が青ざめた顔で、だれに言うともなく呟いた。
「そ、・・そうだね。」 悠子も頷いた。
「私は残る。」
「な、何を言ってるんだ茜!?」
明彦は信じられない顔をした。
「そうよ茜。レイコさんがまた現れたらどうするの?!」
香織が同調した。
茜は。
「そうだけど、気になることがあってそれを確かめたいんだ。」
と、香織を見た。
「駄目よ!怪我をしたらどうするの。」
その香織の言葉に、茜は目を伏せ、そして、大きく目を見開いて三人を見た。
「このままじゃ、死人が出るかもしれない。皆も協力してくれないか、今日だけ、今日だけでいい・・!」
夜八時。
真っ暗の教室の中、茜と明彦が何やらひそひそと話している。
他の二人の姿はない。
「茜!? 」
『何?』
「昨夜学校に戻ったんだって」
『あぁ・・』
「なぜだ、幽霊の出たばかりの学校に戻った理由は?」
『・・・・・。』
「レイコさんのことで何か分かったのか?」
『兄貴は何も聞こえなかったのか?!』
「え?」
『レイコさんが出て、その後停電になっただろ・・その時』
「え、別に何も。」
『私聞こえたんだ。”助けて”って声が。』
「悠子か香織じゃあないのか?」
『いや違う。か細い…どこか悲しげな声だった。・・それに』
「それに?」
『すすり泣きみたいな声が、聞こえたんだ』
「レイコさんのか?」
『多分な、それで気になってもう一回戻ったんだ。』
「よく行けたな。何か分かったのか?」
『ああ・・、それで兄貴に頼みがあるんだ。』
香織と悠子の声が近づいてくる。
茜は明彦に耳打ちをした。
「どういう意味だ?!もしかして・・・。」
暗闇の中、茜が頷くのが明彦は分かった。
教室のドアが開き、香織と悠子が入って来た。
「もう、トイレに行くのも命がけね、香織ちゃん」
「そうね、茜のせいだからね。」
二人は茜を睨んだ。
明彦は暗闇の中携帯をいじくっている。
「香織隊長!明彦君がこんな時にラブメールを送ってます。」
悠子が場を和ませようと冗談風に言った。
「送ってねえよ・・・。」
携帯が鳴った。
「おっ返信が来た!」
「こんな時に誰とやってるの?・・まさか城ケ崎さん?!」
香織は軽蔑の目を明彦に向けた。
「お前らなぁ、新聞部員だよ。」
「ドラゴン先生のこと?」と、悠子。
「ん・・ん、まあそんなとこかな。」 明彦は言葉を濁した。
「それはそうと、いつまでこんなとこでレイコさんを待つの・・・先生に見つかったら謹慎ものよ。」
「レイコさんが現れるまで・・。」と、茜。
「現れなかったら、朝までいるの?!」
皮肉な口調で香織が言った。
「現れるよ」と、明彦。
「その自信は、何処から湧いてくるのかな?それに、怖い思いはもうしたくないわ。」
香織は悠子を見た。
「私も・・。」 悠子が同調した。
「本当に怖い思いをしているのは、誰だろうな。」
「明彦君、どういう事?」
「悠子、今に分かるよ。」
「しっ!!何か聞こえる。」
茜が緊張した声を出した。
”ズル・・ズル、ズルズル・・”
「う、うそ!何か聞こえる?・・へ、蛇?!」
闇の中悠子は両耳をふさいだ。
何かが廊下を這っている音がする。しいて言えば、大きな蛇がクネクネとしながら、近づいて来る感じだ。
「頭が、・・頭が痛い。」
今度は香織が頭を押さえしゃがみこんだ。
”ズルズル・・ズルズル・・ズル・・”
教室のドアの前で音は止まった。
「いやだ、いやだ・・茜ちゃん、明彦君。」
悠子は二人を探した。
しかし、闇の中二人の姿はない。
「香織ちゃん?!」
香織は頭を押さえてしゃがんだままだ。
「ぎゃぁ~!」
悠子は見た。ドアの向こうに、廊下の薄明かりに浮かび上がった・・おぞましいレイコさんの顔を・・・。
私の居場所 1
終わり