補習教室
その日は、朝からシトシトとした雨が降っていた。
夕刻、興南高校の校舎の屋上から、女生徒が虐めを苦に投身自殺をした。
学校側はその後の調査で、虐めの事実を把握したにもかかわらず、遺書が無かった事を幸いに事故として処理をしたのである。
それから数ヵ月後、その女生徒の幽霊が夜の校舎を徘徊してるとの噂が流れ、その高校の怪談は生まれたのであった。
それから数年後・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・遠くで雷が鳴っている。
学期末試験の終わった三月初旬、興南高校の補習教室では、1年1組の河部茜が現国の補習を受けていた。
「前田先生いつまで補習させるんだよ?雷鳴ってるし、もう暗いじゃん!」
「それはこっちのセリフだ。いつまで補習するんだよ・・・バ~カ!」
前田竜児は生徒から”ドラゴン先生”と呼ばれている。
「はぁ?生徒に馬鹿はないだろう・・バカは?!私が現国で良い点を取れないのはドラゴンの所為だろう。」
茜は毒づいた
「あのなぁ・・・どれだけ俺の教え方が悪くても、今回のテストでは80点は取れるだろう?!二択問題なんだぞ。それでお前は何だ?0点?!どうした日本人辞めるか?!・・・えぇ?!」
前田はため息を付いた。
「うるさい、寝てたんだよ!」
「テスト中に寝るな!」
「眠たいんだよ、こっちは・・」
茜は大あくびをしながら続けた。
「・・・16歳の乙女の気持ち、おじさんに何がわかるってんだよ!」
「誰がおじさんだぁ?俺はまだ26だ・・・。」
前田はまた溜息を付きながら茜を見た。
「ったく、わかったよ10点だ!10点でいい・・10点取れば帰してやる。」
「は?無理無理。」
「何でだよ!1問1点だぞ、10問当てれば帰れるんだぞ?!」
前田は不思議がった。
「ここで茜ちゃんクイズ!どうして私は、1問も問題を解かずに駄々をこねているのでしょう~か?はいドラゴン答えをどうぞ!」
茜は茶目っ気に前田を見た。
前田は黙ったまま茜を見つめていた。
「・・のり悪いなぁ・・・。」と茜。
前田は教室の中を歩きながらまた溜息をついた。
「もう何でも良いから、どれかマルをつけろ!・・なっ?それで自由になれるんだ。」
補習教室の時計の針は5時15分を指している。
茜はニヤっと笑いながら、前田の顔を覗き込むように。
「ドラゴンが先生として、言ってはいけない事を言ってる。」
「お前はいつもそうやって、一人で馬鹿騒ぎして周りに迷惑かけてんだから・・この前、お前の担任が愚痴ってたぞ。」
「はぁ?何だよそれ。私はクラスのムードメーカーとして・・・。」
「トラブルメーカー!」
間髪を入れず前田が言った。
「どう言う意味だよ。」
茜がふてくされた時、補習教室のドアが開いて相原香織が入ってきた。
「先生・・・?!。」
「あ、香織!」
茜は振り向きながら言った。
「あれ、茜まだ補習してんの?」
「見ての通りよ。」
「うん、見ての通りバカだね・・あっ先生!」
香織は茜に軽蔑の色を浮かべながら、前田に視線を移した。
「どうした相原?」
「1組の提出物を持ってきました。」
そう言って香織は書類の束を前田の前に置いた。
「おお、御苦労さん。相原って国語係だっけ?!」
「一人お休みで、ひとりは・・・。」
香織はそう言いながら茜を凝視した。
茜は両手で耳を塞ぐ。
「もう一人は河部 茜。」
前田は頷きながら呟いた。
「バカと言うなドラゴン!」
「事実でしょう!?」
香織は嘲笑った。
「もう何なんだよ・・。」
茜は机の上に顔を伏せる。
前田はそんな二人のやり取りを見ながら、どこか遠くに視線を移すように。
「・・・もう一人は確か、中倉だっけ?!」
「あ・・はい。最近休んでるんですよね。先生何かご存知ですか?」
香織は心配顔で前田に聞く。
「いや、俺はあんまり知らないが・・・」
前田は右手を額にあてて教室の中を歩き回っている。
「・・・担任とカウンセラーに何か相談してたらしい。」
「カウンセラーって・・何かあったんですか?」
香織は前田の次の言葉を待った。
「俺も心配だから聞いてみたんだけど、部外者だからって教えてもらえなかった。」
前田の顔に少しだけ後悔の色が走った。
「そうですか・・・。」
香織はなにか胸騒ぎを感じるのであった。
「ゆっこ登場!」
補習教室のドアが開いて、天然系の斎藤悠子が入ってきた。
「おお、ゆっこじゃん。」
茜は机から顔を上げながら笑顔を見せた。
「どうしたのゆっこ、こんな時間に。」
香織も振り返ってゆっこを見た。
「あれ、お前たち知り合いか?」
前田は三人を交互に見ながら言った。
「私たち中学が一緒なんです。」
最後に前田と目があった香織が答えた。
「クラス離れちゃったけど、一緒にご飯食べてるもんな。」と茜。
「ねぇ~」と悠子。
天然系の悠子とバカ?の茜は気が合うらしい。
「相原はともかく、河部と一緒にいたらバカが伝染るぞ。」
前田は顔は笑っていたが、口調は真剣そのものだった。
「みんな何してるの、談笑たの?」
悠子は茜を一瞥しながら聞いた。
「茜は補習!私は先生に提出物を持ってきたの・・・。」
「補習?!」
悠子は茜をまた見た。
「おう、現国の追試・・・てか、香織何点だった?」
茜は香織にふった。
「現国・・百点だけど。」
「あっそう!ゆっこは?」
「ゆっこはねぇ、92!・・ドラゴン先生ひどいよ~。百問も解く集中力ゆっこにはないよ!」
悠子は精一杯甘えた声を出した。
前田は少したじろぎながら、「ははは、まあ今回は授業ちゃんと受けてて、集中力ある奴なら誰でも解けるようにしたから、今回はみんな80超えって思ったんだけど・・・まあ案の定出るわな追試者!」
そう言って前田は茜を睨んだ。
「まあ私の手にかかれば、どんな問題でも赤点だからな。」
「誇らしげに言うな。さっさと解け!!」
「うーーっす・・・。」
茜は問題用紙を見て頭を抱えた。
そんな茜を横目で見ながら香織は悠子の方に向き直り。
「・・・ゆっこは、今まで何してたの?」
「友達と話してたの・・・その時話題になったんだけど、レイコさんって知ってる?!」
「え?レイコさん!?」
香織が青ざめた。
「あれ、香織ちゃん知ってるの?!」
「ん・・ああ~ちょっと聞いたことあるなぁ・・って。」
香織は曖昧に言葉を濁した。
「俺は全然だな、教師間でもそんな話題でた事ないし。」
前田が二人の会話に口を挟んだ。
悠子は前田の方に振り返り。
「先生も知らないかぁ~。レイコさんはね、この学校の15期生の生徒なんだけど、昔虐められてそれを苦に自殺しちゃったの・・・。」
「そ、そんな、生々しい話聞いたことないぞ・・・。」
前田の背中をなにか冷たいものが走り抜けた。
「それがですね、先生。」
悠子は前田の顔を見つめつつ話し始めた。
「この学校も昔は汚いことをしてたらしくて、虐めで生徒が自殺したのを隠して・・・事故として取り扱ったって理由ですよ~!」
「そんなこと、この学校に出来るの?」
香織が口を挟んだ。
「ん~~!でも自殺かどうかも微妙なんだけどね。屋上から飛び降りたって噂が流れてるけど、本当は雨が降っていて、それで足を滑らせて転落したとも言われてて・・・。」
悠子は首を傾げた。
「なるほどな。それで、学校側が事故死にしたわけか!」
前田が二三度頷いた。
「そうなんですよ!それで、レイコさんの怨念がこの学校に取り付いて、生徒や先生に仕返ししてるって・・・。」
悠子は前田の顔を凝視した。
「えええっ・・・、先生にも?!」
「はい!やっぱり、事故って決めつけた先生方が許せないんじゃないんですかね~。」
悠子の前田を凝視している顔が、意地の悪い笑顔になった。
香織はそんな二人のやり取りを横目で見ながら。
「・・・でも、15期生って5年前の話でしょう?!なんで今頃??」
「何か最近出てるらしいよ~。ゆっこのクラスの子も何人か見たって最近休みがちなの・・ほら、原田さん桑原さんとか。」
と悠子。
「そういえば、時々早退しているな。」
「あと1組の中倉さん・・・レイコさんに襲われて、学校にこれなくなったみたい。」
悠子は話し終えたあと身震いをした。
「・・レイコ・・さん?!」
香織は口の中でポツリと呟くのであった。
何かを引きずっているような足音が、補習教室に近付いて来ているのを、その時の四人は気付かなかった・・・・・・・・・・・・・。
最も、河部 茜は寝ていたのだが・・・遠くで雷が鳴っている!
つづく
私の娘が演劇用に描いた台本を下に、一応娘の了承を経て、私が加筆修正をしたものです。