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魔窟にて

 紅蓮の炎が彗星の如く夜を裂く。

 だがその光景を目にしているのは、紅蓮の騎士に扮した少年・大輝と、不思議な老人・葛葉博士の二人だけだった。

「さすがに空を飛ぶと目立ちすぎる。あまりマスコミにニュースを与えてやるのも勿体ないし、お前も気になるだろう。特別に姿を消してやる」

 本当に誰にも見られていないのだろうか、と大輝はドキドキするが、老人の言うことは今のところどれだけ突飛であろうと真実だったので、信じることにした。

 色とりどりの屋根が眼下を高速で通り過ぎて行く。その中には友達の家もあった。

 飛行機に乗ったこともない大輝は、自分が鳥の見ている景色を見れるだなんて、一度も考えたことがなかった。最初はあまりの高さに腰が抜けそうになったが、慣れるとそんなことを考える余裕が出来ていた。

 しかし大輝に掴まることもなく、腕を組んだまま大輝の隣を白衣をはためかせながら並行して飛んでいる老人を見ていると、その余裕もどこかへ吹き飛んで不思議な気分になりそうだった。

 ――数分前、レクリエーション広場。

 てっきり敵は三人だけだと思っていたら、それを物陰に隠れて観察していたもう男が居た。

 老人はその男、三田を捕まえるなり、木島にやったのと同じ"質問"を行った。この間大輝は頭を抱え、時が過ぎるのを震えて待った。

 だが老人の"質問"により敵の本拠地を知ることができた。二人はそこへ向かっている真っ最中だ。

「…………」

 大輝は無言だ。マスクの下の表情は険しく、焦りが透けて見える。

 今にも崩れ落ちそうな勇気を、"七海を助けたい"という一心で繋ぎ止めている。戦いと緊張により、心と体の疲労感は既にピークに達しているのだが、本能がそれを忘れさせていた。

 景色が段々と住宅街から離れ、家がまばらになる。

 入れ替わるように緑が増えたかと思うと、先の方に工事現場が見えてきた。

「博士、あそこ!?」

「そのようだな」

 大輝は三田から聞き出した情報を思い出す。

"――い、遺跡だ。使える儀式が残った状態の遺跡がある土地を買い取って、カモフラージュでビルを作ってる。お、"音叉"を見つけたのは全くの偶然だ。俺たちは行く先々で微弱な波動を起こして反響を調べてて、たまたまあの女の子を見つけたんだ――"

 たまたま七海が"音叉"とかいうわけのわからない体質で、たまたま儀式とかいうわけのわからないのがあった。

 そんな納得のいかない理由で七海が死ぬなんて、絶対にあっちゃいけない――大輝の胸で、滅多に灯ることのない怒りの炎が燃える。怒りが強まるのに呼応するように、翼の炎も火勢を増して加速する。

 目的地との距離がどんどん縮まり、あっという間に工事現場に辿り着くと、二人は入口の手前に着地した。

「さーて、小僧。気を引き締めろよ。ここから先はさらに抵抗が苛烈になる。相応の覚悟を用意しておけ」

 ゆらりと二人が姿を現す。

 どこか楽しげな老人を見上げながら、大輝は、

「うん――」

 と、頷いた、その瞬間、

「――――はぁあッ!!」

「――うわあぁっ!!」

 女の掛け声に合わせ、高速で電撃が大輝の体を駆け抜ける。

「やれぇッ!!」

「うぉおおおおおっ!!」

 続けざまに、二人、三人と男や女が飛び出して来て、電撃・火炎・氷塊・暴風の猛攻が降り注ぐ。

 攻撃は大輝に容赦なく突き刺さり、思わず蹲ってしまう。

 一方の老人には一つとして攻撃が当たることなく、全て命中の寸前で掻き消えてしまう。

「こんなところで時間を浪費している場合じゃないぞー。さっき戦ったようにやってみろ」

 凄まじい轟音の中で、大輝は必死に老人の言葉に従って立ち向かおうと顔を上げ、敵を見据える。

「えと、こ、こんな時は……チェーンジ!ゴールデン・フォームッ!!」

 突然の大輝の変化に敵が狼狽え、攻撃の手が一瞬休まる。

「うっ!?」

「気を付けろ、何か仕掛けてくる気だ!!」

 眩い黄金の光が大輝を包む。敵は怯むが、すぐさま攻撃を再開する。

「どけどけぇ、行くぞぉッ!!はぁ――――ッ!!」

 後ろに控えていた男が、巨大な雷撃の槍を大輝目掛けて解き放つ。

 ドドン、という地響きを伴って一目散に大輝に落雷。

「よぉし、命中!!」

 バチバチと輝く雷光を睨みながら、男がガッツポーズをとる。

「気を抜くな!まだ老人が居――な、なんだと!?」

 言いかけた敵の一人は、落雷地点から黄金の塊が猛スピードで一直線に飛び出したのを見て、目を見開いて驚いた。

 その手には先ほど確かに命中したはずの雷撃がしっかりと握られており、大輝はそれを――、

「トライデント・コレダーッ!」

 ――槍投げの要領で投げ返した。

 電撃の槍は途中で三又に分岐し、一撃で三人に命中。

「ぎゃッ!!」

「がぁ!!」

「きひぁッ!!」

 三人は痙攣しながら地面に倒れ込み、戦闘不能になる。

「よ、よし――うわぁあッ!!」

 その間も敵の攻撃は絶え間なく続いていた。

 大輝は萎縮しそうになるが、唇を噛みしめながら立ち向かう。幸いにもスーツのおかげでダメージは一切ない。

 七海を助けたい――それを思い出す度、挫けそうになる心に勇気が灯る。

「ライデン・ハルバード!!」

 ハンマーの時と同じく、どこからともなく黄金のハルバードが出現した。大輝が柄を握った瞬間、ハルバード全体にバチバチと紫電が走る。

(セイマンだったら、こんな時は――)

 大輝はテレビでのヒーローの活躍を思い出す。

 こういう時、セイマンならどう行動するだろう?そう考えると、大輝の体が自然と動く。

「ほぅ……あいつ、ああ見えて案外馴染むのが早いな」

 無意識のうちに大輝は、自分自身をヒーローのセイマンと同化することで、戦いに適応を始めていた。本人は全く気が付いていないが、老人はそれを感じ取っていた。

 大輝はハルバードの切先を敵に向ける。得体の知れない動作に後ずさり、警戒を露わにしながらも攻撃の手は緩めない。

「くっ……ま、マリス・ミラー!!」

 ハルバードの表面を覆っていた黄金が、切先からお椀のような形となって広がってゆく。

 黄金の椀の中に引き寄せられるようにして、敵の攻撃が収まってゆく。椀の中に捕えられた攻撃は、何故か消滅せずに活動を続けていた。

「わっとっと……」

 ふらふらとしながらも、大輝は何とか攻撃を受け止めた。その様子に、さすがに敵も手を止める。

「何かヤバいぞ。防御態勢だ!!」

「――リフレクト!!」

 大輝は黒光りするハルバードに力を込める。

 すると受け止めた攻撃が巻き戻しのようにして飛び出し、術者の下へと逆走を始めたのだ。

「な……くううぁあッ!!」

「ぐああぁあっ!?」

 辛うじて避けた者、受け止めた者も居たが、何人もが意表を突かれて倒れてゆく。

「小僧。律儀に付き合う必要はない。一気に行くぞ。ウォーター・フォームだ」

「う、うん!チェーンジ!ウォーター・フォーム!!」

 青い輝きの直後、今度は黄金から深い海のようなメタリック・ブルーの姿に変わった。

「あ……あいつら何者だ!?さっきから、一体何なんだ!?」

「いいから手を休めるなッ!!」

 叱責をする男の顔にも、明らかな焦燥が浮かぶ。

 あれだけの攻撃を物ともしない子供らしき鎧の男と、そもそも一切の手応えが感じられない余裕綽々といった調子の不気味な老人。

 攻撃はするだけ無意味かもしれない、という嫌な予感を振り切るように、全力で攻撃を続けるしかなかった。

 だがそんな思いも、すぐに終焉を迎えることとなる。

「ターコイズ・ストームッ!!」

 大輝の周囲にシャボン玉のように水が湧きあがる。最初はほんの少しだけだった水も、ものの数秒で直径十メートルもの巨大なボールとなってしまった。

「…………ッ!!」

 絶句する敵に更なる追い打ちをかけるように、巨大な水の塊は砕け、竜巻のように吹き荒れて周囲の敵を薙ぎ倒してしまう。

「ぐああッ!!」

「うあぁあぁああっ!!」

 阿鼻叫喚もすぐに収まり、やがて場を静寂が支配した。

 十数人の魔術師は、たった一人の手によって蹴散らされてしまったのだ。

「上出来だ。行くぞ」

「……うん」

 建築現場の入口に着くと、後ろに広がる光景をちらりと見てから、心の中で「ごめんなさい」と謝ると、大輝はまた走り出した。


 ビルの内部はしぃん、と静まり返っていた。表に居たのが全人員で、他にはもう人っ子一人残って居ないのではないか、と錯覚してしまうほど静かだった。

 入口と一階には粗末な電燈が灯っていたが、上の階には一切明かりはない。

「七海、どこに居るんだろう……」

 大輝は敵が上で明かりを消して待ち伏せしているのだと思い、急いで上へ向かう階段を探そうとしたが、

「おい、小僧。どこへ行く気だ?」

 と、老人に制止されたため、勢い余って転びそうになった。

「うわっと……って、早く階段探して上に……!!」

「上?上には誰もおらんぞ。行くのは……」

 そう言って老人は真下を指差す。

「へ?下…………あ、地下室!……でも、どっちみち階段探さなくちゃ」

「いや面倒だ。……敵も待ち伏せしているだろうしな。小僧、またガイア・フォームに変身しろ」

「え?……う、うん。チェンジ!ガイア・フォーム!」

 悠長にしている場合ではなかったが、大輝は老人の言葉に従い素直に変身した。

 老人は無意味なことは一度もしない。何かしらいつも根拠があった。だからこそ素直に言うことを聞くのが近道だと、この短い付き合いのうちに理解していたからだ。

「えっと、これでどうするの?」

 再び紫色のガイア・フォームへと姿を変えた大輝は尋ねた。

「人間、道がある場合は自然に道に沿って歩いてしまう。待ち伏せしている時は自然とドアや窓を警戒してしまう。だが、道やドアや窓というのは、都合があって設置されているだけであり、それ自体に強制力はない。にもかかわらず、自然と従ってしま」

「ねえ、難しい話はいいから!」

 言葉を遮られた老人は、残念そうな顔をしながら渋々といった調子で、

「……せっかちな奴だ。つまり、何も道に従う必要などないということだ。ここから、誰にも邪魔されずに地下へ到達する近道は、自分で作ってしまえばいい」

 とアドバイスした。

「……あ!」

 そこまで言われて、ようやくガイア・フォームを指示された理由がわかった。

「グランド・スタンプ!」

 大輝がハンマーを取り出すのを見て老人は満足そうに笑う。

「そうだ、それが正解だ。さ、景気よくドーンと行けぃ」

 すぅ、と目をつむり一呼吸して、それからハンマーを勢いよく振り上げる。

「――パニッシュ・バンカァァァァァッ!!」

 瞬きをする間もないほどの刹那に、ハンマーは床と接触。

 床はまるでガラスのように脆く崩れ去り、その勢いのまま一階、地下一階、地下二階……と留まることなくぶち抜いてゆく。

 途中の階層には待ち伏せていた敵が見受けられたが、いずれもロケットのように地下へと突き進む大輝たちを振り向いて見送るのが精一杯で、ただ状況を理解しようとしながら唖然と立ち尽くしていた。

 地上から四回ほどぶち抜き、最後の床が砕け散り、やたらと広く古めかしい玄室のような場所に辿り着いた。

 そこに広がっている光景を目にした大輝は、思わず叫んでいた。

「なっ……七海ぃぃぃいいぃっ!!」

 奇妙な丸い台座の上に設置された十字架に七海が縛り付けられていた。

 その周囲を何人もの男女――間違いなく敵――が取り囲んでいる。

 だが、その場に居合わせた者全てが七海ではなく、闖入者に目を奪われて見上げていた。

 どぉん、という轟音と共に大輝は着地する。

「ちっ……中断だぁ!全員、一旦距離を取れ!!」

 硬直する面々の中、誰よりも早く状況を理解した一宮が叫ぶと、弾かれたように全員が動き出す。

「お前たち……七海が生きてなかったら、許さないんだからなっ!!」

 大輝は溢れそうになる涙を必死にこらえながら、手にしたハンマーを振り回しながら七海の下へ走った。


 一宮は一心不乱に走る大輝に、あえて誰にも手出しさせないで傍観していた。

 床全部を破壊してここに至るだけの力量と、そこから考えられる屋外部隊の全滅という事実を鑑み、無意味に部下を消耗するのは悪手であると考えたからだ。

(あいつが例の……。……力はあるが、戦い方がクソみてぇだな。鎧装結界を構築できるだけの力を持ちながら、慣れてないつーのも奇妙な話だ。背格好や声の感じ、何より"音叉"のガキを助けに来たっつーことは……さっき言ってたカレシかアイツ?)

 大輝の観察を終えた一宮は、続いて未だ土煙の中に居る、妙に優雅で落ち着いた佇まいの老人に視線を移す。

(あの感じ……あれが三田を拷問したヤローに間違いねえ。しかしありゃあ、一体何者だ?……ひょっとすると、あいつが黒幕で……あのガキの鎧装結界を構築してる?だとすると、何のためにだ?つーかんなこと出来んのか?……ひとまずガキは抑えて、それからあのジジイに聞いてみるか。うまく行けば、戦わずに済むかもしれねえな)

「……いいかおめーら。俺がやるまで動くんじゃねえぞ。とりあえずあのジジイはほっといていい。狙いはガキだ」

 小声で仲間に指示を伝えると、一宮はまた大輝の観察に戻った。


「七海っ!……ああもう、邪魔だな!!」

 目をつむったまま力なく十字架に張り付けられていた七海に近寄り、大輝は力任せにロープを引き千切った。

「な、なな……み……?」

 七海は安らかに目を閉じたまま動かない。

 大輝は全身の血液が遠ざかって行くような恐怖に駆られる。

「お、おい。おい!七海ぃ!!」

 歯の根が合わない。大輝は七海の肩を思い切り揺さぶった。振動に合わせて、体がガクガクと動く。

「起きろよ七海ぃッ!!!」

「――うるっさいなぁ、バカ!!」

 パチン、と頬を叩かれた。しかしスーツのおかげで何の痛みも感じない。

 それなのに、大輝の目尻からは涙が零れ落ちていた。

 目の前の七海は叩いてすぐに「いったーい」と無邪気な声を漏らした。金属質なスーツを力いっぱい叩いた所為で、却って自分の掌がヒリヒリとしていたからだ。

 寝ぼけ眼をこすりながら、よくわからないまま抗議する。

「もー、言われなくてももう起きる……って、え?だっ……誰!?」

「…………な」

「っていうか私、確か、攫われて……うわっ!!」

 七海は力いっぱい抱きしめられて、言葉を失う。

 スーツ越しには何の温もりも感じられなかった。

 だけど七海がちゃんと生きていたという実感は、スーツ越しでもしっかりと感じ取れる。

「なっ……七海ぃ~!!よっ、ぼく、うっ、よかったよぉ~……!!」

 大輝はもう何を言っていいのかわからなかった。

 安心と嬉しさが涙に姿を変えて、まるで代弁するかのようにぼたぼたと溢れだしていた。

「えっ……て、嘘っ……あんた……だ、大輝ぃ…………?」

 情けない声を聴いて、七海はハッとなった。

 それは、自分が何よりも聞きたかった、慣れ親しんだあの声だった。

 目の前の鎧を見ながら、そう言えば見覚えのある恰好だと七海は気が付いた。

 幼稚園の頃、買い物に行った両親が帰って来るまで大輝の家で留守番をしていた時、隣の大輝が食い入るように見ていたヒーロー番組を思い出したのだ。

「え、嘘っ……本当に、大輝なの……?」

 幼馴染がこんな恰好をしているなんて、そう簡単に信じられるはずがなかった。

 しかもここは、得体の知れない魔術を使う大人たちが居るような場所だ。意気地なしの大輝が自分のために来るだなんて、夢にも思わなかった。いや、ひょっとしたらまだ夢を見ているのかもしれない――そう七海は思ってしまうくらいに、現実感がなかった。

「うん、僕だよぉ……。……さっきはゴメン、あんなひどいこと言って……!!」

 "さっきの出来事"――その意味を知っているのは自分以外だと、大輝しかありえなかった。

 ようやく目の前の緑の騎士が大輝であると心が認識すると同時に、泣き腫らした真っ赤な目が潤みだした。

「だっ……大輝ぃ~~~~……!!」

 大輝に負けないほどの大粒の涙が溢れだす。

 さっき一生分泣いたと思っていたのに、どこからこんなに涙が湧いてくるのか、自分でも不思議だった。

「こ、怖かったぁ……寂しかったぁ……!!」

「僕も、ヒック、こ、怖かったよぉ……!!」

 思いつく言葉をただ相手にぶつけながら、二人は再会を喜んだ。

 あの瞬間。

 夕暮れの公園での最悪の別れから、もう何年も過ぎてしまったと錯覚するほど、長い別れのように思えた。二人にとって、一緒に居ることがそれだけ当たり前のことだったのだ。

 だけど今、二人の両手の中に求めていた相手が居る。

 敵地の真っただ中であることも忘れて、二人はしばしの喜びに浸った。


「……なんか、いいシーンッスね」

 厳つい容姿に似合わず、髭の男が目を潤ませて鼻をすする。

「馬鹿かてめえは!!」

「あだっ!!」

 一宮はあまりにも暢気な部下の頭に拳骨を落とした。

 咳払いしてから、老人を一瞥する。

 老人は相変わらず余裕たっぷりの表情で、まるで「勝手にどうぞ」と言わんばかりに、腕を組んだまま顎をしゃくってみせた。

 そんな老人の態度に一宮は怒るでもなく、大輝たちの方に乾いた拍手をしながら向き直った。

「さーて……お二人さん、涙の再会はもうタンノーしたか?」

 敵地の真っただ中に居るという現実に引き戻す一言を受け、二人の顔が途端に強張る。

「おっ……お前が……七海をさらったのか!?」

 鼻をすすりながら、大輝は七海を庇うように一宮との間に割って入る。七海はそんな大輝を心配そうに見上げた。

 七海は恐怖の所為で、自然と大輝のスーツの袖口を掴んでいた。

 スーツ越しに彼女の震えが伝わり、大輝は自分の中で怒りが大きくなるのを感じ取っていた。

「俺はさらっちゃいねえよ。さらったのは部下だ。だが、それを指示したのは俺だ」

「そんなの同じだ!」

「まあなんでもいいんだけどよ。どのみちお前が文句言いたいのは俺なんだろ?ん?」

 言葉だけ見れば軽薄そうだが、口調と態度はあくまでも淡々としていた。一宮は冷静そのものだった。

「七海をさらった理由は、もう知ってる!そんなわけわかんないものを作り出すのに、七海を使わせたりなんかしないぞ!!」

「大輝……」

 未だかつて七海は、大輝の勇敢な姿なんて見たことがなかった。彼が困っていれば自分が助け船を出すのがお決まり。周囲が言うように、半ば弟みたいなものだと思っていた。

 だけど、目の前の大輝は、本当にヒーローのようだった。

 いや――七海にとっては正真正銘、命がけで助けに来てくれたヒーローに違いなかった。

「そーか、やっぱバレてんのか。……じーさん、大方、そりゃあんたの入れ知恵だろ?」

 一宮が老人へ振り返った瞬間、大輝はすかさず、

「――アース・パイロンッ!!」

 容赦なく攻撃を繰り出す。

 地響きが猛スピードで一宮に迫る。が、彼は、

「うるせぇなぁ。ちっと黙ってろ」

 ゴッ、と地面から飛び出した岩石のスパイクを、振り向くことなく滑らかに避けた。

「――ぅわぁあっ!?」

 さらに、大輝の体が突然地面に押し付けられ、身動きが取れなくなる。

 まるで象にでも踏まれているかのように、全身が床にめり込んでしまっていた。立ち上がろうとするが、体が重くて動けない。

「だ、大輝ぃっ!!」

 七海が心配して大輝に駆け寄る。

 何とか体を引っ張り出そうとするが、七海の力では大輝の腕すら持ち上げることができない。

「さて、爺さんよお。こう見えて俺もそこまで馬鹿じゃねえ。あんたが俺より……俺の部下たちが束になったって太刀打ちできねえような奴だってことくらい、一目でわかる。それにあのガキの変な鎧、ありゃあ鎧装結界だろ?それも、あんたが与えたもんじゃねーかと読んでるんだが――違うか?」

 一宮の的確な読みに、老人は素直に感心して拍手する。

「ほう、察しがいいな。正しくお前の言う通りだ。私は貴様らよりも遥かに強いし、鎧装結界を提供したのも私だ」

「なるほど、やっぱりなぁ。これであのガキが実力の伴わない魔術が使えるっつーことに納得いったぜ」

 ちらりと大輝の方を見ると、抑え込む見えない重圧に抗おうと必死にもがいていた。すぐに一宮は老人に視線を戻し、続ける。

「俺が気になってんのはな、なんでそれだけの力を持ってるやつが、あんなただのガキに肩入れしてんのかってことだ。大方あのガキはカノジョが拉致られたから助けるために来たっつーのはわかる。が、爺さん。あんた、そんだけの実力がありゃあ俺らだけを一瞬でブチ殺して、"音叉"のガキを連れ戻すくらいわけねーはずだ」

「そうだな。朝飯前だ」

「じゃあなんでだ?爺さん、あんたの目的が見えてこねー。俺らを直々に殺すっつーんだったら、サドでもねえ限りここに到着した瞬間に出来んだろーが……そんな気配は微塵もねえ。かといって"音叉"のガキをあんたが手に入れて賢者の石を作ったところで、あんな鎧装結界作っちまうような実力のあんたの割に合うとは思えねえ。これは勘だがよ……俺はあのガキの鎧装結界の媒体が賢者の石じゃねーかと踏んでんだ。あのガキが自分の意思で結界を操ってる以上、んなこと出来そうな方法っつーと、それくらいしか思いつかねえんだわ」

「ふーむ。なるほど、いい読みだ。よし、答えてやろう。私が"音叉"を手に入れ賢者の石を作り出したところで、確かに二束三文にしかならん。私ほどの魔術師になれば、なんの補助も必要とせずに賢者の石くらい作り出せる」

 老人の言葉に周囲がざわつく。一様にその表情には、困惑や恐怖の色が滲んでいる。羨望の眼差しといったものはなく、誰もが化け物を見る目つきで老人を眺めていた。

 ただ一人、一宮だけは自嘲気味な笑みを浮かべて、

(マジかよ……いや、ハッタリじゃなくてマジだよなぁ……。予想してたとはいえ、それがホントっつーのは……きっついぜ、マジで)

 と、嫌な予感の的中に一人諦めにも似た感想を心で述べていた。

「私の目的についての答えはやらん。が……まあヒントくらいはくれてやろう。その前に、貴様に問う」

「なんだ?」

「貴様が賢者の石を求めるのは、深淵への到達を目指してのことか」

 一拍置いてから、

「……そうだ。わかるだろう、あんたにも。そのためには、力が必要だってことくらい。俺らはまだ三流だ……そんくらい自覚してる。意外と謙虚で勉強熱心だろ?」

 肩をすくめるようにして笑う一宮に老人は笑い返す。

「貪欲に求めるその意気やよし。なに、私が貴様を直接邪魔立てする気はないし、その思想・行動を否定する気もない」

 つまり、間接的には邪魔をするということだ。言葉の意味を察した一宮は、しかし敢えて何も言わない。

「で?ヒントっつーのは何を教えてくれんですかねえ?」

「ふむ。貴様が篤学の士を自負するならば、相応の知識がある、あるいは知識に到達する可能性がある。ならば、私は――"ストリーマー"という役目を負っている、というのが、私からのヒントだ」

「ストリーマー……?」

 老人が発した言葉の意味は、場の誰にも理解できなかった。もちろん、一宮にもその意味はわからない。

 だが老人はそれ以上は何も教えてはくれない。故に一宮は、自分で考える以外に道はない。

(ストリーマー……そもそもなんだ、ストリーマーって?ストリーマー、ストリーム……何かあったっけか……ストリーム……流れと何か関係が――)

 だが一宮の思考を、

「うぅっ――あ、アース・パイロンッ!!」

 大輝の必死の叫びが妨げた。

「だからぁ、無駄だっつって――」

 イラついたような、呆れたような態度で大輝へと振り返る。

 が、そこで繰り広げられた光景は、さすがの一宮にも予想外だった。

 大輝の放った攻撃は一宮を狙ったものではなく――土の槍は、術者である大輝自身を容赦なく突き上げたのだ。

「やだ、大輝!?」

「ぐぅあぁあッ!!」

 痛みはないが相応の衝撃を受けて大輝は声を漏らす。

 しかし、自殺行為にも思えるその行動によって、大輝は不可視の拘束から脱出したのだった。

「ガキがッ――」

「――――やめろ」

 反射的に攻撃を仕掛けようと身構える部下たちを、一宮は静かに制止した。

 普段の砕けた態度が一切感じられない口調に、部下たちは固まったように動けなくなる。

「……はぁっ……はぁっ……」

 肩で息をする大輝を一宮は真っ直ぐに見据える。不敵な表情をしているが、その目は真剣そのものだ。

「……大輝っつったか、お前」

「……え?……う、うん」

 突然の問いかけに、思わず大輝は答えてしまう。言ってから、別に名乗る必要はなかったんじゃと思い直すが、もう遅い。

「俺はな、正直言ってお前を舐めてた。実力がねーくせに、アホみたいにスゲえ力でデタラメに戦ってるだけの、しょーもないガキだと思ってた」

「……だ、だからなんだってんだよ」

「だが今の行動。乗り込んでくるだけでも命知らずだが……自分を省みねえ、無謀とも言える勇気を持った行動。俺はそいつに、一瞬だがビビッちまったのよ」

「……?」

 大輝には敵が何もせずに自分に語りかけてくる理由がわからなかった。今なら攻撃を仕掛けようと思えば仕掛けられるのだろうが、淡々と語る一宮に圧倒されて動くことができない。

「俺の名は一宮宏之だ。なんで名乗った?って顔してるが――いや、顔は見えねえから勘だけどよ――、それはな、俺は今、お前を一人前の男として認めたからだ」

「お、お前に認められても、別に嬉しくなんかない!」

 言葉ではそう言いつつ、実際そう思っているのだが、心のどこかで褒められたことを嬉しいと思う気持ちも確かにあった。だが今の大輝に、それを自分で認めるだけの度量はない。

 そんな大輝に、一宮は口の端を吊りあげる。

「つれねえこと言うなよ、大輝。――よし、決めた。大輝、お前と俺、一対一のガチバトルだ。お前が勝ったら、そのガキは返してやる」

「――――ッ!?」

 思いもよらない提案に大輝は身構える。

 胸中で、一宮の魂胆はなんだろうと考えるが、大輝が考えたところで答えは思い浮かばない。

 そんな大輝の考えを見透かすように、一宮は口を開く。

「ひょっとして疑ってんのか?まあ無理もねえが……大輝、お前が信じる信じないは自由だが、俺は嘘はつかねえ。こいつらが手出ししやがったら――お前が何かするまでもねぇ、俺がボコボコにしてやるぜ」

「……でも、もし僕が勝ったら、その人たちが襲ってくるんだろ?」

「そうだなぁ……なあ爺さんよ」

「なんだ?」

「もし俺が負けた時に、こいつらが手出しするようだったら、あんたがどうにかしてくれねえか?」

「なっ……!?」

 この提案には、大輝や七海、何よりも部下たちが一番驚いていた。

 老人は驚愕する面々を傍目に笑みを浮かべ、

「よかろう。貴様の言うような事態になった際は、私がなんとかしてやる」

 自信満々に約束を了承した。

「大輝よぉ、これでもまだ信じられねえか?ん?」

 一宮はおどけたように両手を挙げて見せる。意表を突いた提案の連続だったが、ここまでお膳立てされては大輝に断る選択肢はなかった。

「う――」

「だ、大輝ぃ!!」

 うん、と答えかけた時、すぐ隣で座りこんでいた七海が遮った。彼女の目には、うっすらと涙が浮かんでいる。

「ねえ、もうそんな危ないことしないでいいよ……逃げようよ」

「………………」

 必死にすがりつく七海を見ていて、きっと数時間前の大輝であれば「うん、逃げよう」と答え、旗を巻いて駆けだしていただろう。

 しかし今の大輝は、敵である一宮が認める通り、戦いを経て"少年"から"男"へと移り変わっていた。

「ごめん、七海。……僕も怖いし、逃げたい。でも、あいつらを倒さないと、きっと七海はまたさらわれちゃうから……そんなの僕は、嫌だよ。だから――今ここで戦わきゃ、勝たなきゃダメなんだ」

 言いよどむことなく、大輝ははっきりと言い切った。

「…………そんな風に言われたら、私、何も言えないじゃん……バカ」

 涙を隠すように、七海は顔を覆い隠した。しかし、実際のところは恐怖や感動の涙だけではなく、あまりにも男らしく変身した大輝の言葉を真っ向から受けて、赤面してしまっていたからだった。

 七海の様子は少し心配だったが、それでも大輝は一宮に向かって一歩踏み出す。

「――行くぞぉッ!!」

「――来いよ、ヒーローッ!!」

 大輝は紫の風と化し、一宮はそれを迎え撃つ――。



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