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僕とご主人様の日常

 僕のご主人様は、とてもめんどうな人だ。


 僕より2歳年上のくせに、自分で服を着ることもできない。靴下を履くのだって、手袋をつけるのだって左右間違えるほどだ。どうしようもない。


 毎日の語学の勉強も、帝王学の授業も、剣術の稽古も嫌がって、直前になって姿をくらます。結局、管理不行き届きだと叱られて屋敷中を探し回るのは僕だ。


「シャノ-!どこにいる?」


 ああ、またご主人様のお呼びだ。今度はどんなめんどうを押し付けられるのか。


 僕はご主人様の午後のお茶を手に、お部屋に向かっているところだった。ついさっきご主人様がご自分で「今日のアフタヌーンティーはチーズケーキと紅茶がいいな」と気取っておっしゃったことを忘れているんだろうか。


「はいはい、なんですかご主人様。僕は一人しかいないんですよ。いっぺんに用事をおっしゃられたって手が回りませんからね」


 両手が塞がっているから、僕は部屋のドアの小さな隙間に足を突っ込んでドアを開けた。行儀が悪いことは分かっているけど、ご主人様相手に気取る必要はない。なにせ、そういうことに関しては全く無関心な人だから。


「シャノ-、どこに行っていたんだ?」


「どこって、厨房ですよ。ご主人様がどうしてもチーズケーキが食べたいとおっしゃったんじゃありませんか」


 厨房の出入りは、昔から料理長が可愛がってくださるので自由だ。最近、料理長に「うちの息子の嫁になれ」と言われるのは勘弁してもらいたいが。


「ああ、そうだった。おれはチーズケーキならシャノ-が作ったものでないと食べないことにしているんだ。シャノ-の作ったチーズケーキが一番だ」


「……それはようございました。さ、こぼさないようにさっさと食べちゃってくださいね」


 僕がそう言ってテーブルの上にケーキと紅茶を置くと、ご主人様は拗ねたように僕を見上げる。


「なんだよう、せっかく褒めたのに。こういう時はにっこり僕に笑いかけて、『ありがとうございます、僕のご主人様』って可愛く言うところだろう?」

 

 ……また始まった……。ご主人様はたまにこうやって僕に絡んでくる。そして僕がそれを実行しないと一日中しつこく要求してくるんだ。


「ありがとうございますぼくのごしゅじんさま」


「だーめだよ。そんな棒読み。心がこもってない。それに笑顔がないじゃないか。どうしてそんな仏頂面なんだい」


 あーもうやだめんどくさい。こうやって僕の反応を楽しんでいるんだ。でもここで言うこと聞いてやるのは癪だなあ。こんなこと考えちゃう僕もたいがい子どもなんだろうけど、かまうもんか。僕よりも年上のご主人様が僕よりも子どもじみたことしてるんだ。


 僕はあえて取り合わないことにした。


「ご主人様、そんなことおっしゃってる暇がおありなら、リグザード先生の帝王学の授業をお受けになったらいかがです? 体調不良なんて嘘をついて授業を先延ばしにしてからもう4日ですよ。いい加減にしないともうお屋敷に来て下さらなくなるかもしれません」


 僕の言葉に、ご主人様はげんなりとした顔をした。


「うげー……おれにあの爺さんの講義を受けろっていうのか。あんな頭の堅いヤツは、おれの柔軟かつ新しい考えにはついていけないのさ」


 ぷいっと僕から目をそらしたご主人様。まったくどこまでこの人は。


「なあにおバカなこと言ってるんですか。ご主人様の意見なんて、穴だらけで突っ込みどころ満載の屁理屈じゃないですか」


「君、今おれのことバカって言った?」


「自分の意見を押し通そうと思うのなら、相手の意見もちゃんと受け入れないと。でないと誰もご主人様の意見なんて聞いちゃくれません。いつも授業の時間に同じ部屋の隅で話を聞いている僕も聞くに堪えませんもの」


「……シャノ-、君はおれの従者じゃないのか」


「そうですよ」


 そんな分かりきったことを。


 ご主人様はチーズケーキにフォークをぐさりと差すと、大きな欠片を口に運んだ。そしてゆっくりとそれを咀嚼し、いい香りの紅茶と共に嚥下すると、深くため息をついた。


「はーあ……君の作るチーズケーキはこの国一番なのになあ。それに君はおれが8歳の頃から16歳の今に至るまでずっとそばで仕えてくれた可愛い従者なのになあ。なのにどうして、そんなにおれに対して言動がそっけないんだ? おれは寂しいぞ」


 拗ねたようにそう言って上目づかいで僕を見上げるご主人様は捨てられた子犬のよう。さらさらの金髪に碧眼、白い肌できれいな声。そんな相手にこんな表情をされて言うこと聞かない人間はいないだろう。こうやってご主人様は旦那様と奥様、屋敷の使用人を騙しているんだ。


 しかし8年もの間傍で仕えてきた僕には、こんな技は通用しない。これはご主人様がわざとやっている演技なんだから。


「ご主人様やめてください。その言葉はサムいです。僕相手にやっても無意味どころか鳥肌ものなんで、止めていただけますか」


 しかし僕がこう言ってもご主人様はしらばっくれるどころか、また体調が優れないと言って帝王学の授業を休まれた。


 まったく、チーズケーキをワンホール丸ごと一気に食べて、優雅に昼寝してる人のどこが体調不良なんだか。



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