表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BLUE SKIES  作者: kimra
8/35

後悔の花(後編)

 のんびりとした歩調で、なんとか西条の家まで辿りついた時ちょうど雨が降り出した。結局彼は一度も、少年達に荷物を渡すことはなかった。

 西条に案内され広めのリビングに通される。対面式のソファにテーブル、備え付けの棚には写真が飾られていた。家族三人の写真。

「何も触るなよ。この部屋から出たら通報するからな」

「はい」

 暫くして戻ってきた西条はお茶とお菓子をお盆に乗せていた。お盆を一度テーブルに置いてお茶を二人に配ると、向かいに腰を下ろす。健斗が早速ビスケットを手に取った。

「そういえば永谷は元気にしてるのか」

 涼は姿勢よく座ったまま答える。その隣の少年は、お菓子に夢中だ。

「はい」

「そうか。元気にがんばってるなら、いい」

 西条は薄く笑った。

「永谷さんとはどういう関係なんですか」

 涼は話の流れから、軽く聞いた。しかし男の反応は違った。

「そんな風にオレの事調べてどうするつもりだ」

 栗色の髪の少年はきょとんとした後、困ったように右手の指輪をくるくると回す。この西条という男と、どう会話したらいいのかわからなかった。

「大丈夫。調べるほど西条さんに興味ないっすよ」

 お菓子を食べつくした健斗が、お茶をごくごく飲みながらにっこり笑う。西条は複雑そうに首を傾げ、暫く険しい顔で考え込んだ後話し始めた。

「永谷は昔オレの部下だった時期があって。あいつは……、向上心の塊みたいなやつだったから、足を失ってからは抜け殻みたいになってて、軍に入ったことをずっと後悔してるんじゃないかと」

 西条は伺うように二人の少年を見た。

「今は、大丈夫ですよ」

 涼ははっきりとした口調で言い切る。男は微かに目を細めた。

「あいつは、オレの性格をそのくらい疑り深くなければ出世できない、すごいですねって真面目に言ってのけたんだ。まあ、そんなオレも今は軍を辞めたんだけど……」

 そこまで話すと、はっとしたように彼は口を噤んで話題を変えた。

「それで、何の用だった?」

「あ、あのおれたち青い空を探してて。銀京には見たっていう人もいたとか」

 涼は少し身を乗り出して言った。黒いつなぎを着た少年は話に飽きたのか、立ち上がって部屋の中を見て回る。西条がいつ怒りだしてもおかしくなかった。

「ああ、軍ではよく聞くな。軍の研究所にバーチャルっていう疑似体験装置があるらしいから、それのことかな」

「ばあちゃる?」

「なんでも、まるで本物みたいに体験できるそうだ。視覚も聴覚もみんな」

 西条は身振り手振りで説明した。心なしか左手が動かしにくそうに見える。

「本物みたいに」

 栗色の髪の少年はそこが引っかかるようで、反芻すると考え込んだ。“本物みたい”ということは、“本物ではない”ということだ。

「それはどうやったら体験できるんですか」

「年に数回、希望者の中から選ばれた者の見学会があるらしいけど。何枚もの誓約書と、お前らなら親の同意書、後、試験もあるらしい」

「試験」

 涼は納得したように頷く。彼は勉強が得意な方だった。昔クロイセカイにいた頃、周りの人間を見返すという理由でひたすら努力した。幸か不幸か、それが今も彼を聡明にしている。

 ただ、試験という言葉が苦手な者もいた。

「それで、今銀京に優秀な人物が来てるから、その方に試験のための話を聞いて……」 

 ガシャという音がして、ソファに座っている二人はそちらに注目する。そこに立っている髪を刈り上げた少年の足元に、先程目に入った木枠のフォトフレームが転がっていた。

「健斗お前。バカ、謝れ」

 涼は慌てて立ち上がり、フォトフレームを拾う。仏頂面の西条におとなしそうな女性、それと少女。そこには大きなヒビが入っていた。

「試験とか、オレ無理だよ」

「そんなことはいいから謝れって」

 西条は少年たちのもとに歩み寄り、自嘲の笑みを浮かべて涼の持つそれを手に取った。そこでやっと、健斗は我に返ったようだ。

「ぎゃあ。すいません」

 薄い眉を八の字にして頭を下げる。男はひとつため息をついた。

「こういう運命ってことだ」

「亡くなったんですか」

 涼は躊躇いながら聞く。西条は口をへの字に曲げた。

「バカ言え。生きてるよ。こんなオレに愛想尽かして出ていっただけだ」

 彼はそれを手にしたままソファに戻っていった。涼もそれを追う。黒いつなぎの少年も弱った顔で、行儀よくソファに座った。

「軍を辞めたから、ですか」

 栗色の髪の少年はそう言って、しまったと思った。また難癖を付けられる、そう思ったが、西条は静かな目をしてフォトフレームを見つめていた。

「蛮民、て知ってるか」

「あ、まあ」

 蛮民は北の領土に住む一族だ。テロリストのような一族で、ずっと国とは内戦状態にあると授業でも習った。鬼のような絵が教科書に載っていた覚えがある。

「オレは戦地に行った。鬼退治くらいの気持ちで。でも」

 西条は苦悶に満ちた顔で、眉間に皺を寄せた。

「でも、相手は人間だった。髪の色も目の色も珍しくもない、見慣れた色をしていた。子供が紛れていて、オレは逃がそうとした。うちの娘になんとなく似ていて」

 彼は視線を落とし、割れたフォトフレームを眺める。

「けど、気付いたら銃を向けられてた」

 健斗が瞳に悲哀の色を浮かべる。涼はその話が現実のものと思えないようだ。不思議そうに首を傾げた。

「オレは躊躇して、肩を撃たれた。子供だから、人間だから、信じたから撃たれたんだ」

 彼は肩を押さえる。左の肩。

「それで、子供は」

 髪を刈り上げた少年は、珍しく神妙な面持ちで問う。それに答えて西条は、悲痛な表情で眉間を二度叩いた。

 三人は沈黙した。


 後悔を心に埋める。

 深く深く埋める。

 掘り返した土の色。

 手の痛み。

 心の奥底に根付く 後悔の痛み。





 次の日、少年達は男女の怒鳴り声で目が覚めた。

「何、騒がしいな」

 涼は雨のためか薄暗い部屋で目を凝らす。一足先に目覚めた健斗は、落ち着きなく部屋をくるくる歩き回っていた。

 例のごとく、部屋から出ると通報すると釘を刺されているからだろう。階段を上ったところにある八畳ほどの客間に、昨晩二人は泊めてもらったのだ。

「なんか奥さんと子供さんが来てくれたのを、西条さんが裏があるんじゃないかって疑ってるみたいよ」

 健斗が耳をぴったり扉に付けて、窺うように小さな目を細めて言う。どうやら一階の玄関で争っているようだ。言葉は聞き取れないが、声は涼の所まで届いてきた。

 涼はゆっくり起き上がって、扉まで行くと健斗の隣に座り込む。言葉が届いてきた。

「これって緊急事態でしょ。出ていってもいいんじゃない」

 黒いつなぎにすでに着替えを済ませている少年は、目を輝かせながら言う。涼は呆れた目をして、耳をすませた。

「あなたは確かに昔から疑り深かったわよ。でも、家族や親友のことは信じてたよね。それなのに、なぜ急にこんな風になったの」

 優しい声の女性だった。西条は何も答えない。

「後悔してるのはわかるわ。子供のこと。でもきっと、しょうがなかったのよ」

「違う」

 西条は低い声で呟いた。少年達がなんとか聞き取れるほどの。

「後悔してるのは、信じたこと。子供に泣かれて、信じてしまったことだ」

「本気で言ってるの?子供の前で本気でそう言ってるの」

 奥さんは震えた声で言った。

「それで、もう私達すら信じられない。そういうことなの?」

 彼は黙り込んでしまった。自分で自分がわからないのだ。

 心に深く埋めた後悔もの。一体どんな形をしていた?

「もう、いいわ。来ないから」

 玄関の扉を開けたのだろう。雨音が大きく流れ込んでくる。

「ちょっと、待ってください」

 涼は扉を開けていた。階段の上から玄関を見下ろす。長身の女性と小学生くらいの少女が、開いた扉からこちらを見ていた。

「お前ら、オレの許可なしに出るなって言っただろ」

 西条が少年達を睨みつけた。心なしか瞳が潤んでいるように見える。

「すみません。でも言っておきたいことがあって」

 涼はまっすぐ三人を見下ろす。健斗は隣でおとなしく成り行きを見守った。

「おれも同じように、信じて後悔したことがあります」

 彼が西条の娘と同じくらいの頃。クロイセカイに落ちる前、少女がハンカチを貸してくれた。

 花柄模様のハンカチ。

 それでもう一度、友達ができると信じた。信じたかった。でも。

「裏切られて、誰も信じなくなった」

 健斗が静かな瞳で涼を見る。涼は真剣な眼差しをしていた。西条がひとつ息をつく。

「だったらオレの気持ちわかるだろ」

「わかります。でも、今思うんです。おれが後悔してるのは、信じて、裏切られたことじゃない」

 皆が涼を見た。

「その後、自分しか見えなくなったこと。そんな時間を過ごしたこと」

 クロイセカイの底の底。目を閉ざし、耳を塞いでいた時間。

 通り過ぎた大切なものが、きっとあった。

 涼は自嘲の笑みを浮かべた。西条が玄関に立っている二人を見つめた後、栗色の髪の少年を見上げ言った。

「オレの今が、そうだって言うのか」

「そう、思います」

 西条は奥さんと娘に目を移す。二人は涙目で彼を見つめていた。今、失ったらきっと二度と戻らない。こんな瞳で彼を見てはくれない。

 そしてまた、大きな後悔を深く埋めることになるだろう。

「まだ、間に合うのか?」

 西条の問いに、彼女達はぽろりと涙をこぼして微笑んだ。





 雨が止んだところで、少年達は西条の家を後にすることにした。

「奥さん達、帰してよかったんですか」

 バス停へ向かうため、玄関を出た涼が聞く。健斗は、水たまりを踏むため飛び出していった。白いつなぎを着た少年は顔を歪める。

「いきなりは無理だ。オレは筋金入りの偏屈だろ。少しずつ慣らしていくさ。それで納得してくれたしな」

 帰ってきた時と同じく、大きな荷物を抱えた西条は薄く笑った。自覚があるんだ、と涼は思った。

「それで、その荷物は」

「オレ、塾の講師やってるんだ。これは教材。調整のために持ち帰ってたんだ」

 デジャヴの様に辛そうに歩く西条に、涼はダメ元で聞いた。

「持ちますか」

 大きな荷物でユラユラしている男は、暫く考え込んだ後意を決したようにいくつかの袋を差し出した。

少年は笑顔でそれを受け取る。足元をドロドロにした健斗が駆けてきて、半分持つと言った。

「そういえば、試験の苦手な君のために昨日言ってた優秀な人物に連絡つけといたから。明日、一緒に会いに行くか」

 西条が言った言葉に、健斗が目を輝かせた。

「試験受けなくてもよくなるの?」

「それは、どうかな」

 渋い顔をした男に、黒いつなぎの少年は悲しげな瞳を向ける。涼は呆れながら言った。

「一緒に、とかいいんですか」

「ああ。失礼があったら事だしな」

 そこで彼ははっとしたように言葉を切ると、真面目な顔で言った。

「言っとくが、同じホテルの部屋には泊まらないぞ。そこまで信用してないからな」

 西条は疑いの眼差しを彼らに向ける。

 少年達は苦笑した。





 後悔の埋まる デコボコ道

 深く深く埋めた後悔から

 花が咲いたりしないだろうか

 優しく逞しい


 後悔の花が 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ