後悔の花(前編)
いつもの灰色の空。今日は曇っているせいかどんより低い。そのせいか人々は足早に歩いていく。二人の少年はそんな人々に押されて駅の外に出た。
「銀京に近付いただけあって、人多いね」
短く髪を刈り上げた少年は、落ち着きなく辺りを見回し言った。人がぶつかり迷惑そうな顔をしながら通り過ぎていくが、彼は気にも止めていない。
「はぐれんなよ、健斗。バス乗るぞ」
白いつなぎを着た栗色の髪の少年は、今しがた駅員さんに聞いたバス停へとさっさと歩き出した。
「待ってよ、涼。バスに乗るの?」
その言葉に涼は呆れた目を彼に向けた。
「説明しただろ。ほらこれ」
差し出された紙切れを、珍しそうに小さな目を丸くして健斗は受け取る。
「永谷さんがイロつけといたって言ってたから、てっきり金だと思ってたけど。それが入ってた」
小さな紙には住所と電話番号、そして。
「この注意書き、何?」
「さあ、住所と電話番号とそれ以外書いてないし。一応宿から電話して行くことは伝えたから」
「もう少し、分かりやすく書いてくれればいいのにね」
「永谷さんて時々ヌケてるよな」
涼は困った表情で首を傾げる。健斗はその紙切れを裏返したり透かして見たりしていたが、他の情報は何も得られなかった。
「とりあえず今日行くって言ったから。あ、あのバスだわ」
涼はまっすぐ年季の入った緑のバスに向かう。思ったより混んではなさそうだ。
「だーかーら、大きな荷物は屋根に積むことに決まってるって言ってるでしょ」
くたびれた運転手の制服を着た男が、声を張り上げる。入口のドアに突っかかりそうな大きな荷物を抱えた男は、不満そうな視線を運転手に向けた。
「そんなこと言って、預かってないって言い逃れる気じゃないだろうな。オレを騙そうたって、そうはいかないからな」
「そんなこと言われてもねえ」
運転手は弱り果てた顔で頭を掻く。二人の少年は入口の前で行われる押し問答に、乗るに乗れずその成り行きを見守っていた。
「なんか大変そうだね」
興味ありげに様子を見守る健斗が呟く。その間も口論は続いていた。
「それなら証人をたててもらおう。それなら乗せてもいい」
「証人なんて誰が」
「おれがなるよ」
さらりと涼が言った。荷物を持った三十代半ばと思われる男は、じろじろと値踏みするように彼を見る。そして納得したのか、運転手に荷物を渡した。
「悪いね。助かるよ」
運転手のおじさんはほっとした表情で軽く頭を下げる。涼は「いえ…」と軽く首を振ると、そのまま真っ直ぐバスに乗り込んだ。
「涼って結構お人好しだよね」
健斗が彼の後に続いて階段を上りながら、にんまり笑う。涼は不服そうな視線を後ろに向けた。
少し時間が遅れたものの、無事出発したバスだったが数十分後ガタガタと揺れていた。別に故障したわけではない。道が悪いのだ。
主要道路以外、舗装が行き届いていないことはよくあることだった。皆、慣れているのか平然としている。
健斗は乗り慣れていないせいもあって、キョロキョロ辺りを見回していた。
「思った以上に揺れますね」
彼は通路を挟んだ隣に座る男に話しかけた。先程荷物で揉めていた男だ。
男は怪訝そうに少年を見て、視線を前へ向ける。
「友達は全然気にしてなさそうだけどね」
健斗はチラリと隣に座る涼を見る。彼は揺れなど気にも止めず、スヤスヤと眠っていた。
「涼はどんな状況でも寝れるんだよね。見た目と違って結構図太いから」
その時、グゥーと大きな音がした。黒いつなぎの少年は悲しげな眼で男を見る。
「なぜオレを見る」
「なんか食べる物下さい」
男は迷惑そうに顔を歪めたが、ショルダーバッグから饅頭を取り出した。健斗は揺れを物ともせず立ち上がると、それを受け取る。そして、口に入れようとした瞬間男が言った。
「オレが毒を入れたとか考えないのか」
健斗はきょとんとして男を見たが、すぐに美味そうに食べ始めた。
「そんなことずっと考えてるなんて大変だね」
男は戸惑いの表情を浮かべる。その後、目的のバス停に着くまでに少年は三つの饅頭をもらった。
その田舎のバス停は、荒野の中にぽつりと立っていた。運転手が大きな荷物を下ろす。証人の涼は、それを傍らで見守った。
「あ、えーと、すいません」
バスが出発し、大きな荷物と更に紙袋を右手に持ち歩き始めた男に涼は話しかける。彼は訝しげに少年を振り返った。
「西条さんて知ってますか」
男はじろりと睨んだ。
「それを聞いてどうするの」
「え、いや、会う約束をしていて」
「じゃあ、永谷の? 西条はオレ」
男は二人の少年を交互に見据え、歩き始める。荷物が多いせいか、辛そうだ。
「あ、西条さん。荷物おれらで持ちますよ。な、健斗」
涼は石を物色している健斗の方を振り返る。彼は小走りに駆けてきた。
「結構。そんなこと言って持ち逃げする気だろう。オレは騙されないからな」
二人は言葉をなくした。
そういえば電話をした時も永谷さんに確認をとって掛けなおすと、断固譲らない感じだった。紙に書かれていた注意書きには、“少し用心深い”と書いてある。
少しではないな、と涼は思った。




