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BLUE SKIES  作者: kimra
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君のためという名のエゴ

 健斗を乗せた列車が去った後も涼はその方向を長い間見つめて立っていた。いつもそれが最善の選択だと思う。そうあって欲しいと願う。でもすぐに間違いじゃないかという思いが押し寄せる。もしも正解の選択肢が書かれた本があるならば、どんな方法を使ったとしても手に入れるのに。

 涼はそんな絵空事を打ち消しながらひとつ息を吐くと、駅の外へと歩を進める。そこは彼らが別れる前と何ひとつ変わらない光景が広がっていた。

「あ、涼。間に合ったわ」

 急に名前を呼ばれて少年は反射的にそちらを向いた。猫背で痩せぎすな少年はまっすぐ近付いてくる。涼は身を固くして距離をとった。

「唯、さん」

 視線を泳がせる少年を唯は眠そうな瞳で見つめ、無造作に切りっぱなしの髪をガシガシと掻く。そして大股で涼がとった距離を詰めてきた。彼は飛び退いた。

「お前と友達になるには健斗くらい図々しくいかなきゃダメだな。オレのこと唯でいいから。さん付けとかウゲェってなるから」

 涼は投げられた言葉が飲み込めず、きれいな二重の目で一点を見つめたまま固まった。唯はそんな少年を気にすることなく周りを見回した。

「で、健斗は?」

 だぼついたズボンのポケットに手を突っ込んだまま、猫背の唯は彼を見上げて聞いた。涼はその視線を一瞬受け止めた後、顔をそらす。唯はそんな涼をしばらく見つめていたが、頭を掻きながら面倒くさそうに息を吐いた。



 滑り込んできた列車に健斗が乗り込むと、そこにはよく知った人物が乗っていた。

「リオ」

 名前を呼ばれた男は難しそうな分厚い本に向けられていた視線を上げる。少年を見た男はなんとなく状況を察したらしく、本をパタンと閉じると苦笑した。健斗は迷いなく、二人がけの向かいあった座席のリオの前に座る。そして進み出した列車の窓の外の流れる景色を見て、ついさっきまで話していた会話の続きのように健斗は口を開いた。

「さっきこの窓の景色見て、孤児院出てった時のこと思い出したんだよね。懐かしくない?あの時もこうやって座ってたよね」

 リオは少年の視線を辿り、流れる景色に目を向けるときれいな形の眉を寄せ腕を組んだ。

「よく考えたら、孤児院が一番大変な時仲間といて助けたかったよな。本当ごめん。オレの選択ってさ、結構地雷踏んでばっかりなんだわ」

 それを聞いた健斗は窓から視線を移して自嘲の笑みを浮かべる男を一瞥すると、オーバーな仕草で彼を真似るように腕を組んだ。そしてふてくされたように口をへの字に曲げて言った。

「リオ、オレ今怒ってるんだよね」

「ああ、だいたいわかる」

「リオにだよ」

 予想外の言葉に男は、奥二重の目を見開いてキョトンとした。

「リオも涼もオレを何だと思ってるの。オレの気持ちまで勝手に決めないでよ。オレはただ、あの時と同じようにここに座ってるのなんかすごくないって思っただけ」

 小さな瞳で睨んでくる視線を受け止めながら、リオは苦笑した。ついこの間涼に健斗は自分の考えをちゃんと持ってるなんて言ったのに、今こんな風に責められていることがひどく滑稽に思えた。

「ごめんごめん。なんかちょっと感傷的になった」

 リオはにっこり笑うとぺこりと頭を下げる。

「っていうか、やっぱり涼にも怒ってるんだな」

「当たり前でしょ。激怒だよ。ブチギレだよ。ケンカだよ」

 健斗は顔の前で握りこぶしを作ると殴り合うようなアクションをとる。男は笑みを浮かべたままさらりと言った。

「健斗が涼に勝てるとは思えないけど」

「リオが加勢してよ」

「やだ」

「友達だろ」

「いや、相手息子だからね」

 その言葉に少年はすねたように口をとがらせると、シートに深く身を沈める。リオはそれを見て声を上げて笑った。



 人通りに押されて駅の入り口の端へと追いやられた少年たちは、ただ無言で立っていた。涼が気まずそうに視線を泳がせるのを、唯は観察するように見つめている。やがてそれに飽きたのか口を開いた。

「じゃあ、健斗だけ帰って涼は残ったってことか?」

 それに栗色の髪の少年は目をそらしたまま、小さく頷いた。

「ふーん。健斗が自分だけ帰るって?」

 その言葉に涼は居心地が悪そうに地面を蹴っている自分の靴先を見つめる。猫背の少年はなんとなく成り行きを察してフンと鼻を鳴らした。

「お前頭いいんだろ。なんでそんな風になるわけ? 絶対あいつキレるのわかるじゃん」

「それが健斗にとって一番いいと思った」

 唯は眠そうな目を呆れたように細めると、少し遠くへ視線を移す。

「ガキの頃、いぶきさん達が食べるものも寝る時間も行動範囲とかも勝手に決めててウザいって思ってたわ。なんで自分のこと人が決めんだって」

 短い沈黙が訪れたので涼が様子を窺うために顔を上げようか迷っていると、視界に映る自身のスニーカーのすぐ前にかかとが踏み潰されたボロボロの靴が現れた。涼が反射的に顔を上げると、予想以上に近くで彼を見上げていた猫背の少年と目が合った。

「今は、わかる。いぶきさん達が決めてたのはオレ達のためだったって。あの頃のオレ達は決めれるだけの判断力もないのに、決められたことがクソだってケチつけたかっただけだ」

 唯は下がろうとした少年の胸ぐらをグイと掴んだ。諍いが始まりそうな雰囲気に通り過ぎる人々が少し距離をとり、訝しげに少年達を見ながら去って行く。

「もうオレ達は自分で選べるんだよ。それを人のためとか言って人の選択肢を勝手に決めんな。ましてそいつが喜びもしなけりゃそれはただの、エゴだろ」

 涼はゆっくり目を閉じると、大きく息を吐く。そしてまっすぐに唯の目を見返した。

「エゴでもいい。おれはそう決めたんだよ」

 一触即発の空気が二人の間に流れる。

「ちょっとちょっと、どういう状況」

 この空気の元凶でもある人物が、駅から流れ出る人の波から飛び出してきた。二人の少年は同時にそちらを向いた。

「なにがあったらこうなるの」

 彼は少年達の間に割って入ると二人を引き離す。無言のまま立っている唯と涼を交互に見ながら、健斗は薄い眉を八の字にした。

「いや、お前のせいだろ」

 唯が二人の間で困り果てている少年を一瞥すると吐き捨てるように言う。そのまま涼と視線を合わせると腹黒い笑みを浮かべた。

「戻ってきたじゃん。どうすんの、気絶させて帰らせる?多分何回やっても意味ないよ」

 涼は唯を見たままため息をひとつ吐くと、健斗に視線を移す。彼は眉を寄せてまっすぐに見返してきた。

「オレは帰らないよ。涼がなに決めたって、オレのことはオレが決めたこと優先だからね」

 しばらく少年達は睨み合っていたが、いつものごとく一方の少年が折れた。

「わかったよ。好きにしろよ」

 涼が吐き捨てた言葉に健斗は「やったね」と呟き、満面の笑みを浮かべる。その後思い出したように、慌てて眉を寄せた。

「違う違う。オレ怒ってるんだからね」

「よし、協力しよう。やれ、健斗」

 唯が涼の背後に回り込むと後ろから羽交い締めにしようとする。それを少年はすばやい動きでかわした。

「やっぱりダメか」

 少し離れた場所で事の成り行きを見守っていたリオが声を上げて笑った。少年たちの六個の瞳がそちらに向けられる。リオは笑顔のまま、困ったように瞬きをして言った。

「でも結局力とかじゃなくて、健斗に勝てる人ってあんまりいないよ」

「はあ?なにそれ」

 健斗は、意味がわからず眉を寄せたまま不満そうな声を上げた。

「確かに。わかる」

 声を揃えて涼と唯が呟く。そして驚いたように目を見合わせると、思わず笑った。




 僕のためだと 君は言う

 嬉しいけれど 同じくらい悲しいよ

 僕という 心を持った人間が

 今ここに ちゃんといるよ







 

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