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BLUE SKIES  作者: kimra
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ミステイク(後編)

 それから何度かはうまくいっていた。買い物係から外された真広はお金をなくしたせいだと思って落ち込んだが、本当の理由を少年たちは話さなかった。健斗は父親の教え通りターゲットを度々変えるようにしていたが、彼らの世界は狭い。商店街の店は繋がっている。彼らが疑われるのに時間はかからなかった。

 右手に激痛が走って健斗は思わずうずくまった。隣に立っていた唯が彼の上に倒れ込んでくる。びっくりして見上げると数人の大人が鬼のような形相で彼らを見下ろしていた。

「やっぱりお前らか。これだから親のいない子供は。藤河の親子は何を教えてるんだ」

 いぶきさんと先生が悪く言われているのがわかって、健斗は顔が熱くなるのを感じた。手首が心臓の音に合わせて痛む。目の前の大男が太い木の棒を持っていて、それで叩かれたんだと知った。唯を盗み見ると目を見開いて震えている。怯えていると言うより怒っているように見えた。

「すみません、でした」

 唯が固く握った小さな拳を震わせて頭を下げる。地面に髪が触れた。それを見て健斗は同じようにおでこを地面に付ける。涙が地面を濡らした。

 それから少年たちは大人たちに孤児院に連れて行かれた。いぶきと先生は言いたい放題に暴言を吐かれても、なにも言い返さずただ頭を下げ続けた。その隣で二人はただ俯いていることしかできなかった。

 商店街の大人たちの怒りがやっとおさまり、隠しておいた金を受け取り帰って行ったのは随分経った後だった。藤河親子は泣いてぐちゃぐちゃの顔の少年たちを狭いダイニングの椅子に座らせる。そしてその正面に腰掛けた。

「なにか欲しいものがあったの?」

 優しい声でいぶきが聞いた。少年たちは黙り込んだまま俯いている。唯が鼻をすすりながらぶかぶかの袖で目を拭った。

「オレが頼んだ。金が欲しくて盗みがうまい健斗にやってくれって言った」

「違う。元々オレが盗むって言った」

 二人は顔を上げて悲しげな表情の藤河親子を見据える。目が潤んでいるように見えて胸が苦しくなった。

「唯も健斗もそれが悪いことだとわかってた?」

 少年たちは真剣な表情で深く頷く。

「じゃあどちらかがダメって言わなきゃいけなかったね。間違ってることを間違ってるって言わない、それはもう友達じゃない。共犯だわ」

 いぶきの瞳から涙がこぼれ落ちるのを見て、少年たちはまた泣いた。いつも笑っている人が泣くのを見るのはこんなに辛い。もう二度とこんなのは嫌だ。

「健斗、手見せてみて。腫れてるわ」

 先生がそう言うまで少年はそのことを忘れていた。言われた途端、痛みが戻ってくる。

「へいき、だよ。こんなの」

「ダメよ。ここに来たばかりの時そう言って隠して、胸の傷を化膿させたわ。もう私たちに後悔させないで」

 いぶきが優しく微笑みながら椅子に座った少年の前に跪く。真っ赤な目をしていた。

「痛い」

 健斗はポロポロ涙をこぼしながら言う。四年前、胸のバッテンの傷の時は言えなかった言葉。

「そうだね、もう大丈夫」

 結局いぶきを病院に行かせようとしていたのに、病院に行ったのは健斗だった。骨折していた。

 その時にはどうしようもないことだが、本当の本当はどれだけ怒られても泣かれてもどんな方法でも、彼女を病院に連れて行けばよかった。だってその年、いぶきは亡くなってしまったから。



「健斗、お前どっかの養子になるって本当か」

 唯がいつものぶっきらぼうな口調でそう聞いた。平静を装っているが瞳は落ち着きなく揺れている。その声に左右に二つ並んだ二段ベッドの右上のベッドから健斗が顔を覗かせた。

「ああ、リオがそんな話しにきてたね。でも関係ない。オレ行かないし」

 唯がその返答に訝しげに眉を寄せた。 

「なんで」

「なんでって」

 健斗はベッドの上に座り直すと、下から見上げている唯と視線を合わせ不思議そうに首をかしげる。

「オレここ好きだし、みんなといたいもん」

 唯はほんの一瞬柔和な表情を浮かべたが、すぐに険しい顔に戻る。ポケットの中で手を握りしめた。

「バカだろ。養子に行った方がいい生活できるし、なりたいものになれるだろ。それにクズみたいに扱われたりしない」

 床に落ちている謎の石を見ながら唯が言う。健斗は笑った。

「オレはここをみんなが笑って暮らせる場所にするのが夢だよ」

 嘘のないまっすぐな言葉に、唯は自身を落ち着かせるように一つ大きく息を吐く。本心はここにいて欲しいと思う。変わって欲しくない。でも。

「オレは友達だから言う。お前は間違ってる」

「え、なんで」

「チャンスなのに無駄にするのはバカだからだよ」

 唯が顔を上げてまっすぐ睨んできたので健斗は少し怯んだ。

「でも、オレ行きたくないもん」

 ふてくされたように口をとがらせて目をそらす。唯は薄い唇を噛んだ。

「お前はさ、置いてかれたオレ達かわいそうだと思ってるわけ? 自分だけ幸せになるのが悪いと思うわけ?」

「ちがう」

 強い口調で健斗が言った。唯は薄く笑う。

「こんなとこでバカにされながら生きるのから抜け出せて本当は嬉しいと思っただろ。でもオレ達がかわいそうだから一緒にいてやるって感じかよ」 

 健斗はもう何も言わなかった。言えなかった。

 彼がそんな風に思わないこと、唯がわかってないはずがない。健斗が否定すればするほど唯は言いたくない彼らの家の悪口を言うことになる。それに気付いた。

「わかった、行く。それでいいだろ」

 唯が本心で追い出そうとしていないとわかっていても、口調がとげとげしくなる。泣きたくなった。


 そして別れの日。リオが迎えに来て孤児院を去る日。みんなが泣いて見送ってくれたけれど、その中に唯の姿はなかった。その姿を見たのは列車に乗ってしばらくした後。気を遣ってかしゃべり続けるリオを無視して窓の外を見ていた時。

 川の向こうに見慣れた猫背の少年が立っていた。こちらを向いていることはわかるが、表情はわからない。ポケットに手を突っ込んだままただこっちを見ていた。涙が出そうになるのをリオに気付かれないように懸命に堪える。

 もう会えないと、思う。そう思うと胸がつまった。彼は心の中でそっと、さよならを言った。




 列車が駅に着くと同時に健斗は立ち上がった。スポーツバッグの肩紐がくい込んで顔をしかめる。彼は一度駅の外に出るといくつかの石をポケットに入れて、残りをスポーツバッグごとゴミ箱に投げ入れた。

「欲張りすぎると動けなくなる。それじゃダメだよね、アト」

 自分に言い聞かせるようにそう呟くと跳ねるような足取りで駅の中に入っていく。そして窓口でついさっき出発したばかりの駅の切符を買い列車を待つ。

「涼は、間違ってる」

 健斗は顔を上げるとまっすぐに強い視線をやってくる列車に向けた。




 きみが間違ってると うまく言えるといい

 そしてできることならそのコトバが

 きみに届けばいいな と思う 






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