かけら(前編)
じっとりとした空気が辺りを包んでいた。日差しが燦々と降り注ぎ、じりじり焦げ付きそうな、そんな形容の似合う光である。
「あつー」
健斗は腕にはめたリストバンドで額の汗をぬぐった。
少年たちは太壱の情報を頼りに、数日をかけて昨日やっと阿郷に到着していた。阿郷はそれほど大きな町ではなく、探し人はすぐに見つかった。
しかし、旅費のきれた彼らはバイトも兼ねてここにお世話になっているのだ。
「涼。そろそろ休憩じゃないの」
健斗は弱った顔で涼を見た。彼は目深にキャップを被り、黙々とシャベルで乾いた地面を掘っている。それを見て健斗は、短い髪を後ろに撫で付けると涼の掘った穴に木の苗を入れていく。
あちこちで同じ作業をしている男達がいた。
「よし、休憩だぞ。一時間後再開だ」
低い声が響いた。センターで髪を分けた無愛想な男が指示を出している。二十代後半、彼がここの責任者だ。
「やったぁ」
健斗は大喜びである女性のところへ駆け寄る。
「今日はサンドイッチだよ」
「わぁい。ありがとうございます、真緒さん」
彼女はここを仕切っている会社の社長の娘さんだった。いつも昼食を差し入れしてくれている。
皆が彼女のもとへと集まっていった。
「やー、真緒さんて天才」
健斗は上機嫌でサンドイッチに噛り付く。帽子を目深にかぶり日差しを避けつつ、涼は周りを見回しながら健斗が運んできたそれを口に運んだ。汗がじわりと滲んでくる。
「にしても、こんなとこに苗木植えて育つのかね」
涼が呟く。忙しなく食べ続ける彼は、同じように周りを見渡し言った。
「そりゃぁ、国の研究所のお偉いさんの自信作なんでしょ。っていうかリオの、なんじゃないの?」
「さあ、父さんの仕事のことはよくわかんないしな」
涼は二つ目のサンドイッチに手を伸ばしながら首を傾げる。健斗はにっこり笑った。
「きっと、育つよ」
「うん」
少しでも色づけばいい、そう思いながら頷いた。
「うわっ」
大きな声が響いた。二人はそちらに目を移す。
「ちょっと躓いただけだろ、放せ」
そこには真緒さんとここの責任者、永谷 勇三がいた。
彼には片足が太腿の半分辺りから無かった。なので、杖を突いている。それが地面の凸凹に引っかかったようだ。
心配そうに支えようとする真緒さんを、彼は迷惑そうに振り払うと自力で立ち上がった。
「なあ、あの二人ってさ」
涼が呟いて横を見ると、健斗は悲痛な顔で彼を見返していた。
「っていうかお前は女なら誰でもいいのかよ。どーせなら奪うくらいの心意気ないのかね」
そう言いながら涼は、サンドイッチの切れ端を口に放り込み右手の指輪をさわる。健斗は悲痛な表情のまま笑った。
「オレは人のモンを、奪ったりしないよ」
遠い目をして言う彼に涼は呆れた。
「昔おれのモン、パクってた奴の言葉とは思えねぇな」
「またまたそんな昔の話」
健斗が大きな声を上げて笑った。そこへ「おい」と低い声が響く。
「そっち側、斜面急だから気をつけろよ」
「あ、はい」
永谷の言葉に二人は歯切れよく返事をした。
その日の夜。二人は永谷と共に近くの大衆食堂にいた。カウンターに三人並んで座る。
「へぇ、青い空ねぇ」
永谷はうすく割った酒を口に運びながら、涼の言葉を反芻した。
「笑ってもいいっすよ」
涼は薄く自嘲の笑みを浮かべた。永谷は首から垂れた長いボールチェーンを手繰り寄せ、その先に取り付けられた認識票に触れた。
「俺は元軍人で、首都の銀京にいたんだ。あっちは探すとかだけじゃなく、見たって奴もいたし」
「どこで」
「知らねーよ。興味なかったし。銀京で直接聞けよ」
詰め寄る二人の少年を永谷はのけ反って静止する。
「そうですか」
「ああ、悪いな」
男は心を落ち着けるように水割りの入ったコップに口を付けた。
「あれれ」
入口から長身の男が向かってきた。永谷の顔色が変わる。男は永谷と涼の間に割って入ってきた。
「落ちぶれ軍人の永谷君じゃないの」
彼はグイと長いボールチェーンを引っ張った。それと共に永谷はつんのめる。片足のない彼は不安定に揺れた。
「いつまでもこんなもんぶら下げてるなよ。未練がましいやつだよ、本当」
「さわんなよ、クズが」
男の顔が怒りに歪む。と同時に永谷は、椅子から後ろに転がり落ちていた。
「永谷さん」
健斗が慌てて駆け寄り、上半身を支えた。
「お前が半身の屑だろ。見下してんじゃねーよ」
男は倒れた永谷を見下ろした。涼がその間に入り睨みつける。
「帰れ」
「な、何だよ。お前は」
「帰れ」
涼と男は睨み合った。そして数分後、男は諦めたように「ふん」と鼻を鳴らし、立ち去って行った。
「大丈夫スか。永谷さん」
「ああ」
永谷はゆっくりとした動作で椅子に座り直し、遠い目をしながら口を開いた。
「情けねえな」
二人は立ち上がったまま彼を見る。
「昔はあんな奴なんかに負けない自信があった。夢を持ってる俺に絡んでくる奴らなんか蹴散らしてやった。軍にいたころも俺には誇りがあったんだ。なのに」
永谷は自嘲するように口を歪めた。
「今は、なにもない。何も」
何も見ていないような空虚な目をしてそう語る彼を、二人はただじっと見つめた。そして涼は小さくひとつ息を吐くと、入口へ体を向け「帰る」と呟いた。永谷は顔をゆっくり上げる。
「悪かったな。嫌な気分にさせて」
涼は立ち止った。
「永谷さん」
永谷は涼の後姿に目を移す。彼は振り返らなかった。
「体が欠けたら人生終わり、みたいな言い方は、二度としないでください」
そのまま涼は振り返らず歩き始めた。
「涼。気をつけろよ」
健斗のその言葉に小さく頷いて、涼は出て行った。
健斗が戻ってきたのはそれから数時間後だった。バイト先の寮。ベッドが二つとユニットバスがあるだけの部屋だった。
その時、涼は薄暗い洗面台の前にいた。陽気な少年の帰宅にゆっくりとその部屋を出る。
「ただいま」
「おかえり。永谷さん怒ってたか」
「いや」
健斗は間をおいて続けた。
「泣いてた」
その言葉に涼は驚き瞬きを数回すると、「それは大変だったな」と眉を寄せた。永谷は泣き上戸だったらしい。
「悪かったな。お前、軍人嫌いなのに」
「何言ってんの。そんな変な気使わなくていいから寝た寝た。それに、あんな永谷さん見れたオレの方がお得だったよ」
にやりと笑って彼は欠伸をひとつすると、浴室へと向かっていく。そんな健斗を一瞥しベッドにごろりと横になると、涼はゆっくり目を閉じた。
そして、あっという間に眠りに堕ちていった。




