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BLUE SKIES  作者: kimra
29/35

アトの石

 面接初体験の少年たちが意気込んで受けたものは、形式的でひどく簡単なものだった。円滑に質疑応答は進み、予想していた時間より早くそれは終了した。その帰り道。

永倉ながくらさん」

 久しぶりに聞く旧姓の響きに流香の反応は少し遅れた。振り返ると面接官として先程対面したばかりの男の一人がそこに立っていた。広く明るい廊下。白い背景に映える黒色のスーツを身に着けた彼は、三白眼の瞳が近寄りがたい印象を与えている。彼女は眉をひそめた。

「誰ですか」

 その言葉に彼は目を細めると、先程とは打って変わった親しみやすい笑顔を浮かべた。

「あれ、もしかしてまだ昔のこと根に持ってたりする? いやいや、やめようよ。もう時効。ね」

 顔の前で両手を合わせ頭を下げる男に、流香は明らかな嫌悪の表情を浮かべる。その横で話を聞いていた涼は、困ったように瞬きすると口を挟んだ。

「知ってる人? 母さん」

「リオの友達よ。腹黒の」

「あれ、心の声っぽいの漏れてるよ」

「はっきり声に出して言ってます。トゲ女なんで」

 吐き捨てるようにそう言うと、流香はくるりと向きを変えヒールの音を響かせながら去っていく。少年は背の高いがっちりとした男を戸惑った表情で見上げた。彼は涼を見ると歯を見せて笑った。

「いや、トゲ女なんて言ってませんよ。あんまりズバズバ言うんで、イバラ姫って陰で呼んでたのがバレちゃってねー。まだ怒ってた。怖いねー」

 男は大袈裟に幅の広い肩を竦めてみせる。少年は愛想笑いを浮かべて立ち去るタイミングを窺った。

「涼は小さかったから覚えてないか。僕、何度か会ってるんだよ。すっかり大きくなったねー。噂通りリオに似てるわ、うん」

 男は芝居がかった動作で顎に手を当てると、目を細めてまじまじと彼の顔を見る。栗色の髪の少年は反応に困り、「そうですか」とだけ言った。

「色々あったみたいだけど、みんな元気でよかったねー」

 多分彼の病気のことだろう。涼は「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げ、そのまま言葉を続ける。

「じゃあ、失礼します」

「はい、またね」

 男は笑顔のまま長い廊下の遥か先を歩く流香を追う少年を見送ると、二人とは反対方向に歩き出した。




 予想通りあの面接に特別な意味はなかったらしく、後日バーチャルの参加の日時が送られてきた。涼はただ文字が羅列されたその紙を窓際の固い椅子で眺めていた。青い空。作られた、空。ここが旅の終わりなんだろうか。

 彼は丁寧にその紙を折りたたむと、封筒に入れいつものリュックのポケットにしまう。そして何も持たず部屋を出た。

「リオから聞いたわよ。石ばっか集めて涼を困らせてるって」

 ホテルのドアを開けようとした時、自分の名前が聞こえて彼は思わず足を止めた。ガラス越しにドアの向こうを覗くと、この間石を選別していた場所に健斗とその母親サクがしゃがみ込んでいた。

「え、えーと」

 いつもと打って変わって健斗は困ったように口ごもっている。背を向けているので顔は見えないが、薄い眉を八の字に寄せているだろう。彼女は少年の足元にある様々な大きさの石を見ながら続けた。

「うちにいる時も集めてたわよね」

「し、知ってたの」

「知ってるわよ。部屋の隅に落ちてるし、洗濯物のポケットにも入ってたもの。全部健斗の部屋に投げ込んどいたわ」

「………捨てなかったんだ」

「必要、だったんでしょ」

 涼は外へ出ていくかドアの前で逡巡していた。特に用があるわけではない。ただ気分転換に外へ行こうとしていただけなのだ。諦めて部屋へ戻ろうとした、その時。

「ア、アトが」

 健斗の口から出た名に彼は足を止めた。

「あ、えと、アトって」

「知ってるわ。坂木さかき暁斗あきと、通称アト。健斗のお父さんでしょ」

 灰色の髪の少年は小さく頷いた。涼の知る限り、健斗が引き取られた先で本当の父親の話をしているところを聞いたことがない。話したというようなことも聞いていない。涼の家へ来たときに、リオとはよく話してはいたけれど。

「アトが、ある日四歳か五歳かのオレの手に、石を乗せたんだ」

 サクは何も言わずただ隣にしゃがむ少年の横顔を見つめる。健斗は記憶を辿るように足元の一番大きめの石を手の上に乗せた。

「それはチビのオレにはすごく重くて、文句言ったの。重いって。そしたらアトは笑って、オレを抱き上げてこう言った」

 彼は石を手に握ると、その場面を思い出したのか楽しそうに笑った。

「オレはバカだから、時々大切なものの重さを忘れる。そういう時、こうやって抱き上げてられればいい。でも形がない時、近くにない時、代わりに石を持つ。そして『ある』ってことを確かめる。自分の中に大切なものが『ある』って。そうすれば悪い方へ流されないための足枷くらいにはなるんだって」

 健斗はそこまで言うと手の中の石をじっと見つめる。その後、ぽいと地面に放った。涼はガラス越しにその話を聞いて、息を大きく吐き出した。自分は大切なことを忘れている。

「まあ、今はただの趣味というか、癖みたいになってるんだけどね」

 照れたように笑う少年を見て、サクは「ふふふ」と笑った。

「嬉しいわ。初めてアトさんの話聞いた」

「うん、そうだね」

 健斗は泣きそうな表情で笑う。長い時間話せなかったこと。話すとだめだと言い聞かせたこと。それはこんな簡単なこと。

「健斗、手だして」

「え」

「はい」と言って彼女は自分の前で掌を上に向けてみせた。少年は同じように手を差し出す。サクはその掌に足元の石をひとつずつ置いていく。

「これがあたし。そして旦那。これははる

 晴は健斗の血の繋がらない妹だ。

「健斗。それからアトさん」

 彼女は最後に今しがた少年が手にしていた大きめの石を乗せた。健斗は片手に収まらず、両手で受け止めた五個の石を見て首を傾げる。

「オレの分の石はいらなくない?」

「いるわよ。これは健斗が自分のことをもっと考えて、自分の行きたいところへ行くってこと忘れないための石だもの。大切よ」

 そう言うと少年の母親は綺麗で得意気な笑みを浮かべた。

「健斗」

 突然、背後からかけられた声に二人は振り返る。そこには栗色の髪の少年が思いつめた顔で立っていた。

「涼、どうしたの」

「おれに石ひとつくれ」

「へ?」

「ひとつ、くれ」

 目をぱちぱちさせている灰色の髪の少年の代わりに、サクが足元の石を差し出す。彼はそれを受け取ると、唖然としている二人を尻目に走り出した。

 



 何度か歩いた道を全速力で駆け抜ける。見えてきた廃ホテルに彼はそのままの勢いで入って行った。

「シロさん、いますか」

 息を整えながら涼は薄汚れた布に声をかける。少しの間をおいて、いつもの穏やかな表情で色素の薄い少年が顔を覗かせた。

「涼さん、どうしましたか。どうぞ、入ってください」

 変わらぬ笑顔で迎えられて、涼は丁寧にお辞儀をして中へ入る。この人はどうしてこんな風にできるのだろう。あんな態度をとられて傷ついただろうに。避けられて否定されたと感じただろうに。本当は、気にしないと笑って欲しかったんだろうに。

「すわり、ますか」

 そう言ってシロはいつもの場所へあぐらをかき彼を見上げた。栗色の髪の少年はその場所に立ち尽くしたまま、手の中の石を強く握る。そして絞り出すように言葉を吐き出した。

「シロさん、おれ。この間のこと、正直聞かなければよかったと思いました」

「そう、ですよね。わかりますです」

 割れた窓からの光で逆光になってはいたが、彼は先程と変わらない優しい笑みを浮かべているのが窺える。それを見て涼はひとつ大きく息を吐いた。

「でも、考えたら聞く前も後もシロさんは変わってない。なにも変わってない。変わったのはおれ、です」

 あの日、何かがシロへの認識を変えた。知識として植えつけられた『蛮民』への嫌悪。それはシロへ向けられるものじゃない。違うと、わかってるのに。こんな自分が嫌で、どうしようもなく、苦しい。

 涼は歩を進めるとこの前と同じように、シロの前に正座した。そして儀式のように滑らかな動きで、手の中の石を自分の前に置く。色素の薄い少年は長身の体を折り曲げて、不思議そうにそれを見て首を傾げた。

「おれはシロさんに会って救われました。そして尊敬してます」

 未来が怖い。自分と同じなのに、彼は穏やかで優しい。投げやりにならず、ちゃんと相手を見て微笑める。それが難しいことを、涼は知っていた。

「尊敬、ですか。大袈裟ですな。でも、ありがとうございます」

 シロは少し困ったように、けれど綺麗な笑顔を浮かべた。栗色の髪の少年は置いた石をもう一度手に取る。そうして、重さを確かめるようにしっかりと握り締めた。大切なことは。

「おれはシロさんと友達になりたいと思います」

 その言葉にシロは垂れた目を見開きポカンとしていたが、楽しそうに笑いだした。

「ははは。そんなこと改めて言う人、初めてですな」

「え、すいません」

「いえいえ、僕も涼さんと友達になりたいと、思いますよ」

 そう言っていつもの穏やかな笑顔を浮かべるシロに、涼は手の中の石を確かめるように握る。そして、嬉しそうに笑った。





 大切なこと

 忘れないで

 ここにひとつ

 石を置くから

 






 

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