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BLUE SKIES  作者: kimra
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無知の王様(前編)

 大通りから狭い路地に入り、似たような風景が続く。その中を以前の記憶を頼りに、少年は大股で歩を進める。何度も引き返そうかと迷いながらも進む先に目的の建物を見つけ、彼はほっとしたように歩調をゆるめた。崩れかけたコンクリートのホテル。少年は一瞬ためらう様子を見せたが中へと進む。そしてそのまままっすぐ階段を上ると、目当ての部屋へと向かった。

「シロ、さん」

 恐る恐る声をかけると、色素の薄い長身の少年が入口の布の隙間から顔を覗かせた。

「いらっしゃい、どうぞ」

 彼はふわりと笑うと、割れた窓から光が差し込むその部屋に涼を招き入れた。以前来たときと変わらず、狭いが物がほとんどないせいで不思議と広く感じる。薄っぺらい布団が畳んで隅によせてあり、その隣に大小様々な石が山積みになっていた。少年はそれに見覚えがあったが、触れないことにした。

「今日はすみません」

 栗色の髪の少年は綺麗なお辞儀をするとシロの正面に腰を下ろす。健斗がバイト先に来た時に、今日来ることを事前に伝えてくれるよう頼んでいた。

「そんな堅苦しくなくていい、ですよ。僕はほとんどここに、いますし」

 細く長い脚を抱え体育座りをした垂れ目の少年は、卑屈になる様子もなく穏やかな笑顔でそう言った。以前永谷に言った、『未来は楽しい』と言って欲しい、と。それがシロの中にあるような気がした。

「ここから出ないんですか」

「もちろん、出かける時もあるですよ。ただその時は、探しやすいよう同じルートで行くことが多い、ですかね」

 垂れ目の少年は足を崩しあぐらになると、窓から外を見るように視線を動かした。しかし眩しそうに目を細めると、またすぐ正面に向き直る。そこに座る栗色の髪の少年は、侍のように背筋を伸ばして正座をしていた。その様子を見てシロは、垂れた目じりを更に下げて笑みを浮かべると続けた。

「後は唯や真広と、一緒に行くことが多いですな。この間も先生の長屋に真広と唯と行ったです。一人で大通りで休んでたりすると、知らない女の人に声かけられたりして、困ることあるですから」

「え、それって、ナンパ……」

「はい?」

 色素の薄い整った顔立ちの少年にきょとんとした顔で覗きこまれて、涼は「いや、なんでもないです」と営業スマイルで言葉を濁す。シロは不思議そうに瞬きを数回したが、それ以上聞かず身を引いた。

「でも、ひとりで時々行く場所が、あります」

「どこですか」

 栗色の髪の少年の言葉に、垂れ目の少年は珍しく目を伏せ逡巡した後、

「今度、行きますか」

と、つなげる。涼は少し迷ったが、「はい」と頷いた。

 その後少年たちは色々な話をした。孤児院時代の話や健斗の話、涼や健斗の住む田舎の話。涼は不思議だなと思った。シロと話すと、とても落ち着いた静かな気持ちになる。青い空の話をした。散々バカにされた話。涼はシロに話すことにためらいはなかった。

「どうしても見たいんです。小さい頃写真集や物語で見ただけのただの絵空事かもしれないけど、ないのかもしれないけど、後悔ないとこまで行きたいんです。病気ですらもしかしたら旅に出る後押しをしてくれたんじゃないかと、最近思えたりしてます。そうじゃなかったら、いつでも行ける状況だったら、後回しにしてそのうち探そうとは思えないくらいおれの中の青い空は色褪せたんじゃないかなとか」

 俯いたままそこまで一気に話すと涼は、一度シロの様子を窺った。彼は真剣な表情で頷きながら聞いている。栗色の髪の少年は自嘲するように唇を歪めた。

「いい風に考えすぎですか」

「いいえ」

 シロはやんわり笑みを浮かべた。

「そんな風に考えられたら、嬉しい、ことですな」

 その言葉に涼は「はい」と頷き、笑った。

「シロさんはどうしても見たいものってないんですか」

 その問いを受けた少年は目を伏せた。栗色の髪の少年はまずい質問だったのかと戸惑い、言葉を探す。それが見つかる前にシロが口を開いた。

「ひとつ、あります」

「あ、じゃあ、おれ手伝います。できることがあるなら……」

「いいんです。それは、一度見たい。でも、もう二度と見たくはない、ケチェですからな」

 涼は『ケチェ』とは何だろうと思った。シロは少し悲しげだが優しい笑みを浮かべている。栗色の髪の少年はまた傷つけるような気がして、それを聞くことができなかった。




 以前西条がリオと会うために使った、古びた食堂で栗色の髪の少年は使い込まれた参考書をパラパラと捲っていた。広めの店内には余裕を持った間隔で年季の入ったテーブルが並べられている。そして四角いテーブルに向かい合うように、パイプ椅子が四脚置かれていた。彼は参考書を閉じると入口に目を移す。

「涼」

 跳ねるように灰色の髪の少年が駆け寄ってくる。その後ろから緊張の面持ちの西条が、セカンドバッグを抱えてやってきた。健斗は涼の向かいの椅子をぞんざいに引き、腰を下ろすと早速メニューに目を移す。その隣に、男は固い動きで座った。

「仲村、食事は後にしろ。まずはこれを」

 涼は西条が健斗を名字で呼んでいることに戸惑いながら、渋々メニューを置いて白い封筒を受け取る少年を見た。その封筒は前にも見たことがある、試験の結果だ。田舎の家に送られたものを西条の家に転送してもらったのだ。栗色の髪の少年は険しい表情でそれを見つめる健斗を見ながら、自分の分の封筒を受け取る。そしてためらいなく開いた。

「ほら」

 正面に座る二人に開いて見せた紙には、以前の内容と日付など以外変わらない文字が並んでいた。灰色の髪の少年はそれを見て口をへの字に曲げて手の中の封筒を握りしめていたが、意を決したように乱暴にそれの上部を破く。隣の男がその粗暴な扱いに卒倒しそうになった。

「お、お前。それ、大事な……」

「や」

「え?」

「やったーー!!」

 健斗が急に飛び上がったので、残りの二人はのけぞった。椅子が大きな音をたてて倒れる。西条も立ち上がった。

「受かったのか」

 灰色の髪の少年がウインクしながら紙を前に突き出した。男は顔につくくらい近づけられた紙を手に取り

、まじまじと見つめる。何度も名前の部分と合格の文字を指でなぞって確認した。

「やったな、お前。よかったな」

 抱き合って喜んでいる二人のテンションについていけず、涼はただ固まってその様子を見守る。ふと見ると西条のセカンドバッグが床に転がっていた。




「やっぱりおめでたいご飯はおいしいなあ」

 灰色の髪の少年はテーブルいっぱいに並べられた料理を、満足そうに眺めながら口に運ぶ。それを遠目に呆れた表情で涼は見つめた。

 あの後騒いだことによって居づらくなり、彼らはすぐに食堂を後にした。西条はセカンドバッグを放り出していることに狼狽し、あたふたしながら帰って行った。そしてバイトに行く涼に、健斗が「お祝いしてよ」と言ってついてきた。「おれも合格してるんだけどな」と思ったが、勉強嫌いの彼の努力を労うべきかとそれを聞き入れたのだ。満面の笑みで食べ進める少年を見ていると、入口のドアが開いた。

「いらっしゃいませ」

 もうすっかり条件反射となった言葉を発すると、そこには意外な二人が立っていた。

「あれえ、仲村くん、いるじゃない」

 ポニーテールの髪を揺らしてその片割れの女性が健斗のテーブルに近づく。名前を呼ばれた少年は、顔を上げて近づいてくる二人に視線を移した。

「うわあ、真緒さん、永谷さん。久しぶりっす。あ、そこどうぞ」

 口をもごもごさせテーブルの上の皿を自分の方へ寄せながら、灰色の髪の少年は自分の前の席を指さす。二人は勧められるままそこへ腰を下ろした。

「この前涼には会ったんだよ。でもお前いなくなったって言ってて」

「無事戻ってきました」

 健斗は水を一口飲むと、おどけたように歯を見せて笑った。それを見てつられたように二人も顔をほころばせる。

「変わんないね、君は」

「ですよね。あ、水です、どうぞ」

 涼が二人の前に丁寧な動作で水のグラスを配る。永谷が「オレ、コーヒー」と言った。そこでふと違和感を感じた。

「永谷さん、義足出来たんですか? 杖、ないですよね」

 その言葉に男は待ってましたといわんばかりににんまり笑うと、立ち上がった。七分丈のTシャツにジーンズ、そしてブーツというスタイル。永谷はテーブルの横を何往復か歩いて見せた。少し足を引きずっているように見えるが、知らなければほとんど気付かれないような気もする。

「すごいじゃないすか。全然わかんないよ」

 健斗が身を乗り出して、永谷の動きを目で追いながら言う。男は得意げにもう一往復すると席に着いた。

「でしょ。勇ちゃん、もうご満悦で」

 真緒が嬉しそうに微笑むと、隣に座った男はばつが悪そうに頭を掻く。

「よかったですね。永谷さん」

「ああ」

 彼は楽しそうに笑った。その時ふとシロの顔が浮かんだ。

「ケチェ……」

「は?」

 思わず口からこぼれた言葉にはっとする涼を、永谷が険しい表情で見上げていた。「なんでもないです」と少年は言おうとしたが、その前についさっきまで笑顔を浮かべていた男が訝しげな顔で聞き返してきた。

「ケチェって言ったか」

「知ってるんですか」

 栗色の髪の少年は永谷の固い表情に動揺しながらも、まっすぐ男を見て聞いた。彼は足を見て少しの間逡巡した後、眉間に皺を寄せた顔を上げた。

「ケチェは景色とか光景って意味だ」

 もう二度と見たくない景色、シロさんはそう言ったのか。そんなことを涼がぼんやり考えていると、永谷は続けてこう言った。

 それは、「蛮民、の言葉だ」、と。





 

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