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BLUE SKIES  作者: kimra
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棘(前編)

 日暮れの近付いた駅のホームは人でごった返していた。列車から吐き出された人々は流されるように足早に散っていく。そんな中、一人の少女が疲弊した様子で呟いた。

「ひ、人多いですね。噂には聞いてたけど」

 それを受けて、隣にいた男が奥二重の目を細めて笑った。

「そーね。はぐれないでね」

「は、はい」

 ゆるいパーマをあてたようなふわふわした髪の少女は、表情を引き締め手に持ったカバンを握り直すと、ちょこちょこと男の後をついていった。





 駅から流れてくる人が増えてきたな、と涼は思った。みんな家路を急いでいるのか、もくもくと歩いている。彼はそんな人波をなんとなく眺めた後、橋を越えたところにある長屋に視線を移した。バイトの帰りに藤河と初めて会ったこの場所まで足を伸ばしてみることにしたのだ。かといって、なにをどう話していいかさっぱりわからない。ひとつ息を吐き橋の欄干に手を乗せた、その時。

「涼!」

 とても懐かしい声が聞こえて、反射的に彼はそちらを振り向いた。そこには人波から抜け出て、駆け寄ってくる一人の少女がいた。頬を紅潮させ、歩いている人を気にしながら向かってくる。

宮日みやび……」

 涼は瞬きを繰り返しながら、訝しげにふわふわした飴色の髪を揺らす少女を見つめた。こんなところにいるはずがない。彼女は彼の前で立ち止まると、困った様に笑った。

「久しぶり、涼。あれ、背、伸びた?」

 唐突な質問に涼は一瞬驚いた表情を浮かべたが、ふっと息を吐いて笑うと首を傾げた。

「そう?」

「いやー、伸びてないかな。……縮んだかな」

「や、縮んではねーだろ」

 呆れたように眉を寄せる涼に、「だよね」と言って少女は嬉しそうに笑った。

「いや、感動的だねえ」

 げんなりした表情を浮かべる栗色の髪をした少年を気にする様子もなく、同じ色の髪色をした男はにやにやしながら近付いてくる。宮日の荷物なのか、大きなボストンバッグを肩にかけていた。

「父さん、なんで宮日がここに?」

「いや、別に無理に連れてきたわけじゃないよ。彼女が、行きたいって言ったんだ。旅費もバイトで貯めてね」

 リオは表情を変えることなく、困ったように視線を泳がせる宮日の隣に並んだ。

「め、迷惑だったかな」

 すがるような瞳で見上げられて、涼は何度か瞬きを繰り返すと「いや、迷惑ではないけど」と言いながら、右手の薬指にはめられた指輪をくるくると回す。 

 それを見て宮日は照れ臭そうに笑った。




 その後、三人は近くのレストランへ入った。リオと宮日は駅から涼のバイト先へ来る途中で、彼を見つけたらしい。そこで、結局宮日の泊まるホテルの近くで食事をとることにしたのだ。

「涼、明日は涼のお店、行ってもいいかな……?」

 宮日が紅茶の入ったカップを握りしめながら、そわそわした様子で聞いた。栗色の髪の少年はそれを見て、手は熱くないのかな、などと考えながら「別に、いいけど」とそっけなく答える。隣に座る父親がコーヒーを口に運びながら、含み笑いを浮かべているのを気にしていた。

「そういえば、父さん」

 涼は横目で冷たい視線を送りながら言う。それにリオは満面の笑みで答えた。 

「なにかな」

「こないだ健斗に会ったんだけど、街外れには来るなってさ。よくわからないんだけど」

「ふうん」

 栗色の髪の男はそれだけ言うと、笑みを消してカップをソーサーに置いた。涼はその様子を不思議そうに眺める。話したそうにずっとそわそわ様子を窺っている、正面の少女に気付かずに。




 建設途中の建物やこじんまりした家が立ち並ぶ狭い路地を、過去の記憶を辿りながら歩く。数年前、ここは彼の庭だった。少年は跳ねるような足取りで進む。すると少し開けた場所に出た。そこで記憶の景色が途切れた。

 そこには淡い色のカーディガンを羽織った栗色の髪の男が、今は何もない更地をただ見つめ立っている。少年は歩調を緩めると男に声をかけた。

「リオ」

 男はゆっくりと振り返ると、薄く笑った。それに答えるように一瞬笑みを浮かべたが、すぐに健斗は眉を寄せてリオを睨んだ。

「伝言聞かなかったの? 外れの方には来るなって」

「聞いたよ」

 そう言うと栗色の髪の男はまた更地に視線を移した。まだ所々に煤けた場所がある。髪を短く刈り上げた少年もゆっくりとその隣に並んだ。

 健斗はバイト先で伝言を受け、ここにやってきた。孤児院で待ってる、と。

「そういえばさ、先生に会ったんだ」

 しばらくの沈黙の後、健斗が視線を前に向けたまま呟くように言った。リオはゆっくりと彼の方を向き、Tシャツの襟ぐりから覗く罰点の傷を目にすると顔を曇らせ、また前に向き直った。

「藤河さん、元気なの」

 男はそう聞くと、やんわりとした笑みを浮かべる。少年は、ゆっくりと頷いた。

「元気、そうだった。変わってなかった、全然。でも」

 健斗は自分より少し背の高い栗色の髪の男を見上げる。リオも視線を移し、優しいまなざしで少年を見た。彼は話を続けた。

「幸せそうじゃなかった。なにか、すごく辛そうだった」

 健斗はそこまで言うと苦しそうに顔を歪めた。

「唯も真広もシロもみんな、どこか辛そうだ。ここが燃えなかったら、違ったのかな」

 彼はまっすぐにリオを見つめる。男は何ともいえない表情を浮かべると、悲しそうに微笑んだ。健斗はしばらく窺うようにリオを見ていたが、首を一度ゆっくり横に振ると目の前に広がる何もない平らな地面に視線を移した。

 記憶の中の光景が蘇る。古く、所々壊れたところもある建物。隙間風は寒く、雨漏りさえした。でもその度身を寄せ合って、遅くまでふざけ合って眠った。遊びが過ぎてガラスが割れて、先生に怒られたりもした。

 様々な思い出が蘇る。大切な思い出。他のみんなにもそうであってほしい。そうだといい。

「どうしたらまた、みんなで笑えるんだろう。ここにいた時みたいに」

 健斗が呟いた言葉にリオは、不自然に唇を歪めただけで何も答えなかった。






 




  

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