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BLUE SKIES  作者: kimra
11/35

ライフ

 灰色の空が暗く染まった宵の口。ホテルのロビーで、少年と男は向かい合って座っていた。

 丸いテーブルを囲むように一人掛けのソファが置いてある。明るいライトが照らす白を基調とした空間と、水色のソファ。

 男が一枚の紙を差し出す。少年は男と視線を合わせひとつ頷くと、両手でしっかりとそれを受け取った。




 時間は少し遡り、その日の昼。古びた食堂で、少年達は西条の言う“優秀な人物”と対面していた。

「よう」

 入ってきた細身のグレーのスーツを着こなした人物は、軽く手を挙げてにっこり微笑んだ。彼が座るのを待って、他の三人は安っぽい椅子に腰を下ろす。

「は、初めまして。西条といいます」

 西条が隣に座った男に頭を下げた。それに答えて男も丁寧に礼をする。

「で、こっちが……」

 その言葉を遮り、男は笑顔のまま少年たちに視線を投げて言う。

「久しぶり。元気そうでよかった」

「父さん」

 戸惑ったように眉を下げて涼がそう口にした。その言葉に西条が、ガタンと音をたてて立ち上がる。テーブルの上のコップの水が波打った。

「え、ええと……、どうゆうこと」

 立ち上がった男はカバンを抱きしめたまま、三人を見渡す。涼の父、リオがにこりと笑って彼を見上げた。

「こっちは息子の涼で、そっちが甥の健斗、です」

 西条がゆっくりリオの隣に座るのを待って、涼は聞いた。

「で、父さんはなんでここに」

 その問いを受けた男は、運ばれてきた定食を受け取ると箸を手に取る。「いただきます」と軽く礼をした。

「出張だよ。研究報告が中央研究所であって。そうしたら昔の部下が、知り合いが会いたがってるって言ってきたから。青い空を探してる少年達がいるって」

 リオは漬物を口に運びながら、少年たちに視線を送る。涼は硬い表情で彼を見つめていた。その隣では健斗が、水差しの水をなみなみとコップに注いでいる。話に興味はないようだ。

 涼と同じ栗色の髪をした男は箸を置くと、持ってきたカバンから一枚の紙を取り出しテーブルに置いた。他の三人が覗き込む。

「親の同意書だ。いつかここにたどり着くとは思ってたからな。準備はずっと前からしてたんだ」

「そんなことより試験は。受けなくていいの」

 髪を刈り上げた少年が勢いよく立ちあがった拍子に、水の注がれたコップがバタンと倒れた。零れだした水が、リオの置いた紙を一気に濡らしていく。西条が慌てて台拭きを取りにいった。

「あー、ごめんなさい」

「いや、いいよ。涼の分はオレがまた書くから」

 焦る様子もなくリオは魚の身を器用にとると、口に運ぶ。西条がテーブルを拭きながら聞いた。

「どうして教えてあげなかったんですか。ここにたどり着くとわかってたなら、最初から言ってあげてたら無駄な時間を過ごさずに済んだんじゃないでしょうか」

「あー、まあ。そうね」

「昔、軍の中央研究所で働いていて、現在も意見を求められている博士ならコネで何とでもなるでしょうし」

 その言葉に涼は、綺麗な箸使いで食事を進める父親を見つめた。仕事の話はあまり聞いたことがない。現在は住んでいる田舎の研究所で所長として、植物の研究をしていることくらいだ。

 リオは薄く微笑み、隣の西条を見ると少年たちの方を向いた。

「オレが答えを用意して、それで納得した?」

 栗色の髪の少年は静かに首を振る。「そういうことだよ」とリオはにっこり笑った。

「どうしてもオレの助けが必要なら、何をしても全力で助ける。でも、まだ自分で行けるだろ。限界までは自分で行くといい」

 涼はゆっくりと深く頷いた。その隣ではさっきの失敗を気にしているのか、健斗が薄い眉を八の字にして俯いている。

 リオはそれを一瞥すると食事を続けた。




 その夜。家に帰るという西条と別れた後、少年たちはリオの泊まっているホテルに宿をとることになった。そこはこの旅始まって以来の高価なホテルで。彼の分は軍から出るからと、少年たちの分をリオが払うと言った。

 涼は大浴場の大きな風呂を満喫し、白い壁の照らされた広い廊下を進むと部屋の前に立つ。カードキーを差し込みドアを開けると、奥から声が洩れてきた。どうやらリオが来ているらしい。

「これ、義兄さんに書いてもらった健斗の分の同意書だ。失くさないように」

「はい」

 二人はベッドの奥のソファに座っているようだ。彼のいる所からでは、トイレと浴室のある部分が邪魔で確認はできない。

 健斗を銀京の孤児院から連れてきたのは涼の父親、リオだ。健斗の本当の父親と友人だったと、昔聞いたことがある。涼は頭に巻いたタオルを取ると、柔らかいカーペットの上を進もうとした。

「それで、頑なにバーチャルの試験を拒むのは、涼にバレたくないからか。高校のこと」

 涼は踏み出そうとした足を止めた。そしてゆっくり後ずさると、ドアを背に息をひそめる。リオは話を続けた。

「頑張って勉強して、あんなレベルの高い高校に受かったんだ。少し頑張れば試験だってできるはずだよ」

 涼は冷たいドアの感触を背中に感じながら、ゆっくり瞬きをする。健斗は少しの沈黙の後、いつもと同じように明るく言った。

「別にそんなんじゃなくて。オレバカだから落ちたら困るでしょ。オレだって“ばあちゃる”体験したいし」

 その言葉を聞いて、リオがひとつため息をついた。また少し沈黙が続く。

「……わかった。じゃあ、オレが勉強を見よう。暫くこっちにいるから」

「よろしく、リオ」 

 二人の明るい話し声を聞きながら、栗色の髪の少年は静かに部屋から出ていった。

 誰かの人生を変える。責任なんて、そんなもの、とれないのに。

 そんな特別な人間でもないのに。




「こんなところにいたのか」

 ロビーの水色のソファでぼんやりしていた涼に、リオが歩み寄ってきた。カバンを手にしているが、すっかりラフな格好に着替えている。彼は涼の向かいの席に当たり前のように座った。

「どうした?」

「別に、何も」

 間髪入れずそう言った涼に、リオは薄く笑う。そして自然な動きで足を組んだ。

「……そうだ。もう少し頻繁に家に電話してこいよ。流香さん、心配してないふりしてるけど、死ぬほど心配してるから。電話代なら……」

「いい。電話する」

「それから、宮日みやびちゃんにも。何回もうちに様子聞きに来てるよ」

 リオは組んだ足に肘を置き頬杖をつくと、にんまりと笑った。涼はそれを横目で見ると、不機嫌そうに黙り込む。右手の薬指にはめられた指輪をくるくる回した。

「父さんは高校に行かず旅に出るって言った時、なんで反対しなかったんだ。皆、反対したのに」

 不器用に話題を変えた少年に、リオは笑顔のまま答える。

「止められないの、解ってたからだよ。オレも昔、悪友と色々やったしね。その時の勢いでしか出来ないことってあると思うんだ」

「誰かの人生に影響を与えても?」

 涼はまっすぐ目の前に座る父親を見据え、問う。その質問を受けた男は奥二重の瞳を大きくして考え込んでいたが、すぐにいつもの様に優しい笑みを浮かべた。

「そんなのはお互い様だよ」

 その答えに涼は静かに視線を落とす。そんな言葉で許されるのだろうか。こんな卑怯な自分が。

「あ、そうだ。これを渡しに来たんだ」

 カバンから一枚の紙を取り出す。昼間も見た紙。同意書だ。

「新しい紙に書き直した。それと試験まで日はないけど、勉強はオレが見ることになったから。まあ、涼なら大丈夫。はい」 

 男が笑顔で差し出した紙を、涼は両手でしっかりと握る。旅を続けて辿り着いた道。でもまだゴールは見えない。

 彼は受け取った紙をじっと見つめた。





 変えてしまった人生の重さ

 思った以上のその重さに

 時々うなだれては 立ち止まる

 でも

 そうしてまで進みたかった この道

 そこを進めばいいんだよ 間違ってなんていないよ

 お願いだから

 

 誰か そう言って





 

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