〜プロローグ〜モノクロの世界
青い空があった
確かにそこにあった
それはバカみたいに青くて
涙が出るくらい美しい
青い空があった
僕らの知らない
空
二人の少年が歩いていた。
暗く灰色の空の下。舗装の行き届いてないさびれた道。コンクリートがあちこち割れている。
「おい、健斗。ちゃきちゃき歩けよ」
栗色の髪をした少年が後ろを歩いていた少年に話しかける。短く髪を刈り上げている健斗は、大きなスポーツバッグを引きずりながらだらだら歩いていた。
「涼。オレはもうダメだ。遠慮なく見捨てて……」
そう言いながら彼は、芝居がかった動きで硬い地面に膝をつく。涼はそれを見ないようにすると、何もなかったかのようにまた歩き出した。
「涼。腹が減った。せめて休憩しようぜ」
慌てて起き上がり追いかけながらブツブツ文句を言い続ける健斗に、栗色の髪の少年はため息をつきながら道端の石に座り込んだ。
「今日中に次の町に着きたいんだからな。少しだけだぞ」
「やったー」
意気揚々と地面に寝転がり硬そうなパンにかじりつく少年を一瞥し、涼は空を見上げた。
そこには空があった。灰色をしたモノクロの。
彼らは色のある空を見たことがなかった。それは遠い昔の大戦で失われたと歴史の教科書などにも書かれている。それが当たり前の世界。
「青い空ってホントにあるのかねえ」
健斗が口をもぐもぐさせながら呟く。涼はそれには答えなかった。彼の中にその答えがないからだ。
「あの」
不意に声をかけられ、彼らは後ろを振り返った。そこには背の高いすらりとした女性が立っていた。腰にはウェストポーチを着けている。
「種を植えて頂けませんか」
「もちろん植えます。オレは困ってる女性の味方ですから」
先程まで地面に寝ていた健斗は飛び起きてその女性の前に立つ。涼は呆れた。
「あの、えっと、いくらですか?」
涼のその問いに彼女は苦笑し、ゆるりと首を振った。
「売ってるわけじゃないから」
そして少し遠くを見るように目を細めてこう言った。彼女の目の前には枯れた大地が広がっている。
「ただ、緑の草原が見たいだけだから」
緑の森も草原もかつての大戦で失われたもののひとつだ。彼女は植物の研究を個人でしていて、こんな枯れ果てた大地でも育つ種を実験的に配っているらしい。
彼女は大切な宝物を扱うように、小さな袋に入った種を差し出した。涼はそれを同じように丁寧に受け取った。
「大丈夫。オレが責任もって埋めますから」
「埋めるってお前」
彼女は小さく礼を繰り返しながら、遠くで待つ人影に向かって去っていった。
「恋人と二人旅か。いいなあ」
健斗は彼女達を遠い目をして見送る。涼は肩をすくめると、息を一つ吐いた。
彼女は緑が見たいと言って、おれたちは青が見たいと言って。結局同じなんだ。
見たいのはこんなモノクロの世界じゃなくて。
「そろそろ行くぞ。健斗」
パンを食べ終え道端の石を選別している少年に声をかけると、涼はリュックを背負い直し歩き始めた。
「種、埋めないの」
健斗は何でもない石をスポーツバッグに放り込むと、前を足早に進む彼を追いかける。涼は掌の小さな袋を見つめた。この中には緑の草原の『可能性』がたくさん詰まっている。
「もう少し遠い場所に植えないと。ここは彼女が植えてるかもしんないし」
「成程。そうだね」
緑を増やす旅に出た彼女と同じように、彼らも旅をしていた。
青い空を探す旅。
「よし。オレらも頑張ろー」
健斗はスポーツバッグを肩にかけると走り出した。
「何を頑張るんだよ」
涼は歩く速度を少し上げ、その後を追う。前を走る黒いつなぎの少年は、数分後には彼の後ろを歩いているだろう。いつものことだ。
たくさんの人に馬鹿にされ反対された 青い空を探す旅
その存在を肯定する言葉を彼らは持っていない
それでも進む そんなのたいしたことじゃない
掌に握られた小さな袋と同じように
彼らの中に『可能性』があるから
それを 信じているから