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ちょっと天然の女子はきらきらでピカピカになる  作者: ついざきまさひろ
第三章 イケメンの笑顔に思考停止して、言われるがままに

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第2話 丼なんて、あるの?

 私は、はあ、はあ、息を切らせ、ときどき、石によろけながら、足を前へ、前へと進ませました。


 後ろのほうでは、「フグ」という声と一緒に笑い声がまだしています。


 私は、ミンミンゼミにがんばってもらって、その笑い声をかき消してほしいと思いました。


 林に近づき、ミンミンゼミの声が、どんどん大きくなってきます。


 木陰の中のお姉ちゃんは、にやにやしていました。


 シオカラトンボが、私の目の前の宙でとどまり、私はドキリとして、足を止めました。


 でも、トンボはそれから、ついと、どこかに飛んでいきました。


 ……。


「やっぱり笑われたでしょう!」

 お姉ちゃんが、声を投げてきました。 


「笑うほうがおかしい!」

 私は、お姉ちゃんに近づきながら言いました。


「だったら、堂々としてなさいよ」


「してるもん」


 私は、お姉ちゃんの前に立つと、隣の男の人を少し気にしながら胸を張りました。


 男の人はサングラスをかけているので、あまり表情はわかりませんが、ほりの深い顔立ちで、けっこうなイケメンのようです。

 二人の手元には、それぞれ、スポーツドリンクのペットボトルがありました。


「恥ずかしくて、逃げてきたくせに」


「お姉ちゃんがいたから、何してるのかなぁっと思って来ただけ」


 なんか、やっぱり、救いの神じゃないわ、と私は思いました。


 でも、お姉ちゃんの隣に座っていた男の人には、丁寧に頭を下げました。

 あいさつは、大事ですからね。


「こんにちは。コウの妹のアユです」


 男の人は、白いポロシャツが筋肉で、はちきれそうでした。

 胸板は厚く、肩は盛りあがり、腕は丸太のよう。

 きっと、リクちゃんみたいに、鍛えるのが好き好き大好きなんでしょう。


 男の人は、サングラスを外し、白い歯を見せて、にっと笑ってきました。


 わーっ! 

 すごい歯の白さです。


 まるで白色の絵の具で何度も重ね塗りをしたみたい。


 で、やっぱり、イケメンでした! 

 ハリウッド映画にでてくるようなイケメン。


「こんちは」

 

 男の人は、私のほうに、手をだしてきました。


 わーっ! 

 大きな手! 


 駅前のスーパーの「年末お菓子の掴み取り」で、チョコも、キャンディーも、クッキーも、たくさん掴めそうです。


「アユ、握手よ」


 お姉ちゃんにあきれたように言われて、私は、ああ、そうなんだと、慌ててその大きな手をにぎりました。

 だって、初対面のあいさつで握手したことなんて、私、今までなかったんですもの。


「グリズ君よ。同じクラスなの」


 お姉ちゃんは、妙に気取った言い方をします。

 グリズさんがイケメンだからなのでしょう。

 家にいる時は、ギャーギャーうるさいくせに。


「フグ、俺にも見せてよ」

 グリズさんは、さわやかに言います。


 私は、くるりとまわって、お尻のフグを見せようとしたぎりぎりのところで、それをやめました。


 危なっ!

 さわやかなイケメンの笑顔に思考停止して、言われるがままに、お尻を向けてしまうところでした。


「それって、セクハラです」


 私は大人の魅力的な女の雰囲気で、きっぱりと言ってやりました。


 ひょっとして、イケメングリズさんは、そのさわやかな笑顔で、何人もの女性を思考停止にさせて、何人ものお尻を見てきたのでしょうか。

 

 きっと、何人目かで、セクハラ訴訟をおこされていますね。


 と、そこで、私は、今の今まで、川のほうにいる人たちに向かって、フグを大公開していたことに気づきました。

 後方の離れたところから、笑い声と一緒に「フグ」という声が聞こえてきます。


 ……。


 私は、大人の魅力的な女の雰囲気のまま、何食わぬ顔で、おでこの水中めがねを外し、キャップも脱ぐと、お姉ちゃんの隣に、さっとすばやく座りました。


「ねえ、アユ」

 

 お姉ちゃんは、私の額についた濡れた前髪を撫であげてくれました。

 

 こういうお姉ちゃんを私は好きです。

 スマホなんて、いじってないで、いつもこういうことをしてくれたらいいのに。


「なあに?」


 私は頭を動かさないようにして、返事をしました。

 お姉ちゃんが前髪や、ほつれ毛を撫であげてくれるのをじゃましたくなかったんです。


「ドン・ジョンソンってお店、知ってるでしょ?」


「知ってるよ」


 ドン・ジョンソンとは、カナダや北海道から直送された食材をメインに、料理をだしているおしゃれなレストランです。

 新鮮さがウリです。


 デートしたら、あそこで食事したい! 

 なぁんてことを私が秘かに考えているお店でもあります。


 ジョンソンさんが、オーナーシェフをやっています。

 私は、新聞の折り込みチラシをチェックしているので、あれこれと、よく知っているんです。


 ドン・ジョンソンのチラシは、サーモンのカルパッチョとか、ムニエルとか、おいしそうな料理のカラー写真のものが大概です。    

 先々週のは、厚い紙で、料理の写真もひときわ、きれいだったので、私は、それを切り抜き、自分の部屋の柱に、セロテープで貼っておきました。


 もちろん、私の家では、ドン・ジョンソンに食べにいったことなんてありません。

 外食なんて、まずしない家ですし、金のかかる女もいますから。


 でも、お母さんの料理はおいしいし、家で食べたほうがのんびりできるので、外食しないことに私は特に不満を抱いていません。


「ドン・ジョンソンで、スジコ丼をテイクアウトしてきてくれない?」


「ドン・ジョンソンに、スジコ丼なんて、あるの?」


 私はチラシで、スジコ丼なんて、見たことありません。

 お姉ちゃんだって、新聞は読んでも、折り込みチラシに目を通す人ではないので、きっと適当なこと、言っているんでしょう。


「あるわよ」


 お姉ちゃんは、私の髪の毛を撫であげるのをやめました。


「調べたから」


 スマホです! 


 お姉ちゃんは、手にしたスマホの画面を、私に見せてきました。


「わあ! きれい!」


 私は、思わず、声がでてしまいました。

 

 だって、スマホの画面には、どんぶりに入ったスジコが、まるでルビーのように輝いていたんですもの!


「きれいでしょう」

 

 お姉ちゃんは、得意げに、私の顔を覗きこんできます。


 お姉ちゃんがスジコを自慢しているのか、スマホを自慢しているのか、私にはよくわかりませんでしたが、確かに、スマホの中のスジコはきれいでした。


 でも、スジコをほめても、スマホをほめても、お姉ちゃんをいい気にさせて、生意気な女にしてしまいそうだったので、私は、ひと呼吸おいてから、すまして言いました。


「チラシには、スジコ丼、でてなかったよ」


「特別メニューだからよ」


 そうなんだ……。


 私は、チラシにも特別メニューを載せればいいのに、と思いました。


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