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9  人生の途中ですれ違っただけ、それとも

「聞いたよ、中川」


デスクで作業をしていた遼一の背後から、新人社員を連れ、外回りから帰ってきた上司の野々村が弾んだ声をかけてきた。

野々村は自動車メーカーのファミリーカー部門を担当している。

「例のCM、評判がいいってクライアントも喜んじゃって、さ」

尾崎怜が音楽を担当したクルマのCMのことだ。

「お手柄じゃないか」

「いや、僕の手柄じゃ」

「まあ、そう言うな。喜ぶとこだろ」

野々村が遼一の肩を軽く小突いた。

「そうですね」

むろん、遼一も嬉しくないわけではない。


先週からオンエアが始まったCMは世間で大きな反響を呼び、社内でも評判になっていた。

最近では低予算の安っぽいCMが増えた中、だからなおさら、作りこまれた映像美と印象的なギターのサウンドがシンクロしたクルマのCMは話題を呼んでいる。


CMはイギリスで撮影された。

広告費の予算が削られがちな昨今、海外ロケも贅沢だった。

果てしなく続く海岸線に沿った道路を走るクルマの後ろ姿を空撮のドローンカメラが遥か上空から捉え、急降下しながらクルマに回り込んだあと、正面からボディ横へと並走し、またクルマから離れ、長い道を走っていくようすを見送る迫力のある映像で、カメラワークが際立っていた。


そこに怜のギターの、重厚でいて疾走感のあるフレーズが映像を盛り立てている。

ドラマティックな仕上がりだった。

何バージョンか録った中でロックテイストの強い音源が選ばれた。

エンディング、遠ざかるクルマを見送るシーンでは画面の右下にmusic/ishii shin、続いてguitar/reiの名がクレジットされていた。


連動して制作された印刷媒体、ポスターではまったく光のないの漆黒の闇を背景に、黒いクルマのボディを正面寄りの斜め横から写している。

クルマの広告ではオーソドックスな構図だったが、暗黒を背景に光沢をまとい浮かび上がるボディは女の裸体のようでもあり、どこか艶めかしくもあった。

構成はあえてシンプルで、それがかえってインパクトのあるものになっていた。

ポスターを撮ったのが怜の父であるカメラマン尾崎誠一郎だったのは単に偶然だったが。


社内試写には遼一も参加したが、見終わったあとの周囲の興奮ぶりは近頃めったにない反応だった。

「これはもう社長賞もんだな」

「ACC賞、いや、カンヌも狙えるんじゃないか」

下請けの制作プロダクションや企画部のスタッフは試写の段階ですでに鼻息を荒くしていた。


怜自身は楽曲の評判を知っているのかどうか、遼一から見た怜はテレビには興味なさげなタイプに思えた。

おそらくは耳にしても聞き流しているのではないか。


しょせんはギャラのいいだけの仕事に過ぎなかった、

仕事だけで一瞬交差しただけの仕事相手だったのかもしれない。


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